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第1弾の対ロ制裁よりも追加措置が世界経済・金融市場に大きな打撃に

2022/02/24

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米国は対ロ経済制裁の第一弾を発表

ロシアのプーチン大統領は21日に、ウクライナ東部の親ロ派支配地域の独立を承認し、また軍の派遣を許可した。米国はロシアを強く非難する一方で、まだウクライナ侵攻とは異なる、との判断を示し、準備していたロシアへの制裁とは異なる制裁措置を打ち出す考えを、当初は示していた。ウクライナ政府と親ロ派との紛争が始まった2014年以降、ロシア軍は東部に居座り続けていることから、現時点では新たな軍事行動とは言えないとの判断である。

これは、外交による問題解決の道を閉ざしたくないとの米国の考えによるものと思われたが、他方で弱腰との指摘もあった。22日には米国は突如姿勢を転換し、バイデン大統領はロシアのウクライナ親ロ派地域への派兵決定を「侵攻の始まりだ」と断じて、金融・経済制裁に乗り出すと説明した。さらに、予定されていた米ロ外相会談、米ロ首脳会談を撤回する考えを示し、対話よりも強い姿勢をロシア側に示すことを優先したのである。

米国は、今回の対ロシア制裁を「第1弾」と位置づけ、ロシア側の今後の出方次第で段階的に強化していく戦略をとる。第1弾の制裁は、第1に、インフラ整備と軍需産業の資金調達を担うロシア国営の大手2銀行が、米国内で取引できないようにすることだ。対象になるのは国営開発対外経済銀行(VEB)、軍とつながりが深いプロムスビャジバンク(PSB)の2つである。米財務省によると、ロシア国内での規模は、それぞれ5位と8位になる大手銀行だ。

第2は、国債や政府機関債などを念頭に、ロシア政府が西側で資金調達をすることをできなくすることだ。第3は、プーチン大統領側近の政権幹部や家族らの個人金融資産も凍結することである。

ドイツはノルドストリーム2の認可手続きを停止

他の先進各国も、米国と足並みを揃えて対ロ制裁措置を打ち出し、各国・地域内でロシアの銀行の取引を制限し、政権幹部らの個人資産を凍結する。欧州連合(EU)はウクライナ東部の一部の国家承認にかかわった27の個人や団体を制裁対象とする。ロシアの下院議員の大部分や軍関係者、メディア関係者などが含まれる。彼らは、EU内の資産が凍結されたり、EUへの往来が禁止されたりする。ロシア軍などに資金を提供している複数の銀行も対象になる。また、EUの資本・金融市場へのロシア政府のアクセスを制限するほか、独立が承認された地域とEUとの貿易も制限する。英国が22日明らかにした制裁は、ロシアのウクライナ戦略に深く関与している5つの銀行と富裕層の一部の政治家や軍関係者などが対象になる。

欧州で特に注目されるのはドイツの対応だ。ドイツのショルツ首相は22日に、ロシアとの新しいガスパイプライン、ノルドストリーム2の認可手続きを停止すると発表した。ドイツの先行きの天然ガス調達に支障が出ることから、それを対ロ制裁措置に加えることにドイツは慎重であったが、米国からの要請を最終的には受け入れたと見られる。

そして日本も23日に制裁措置を打ち出した。第1は、2つの共和国の関係者の査証(ビザ)発給停止および資産凍結。第2は、2つの共和国との輸出入の禁止措置の導入。第3は、ロシア政府による新たなソブリン債の日本における発行、流通の禁止などである。

第1弾は先進国への打撃が小さい措置に限定された

このように22日から23日にかけて、先進各国で対ロ制裁措置が揃った。ただし、原油・金など商品市況、金融市場は、制裁内容が概ね予想の範囲内であったとして、比較的冷静に受け止めている。

制裁措置はいずれも、ロシアに決定的な打撃を与えるものではないと考えられる。特に注目したいのは、ロシアの原油、天然ガスの輸出、あるいはそれに関わるロシアの銀行を制裁対象とはしていないことだ。それを行えば、一段の原油、天然ガスの価格高騰が生じ、先進国経済にも大きな打撃となって跳ね返ってくるからである。いわゆる「ブーメラン効果」だ。第1弾は、その点に配慮した制裁措置にとどまっていると言える。

しかし今後ウクライナでのロシアの軍事行動が激化すれば、米国あるいは先進国は、第2弾、第3弾とより厳しい制裁措置が打ち出されることになるだろう。現在米国が検討しているのは、半導体などのハイテク製品を人工知能(AI)やロボットなど特定分野のロシア企業に輸出するのを事実上禁じることだ。それを通じて、ロシア経済の近代化、多様化を妨げる、やや中期的な視点に基づく措置だ。日本政府は主要7か国(G7)と連携し、先端技術の対ロシア輸出を規制することを既に検討している。ハイテク企業が多いアジア諸国などと連携して、輸出規制の体制がまとまり次第、米国はそれを実施することが予想される。

この措置は、先進国側には大きな打撃とはならない、いわゆる「ブーメラン効果」を警戒する必要がない一方で、ロシア経済の今後の発展には大きな打撃となる可能性がある。

追加制裁措置、特にSWIFTからのロシアの銀行排除の可能性に注目

今後の対ロ制裁措置で最も注目したいのは、銀行間の国際決済ネットワークであるSWIFTからロシアの銀行をすべて、あるいは多く排除する措置である(コラム「ウクライナ情勢では経済制裁の行方に関心が集まる」、2022年2月18日)。これが実施されれば、ロシア経済には決定的な打撃となる一方、ロシアは通貨危機に陥ることになるだろう。

ただしその結果、ロシアの貿易決済が広範囲に制限されることになり、ロシアの原油、天然ガスの輸出は滞り、エネルギー価格の高騰が先進国経済に逆風となる。また、小麦やパラジウムの供給減少や価格上昇が先進国経済に打撃となる可能性もある。

ロシアは世界最大の小麦の輸出国であり、ウクライナも小麦やトウモロコシの主要な輸出国である。ロシアとウクライナの小麦の輸出量は合計で2019年に世界全体の4分の1以上を占めていたという。また、産出量の4割をロシアが占めているパラジウムの調達が先進国で難しくなる懸念もある。パラジウムは自動車の排ガス浄化や携帯電話などに使われている。

第1弾の対ロ制裁措置は予想の範囲内で、それほど厳しいものではなかったが、今後打ち出される可能性がある第2弾、第3弾は、ロシア経済に深刻な打撃を与え、また、通貨危機を引き起こしかねない。さらに、先進国のエネルギー、パラジウムの調達に支障を与え、またその価格を大きく押し上げる可能性がある。

今後の追加制裁の内容次第では、世界経済にさらなる強い逆風となり、それを織り込んで、金融市場がかなりの動揺を見せることも覚悟しておく必要があるだろう。

(参考資料)
「ウクライナ情勢、小麦や希少金属に波及も ロシア依存で」、2022年2月23日、日本経済新聞電子版
「米欧、金融・経済制裁で足並み 銀行・政権幹部ら対象」、2022年2月23日、日本経済新聞電子版
「対ロ経済制裁 岸田首相の発言全文」、2022年2月23日、日本経済新聞電子版
「ロシアの行動「侵攻の始まり」 バイデン氏、制裁を発動」、2022年2月23日、日本経済新聞電子版
「侵攻拡大なら対ロシア輸出規制 米、多国間で制裁準備」、2022年2月23日、日本経済新聞電子版

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