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近づくロシアのデフォルトと蘇るCDSのリスク

2022/03/14

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3月16日のXデーが迫る

主要格付機関は、ロシアの外貨建て国債の格付けを、デフォルト(債務不履行)の一歩手前まで一気に引き下げた。彼らが特に注目しているのは、3月16日に期限がくるドル建て国債の利払い日である。ここで利払いが履行されなければ、猶予期間の30日経過後の4月中旬に、格付機関がデフォルトを正式に認定する可能性が考えられる。

主要国がロシア中銀の保有する外貨準備を凍結したことで、ロシア政府は一気に外貨不足に直面している(コラム「ロシアの外貨準備半減と深まる金融面での危機」、2022年3月1日)。外貨不足に起因するデフォルトは一種のテクニカル・デフォルトであり、財務上の支払い能力の低下による一般的なデフォルトとは異なる。

しかし一方でロシア政府は、外貨準備の凍結を解除しない限り、非友好国が保有するロシアの外貨建て債務については、外貨ではなくロシアの通貨ルーブルで支払う方針を示している。これは、対ロシア制裁措置の報復の一環である。債務者が元利を支払う意思がない場合も、デフォルト認定の条件の一つとなるのである。

これらの点から、ロシアは財務上の支払い能力の低下による一般的なデフォルトに陥る状況ではまだないと見られるものの、外貨不足によるテクニカル的なデフォルトと、支払う意思がないというタイプのデフォルトに陥る可能性が高い。ただし、3月16日の期限がくる利払いでそれが確定するかどうかはまだ分からない。

外貨建てロシア国債の規模は大きくない

ロシア中央銀行の統計によると、2021年9月末時点で、官民を合わせたロシア全体の対外債務残高は4,906億ドルである。その中で671億ドルが、ロシア政府(連邦+地方)の発行する政府債(国債+地方債)となる。さらに、海外が保有するこの671億ドルのロシア政府債のうち、ルーブル建てが69.4%の466億ドル、外貨建てが30.6%の205億ドルである。

デフォルトのリスクが高いのは、海外で保有されている外貨建て政府債の205億ドルの部分である。これは日本円換算で2.4兆円程度であることから、それほど大きい規模ではない(コラム「データで読み解くロシア・デフォルトの衝撃」、2022年3月7日)。

国際決済銀行(BIS)の統計によると、2020年に、世界の外貨建て政府債(国債プラス地方債)の発行残高に占めるロシアの外貨建て国債の発行残高の比率は3.1%に過ぎない。自国通貨建ても含めた世界の政府債に占めるロシア政府債の比率は、わずか0.4%である。ちなみに、ロシアの大手企業については、ロシア政府とは異なり、海外に保有する外貨で外貨建て債券の元利払いがなお可能との指摘もあり、デフォルトリスクが政府よりも相対的に小さい可能性がある。

1998年にロシアがデフォルトに陥った際には、米主要ヘッジファンドLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)が、ロシア国債に対するリスクの高いポジションを持っていたことが、その経営破綻を通じて世界の金融市場を混乱させた。しかし現時点では、同様のリスクの高いポジションを持つ大手金融機関はないと考えられる。そのため、ロシア国債のデフォルトが生じても、世界の金融市場に与える打撃は甚大にはならない、と見ておきたい。

蘇るリーマンショック時のCDSの苦い記憶

ただし、そうしたなかでも、一点留意しておきたいのは CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)の存在である。CDSとは、デリバティブ取引の一種で、債券などの信用リスクを取引する金融商品だ。債券を保有する投資家は、それがデフォルトに陥る場合には元本が返済されない、という信用リスクを抱える。そのリスクをカバーするために、投資家はCDSを購入するのである。

契約の対象となる債権(融資・債券等)が契約期間中にデフォルトになった場合、その債権を持っている投資家がCDSを買っていれば、それによって生じる損失(元本・利息等)が保証される。その代わりにCDSの売り手に対して、保証料を支払うのである。これは一種の保険商品だ。CDSは市場で取引され、デフォルトリスクを反映して常に価格が変動する。

CDSが生まれたのは90年代であるが、取引量が増えたのは2000年代に入ってからだ。さらに、CDSの存在が広く世の中に知られるようになったのは、2008年のリーマンショック(グローバル金融危機)である。RMBS(不動産担保証券)など、不動産関連の証券化商品を多く保有していた銀行などは、米国の不動産市場が調整を始める中で高まった、そうした商品のデフォルトリスクをカバー(プロテクション)するためにCDSを積極的に買入れたのである。その主な売り手となったカウンターパートが、リーマン・ブラザーズなどの投資銀行(証券会社)や保険会社であった。

対象となる債権がデフォルトと認定されれば、CDSの売り手は買い手に対して元本分に相当する補償金を支払うことになる。ところが予想外にデフォルトが増加すると、その支払いが難しくなり、CDSの売り手が破綻してしまう可能性が出てくる。そうなれば、CDSの買い手には保障金は支払われないことになる。

リーマンショックの際には、CDSの売り手であったリーマン・ブラザーズの経営破綻によって、証券化商品のデフォルトに対する補償金がCDSの買い手の金融機関に支払われず、損失が多くの機関に広まった。さらに、CDSの売り手が破綻しないかどうかという疑心暗鬼が市場に広まり、市場の安定を大いに損ねたのである。CDSの巨額の売り手であった保険会社のAIGが政府によって救済されたのは、そうした事情があった。AIGがCDSで支払いを保証していた額は、その自己資本の5倍以上の4,400億ドルにも達していた。

CDSの売り手の支払い能力で市場に疑心暗鬼も

外貨建てロシア国債についても、CDSの取引がなされている。外貨建てロシア国債がデフォルトとなれば、投資家に対して補償金が支払われるが、CDSの売り手が十分に支払う能力がないのではとの不安が市場に広がり、連鎖的な損失の懸念が高まる可能性があるだろう。

フィナンシャル・タイムズ紙は10日に、「ロシアがデフォルト(債務不履行)に陥った場合、世界有数の米債券運用会社であるピムコは数10億ドルの損失を被る」と報じた。ピムコは2021年末時点で少なくとも5つのファンドを通じてCDSを投資家に販売して保証料を受け取っていた。11億ドルのロシア国債のCDSと15億ドルのロシア国債を保有しているという。ウォールストリートジャーナル紙によると、ロシア国債のCDSは60億ドル程度とみられる。

この報道の真偽については未だ明らかではないが、今後、外貨建てロシア国債のデフォルトに関しては、それを保有する海外投資家への損失のみならず、CDSの売り手の支払い能力などにも関心が向けられ、リーマンショック時と同様に、市場の疑心暗鬼が高まる可能性も考えられるところだ。

現在市場で取引されている外貨建てロシア国債の5年物CDSの価格には、既に80%近いデフォルトの確率が織り込まれている。ただし、CDSのデフォルトイベントの認定は、格付機関のデフォルト認定とは判断基準が異なる、といった複雑な事情も、今後は注目を集めるかもしれない。CDSについては、ロシア政府が外貨準備にアクセスできないという特殊事情に配慮して、直ぐにデフォルトイベントの認定がなされない可能性もある。

いずれにせよ、ロシア国債のデフォルトが世界の金融市場に与える影響に関しては、リーマンショックで注目を集めたこのCDSが鍵の一つを握るのではないか。

(参考資料)
「米ピムコ、ロシア債務不履行なら数十億ドルの損失も FT報道」、2022年3月10日、日経速報ニュース
「[FT・Lex]ロシア債、制裁でデフォルトのリスク高まる」、2022年3月9日、フィナンシャル・タイムズ
「ロシア、不履行懸念高まる、国債、猶予期限の来月焦点、社債に波及の恐れも。」、2022年3月9日、日本経済新聞

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