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実質賃金の大幅下落が個人消費の逆風に

2022/02/08

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実質賃金は横ばいから大幅下落へ

厚生労働省が8日に公表した毎月勤労統計調査によると、2021年の一人当たり名目賃金(現金給与総額)は前年比+0.3%、消費者物価(持ち家の帰属家賃を除く総合)は前年比+0.4%程度、両者の差である実質賃金はほぼゼロ%にとどまった。

賃金の低迷が続くなか物価上昇率が高まっていることで、消費者の購買力、生活水準の改善ペースを示す実質賃金は上昇していない。ただし、労働生産性上昇率が高まっていないことを考えれば、実質賃金が上昇しないのは不思議なことではない(労働分配率が一定の下では労働生産性上昇率と実質賃金上昇率は一致する)。

しかし問題は、エネルギー価格高騰や食料品価格上昇の影響によって、消費者物価上昇率がしばらくの間はさらに高まり、実質賃金が大幅に下落する可能性が高い、ということである。

ベアは今年の春闘でもわずかな上昇にとどまる

毎月勤労統計調査によると、最新の昨年12月の速報値では、名目賃金(現金給与総額)は前年同月比-0.2%である一方、消費者物価は同+2.0%となり、実質賃金は同-2.2%と2020年3月以来の大幅下落となった。

現在行われている春闘の賃上げ率は、昨年の+1.8%程度から+2.0%程度へとやや高まることが予想される。しかし、この賃上げ率には1.8%程度の定期昇給分が含まれており、それを除いたベアこそが、一人当たり名目賃金(現金給与総額)の上昇率に概ね対応するのである。

ベアの水準は、昨年はほぼゼロ、今年はやや高まると見込まれるが、それでも+0.2%程度にとどまると予想される。政府は、賃上げ税制の強化と企業への強い働きかけという、いわば「アメとムチ」で賃上げを促そうとしているが、生産性向上がなく、先行きの成長期待が高まらないなかでは、企業が賃金を大きく引き上げることはない。こうした中で物価上昇率が高まれば、個人消費に直接大きな打撃を与えるのである。

1月の景気ウォッチャー調査で、景気判断DI(現在)は、飲食業などを中心に5か月ぶりに大幅に下落した。感染再拡大の影響が大きいが、物価上昇による消費行動の慎重化も、景況感の下振れを増幅している。

先行きの物価上振れ見通しは春闘の賃上げに反映されにくい

物価の高騰が定着してしまうことを恐れる各国中央銀行は、物価上昇が賃金に転嫁され、両者が増幅し合うスパイラル的上昇に発展することがないかを注視している。先週利上げを決めた英国のイングランド銀行(中央銀行、BOE)の総裁は、物価上昇分を賃金に転嫁しないよう呼び掛けた。

しかしこれは、労働者にとっては納得がいかない考えだろう。物価上昇率が高まる分だけ購買力が低下して、貧しくなることを受け入れよ、との主張に他ならないからだ。

日本の春闘では、物価動向は賃金交渉に影響を与えるが、先行きの物価見通しよりも前年の消費者物価上昇率の実績値を参照する傾向が強い。日本は、物価の変化に対して、バックワード・ルッキングな賃金決定システムなのである。前年の消費者物価上昇率(持ち家の帰属家賃を除く総合)は+0.4%とまだ低めであることから、今年の春闘の賃上げ率に物価上昇分が大きく上乗せされる可能性は低いだろう。

物価高と利上げが経済の2大リスクに

物価上昇が賃金上昇に上乗せされることで、両者が相乗的に高まり、さらにそれらが定着してしまう状況は、70年代から80年代初頭にかけてのオイルショック時には各国で見られた。しかし、現状ではそのリスクは高くないだろう。米国でも、物価上昇分を賃金に反映させる条項(COLA)を労働協約に組み入れる労使は、かつてよりもかなり減少している。

このように賃金が物価上昇に追い付かない中、個人消費の下振れリスクが高まっているのは、日本のみならず世界的な現象だろう。物価高騰に対して、各国中央銀行は利上げ(政策金利の引き上げ)など金融政策の正常化で対応し始めている。

しかし、供給側の要因にも多分に影響を受ける足元の物価高騰を、金融引き締め策で沈静化できるかどうかは不確実だ。賃金上昇率が高まらない中、物価上昇による実質賃金の下落と、金融引き締めの進展による(実質)金利上昇が、ある時点で個人消費を大きく下振れさせる事態が世界各国で生じる可能性がある。物価が安定化に向かわなければ、そのリスクは来年にかけて着実に高まっていくのではないか。

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