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海外企業に資産接収の脅しをかけるロシア政府と日本企業への影響

2022/03/14

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民間企業のロシア事業見直しに対する報復措置

ロシアによるウクライナ侵攻の後、ロシアからの事業撤退や一時停止を決める海外企業が急増している。イエール大経営大学院によると、これまでに外資系企業300社以上がそれらを発表したという。ロシアビジネスで利益を上げることに批判的な世論の急速な高まりを受けた措置だ。近年、企業は人権問題への対応など、社会的課題の解決に向けて積極的に取り組むべきとの考えが強まっている。そのことが、今回の企業の迅速な判断の背景にあるだろう。

これに対してロシア政府は、撤退した西側企業の資産を国有化する計画があることを11日に明らかにした。その具体的な内容については未だ不明であるが、一方的な資産接収の可能性も十分に考えられるところだ。

ロシア政府は、海外企業の事業撤退・一時停止によってロシア国内の雇用が喪失し、また国内の生産能力が低下することを回避することが狙い、と説明している。しかしそれは表面的な説明であり、実際には、先進国による対ロ経済・金融制裁と足並みを揃えた事実上の制裁措置とも言える民間企業のロシア事業見直しの決定に対して、報復制裁をするとの脅しの側面が強いだろう。

国の間の訴訟問題に発展も

ホワイトハウスのサキ報道官は10日に、「企業の資産を接収するという、いかなるロシアの無法な決定も、いずれさらなる経済的な痛みとなってロシアに返ってくるだろう」とツイッターに投稿した。その上で、訴訟問題に発展する可能性があるとの見方を示している。

ロシア政府が不当に米国企業の資産を接収する場合には、米国政府は追加の対ロ制裁を行う考えであることを示唆しているのである。また、実際にロシア政府が米国企業の資産を不当に接収すれば、米国政府は財産権を不当に侵害する国際法違反として国際司法裁判所に提訴する可能性もあるだろう。いずれにしても、個別企業の問題にとどまらず、国と国との間の問題に発展する。

ロシア政府も、実際に西側企業の資産の国有化、接収を行うかどうかは不明である。少なくとも現時点では、脅しの側面が強いだろう。

影響はドイツ、自動車産業で最大か

仮にロシアでの資産が接収される場合、業種別には被害に大きな差が出そうだ。一部のサービス業では、不動産リース関連の損失など、打撃が比較的軽いケースがあるだろう。一方で、製造業では、高額な製造設備を失う可能性や、運輸業では、倉庫・トラックなどの物流資産を失うことで、大きな損失を受ける可能性がある。

会計事務所アーンスト・アンド・ヤング(EY)は、最も大きな影響を受ける可能性があるのは、外国からの対ロシア投資で最大規模であるドイツだとする。中国と米国がその後に続く。同社によると、ドイツ企業は過去20年に、ロシアで418件のプロジェクトに参加しており、欧州諸国の中で最多である。2020年はドイツと米国からの投資の半分が農業セクターだったという。

他方、過去20年の西側諸国による対ロシア投資で特に規模が大きかったのが自動車業界である。

日本の対ロ直接投資残高の比率は0.12%、ロシアからの直接投資収益はわずか509億円

ところで、ロシアでの資産が仮に接収されても、日本企業、日本経済が被る損失はそれほど大きくないと見られる。日本企業による現地事業に関わる対ロシア直接投資残高は、財務省の資料によると2020年末で2,479億円である。これは日本の海外への直接投資残高全体の205兆9,708億円のわずか0.12%に過ぎない。

さらにロシアへの直接投資から生じる利益のうち日本に還流される収益(直接投資収益)は2020年に509億円で、海外から得られる直接投資収益全体のわずか0.35%である。仮に日本企業のロシア資産がすべて接収され、ロシアでのビジネスから日本に還流する直接投資収益がすべて失われることがあるとしても、それは日本の年間GDPを0.01%押し下げるに過ぎない計算だ。

他方、日本のロシア向け輸出の比率は1%とやはり大きくない。しかし、ロシア向け輸出が仮にすべてなくなる場合には、日本のGDPは直接的に0.18%押し下げられる。それでも甚大とは言えないが、現地でのビジネスが停止する影響と比べれば、ロシア向け輸出が停止してしまう影響の方が10倍以上大きいのである。

(参考資料)
"Pressure Mounts for Western Companies Leaving Russia", Wall Street Journal, March 12, 2022

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