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日本銀行の円安容認姿勢は修正されるか

2022/03/25

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「指値オペ」見送りで円安が進む

25日の東京市場で10年国債利回りは0.235%と、日本銀行が2月14日に長期国債を固定金利0.25%で無制限に買入れる「指値オペ」を実施した水準を上回った(コラム、「米CPIで進んだドル高円安と日銀の指値オペ実施」、2022年2月14日)。しかし、午前10時10分の定例金融調節のタイミングで、日本銀行は「指値オペ」を見送った。これを受けて、10年国債利回りは一時0.24%台まで上昇した。同時に、ドル円は一時122円台半ば近くと、2012年12月以来、6年3か月ぶりの円安水準となった。長期金利上昇への日本銀行の対応が、長期金利と為替とに同時に影響を与える状況となっている。

さらに、25日の国会で日本銀行の黒田総裁は「円安は基本的に日本経済にプラス」と従来の発言を繰り返し、円安容認の姿勢を改めて示したことも、「指値オペ」の見送りとともに、為替市場で円安が進む要因となっている。

黒田総裁は、円安には輸出促進などプラスの効果と物価高による消費減少などマイナスの効果があるが、トータルではプラス、との認識を示してきた。内閣府の短期日本経済マクロ計量モデル(2018年版)によると、10%の円安は1年間の累積効果でGDPを0.46%押し上げる。当初は円安による物価上昇で個人消費は悪影響を受けるが、輸出増加、設備投資増加の効果が波及する中で個人消費も円安のプラスの効果を享受するようになる。このモデル計算の結果は、「円安は基本的に日本経済にプラス」との黒田総裁の見解の正しさを示しているように見える。

円安の経済への影響はプラスとは言えない

しかしこのモデルは、最も古いものでは80年以降のデータを使って作られたものである。試算結果には、近年の経済構造の変化が十分に反映されていないことが考えられる。2008年のリーマンショック(グローバル金融危機)後の急速な円高を受けて、企業は生産拠点を海外に移す動きを強めた。その結果、輸出の中で、自社の海外拠点への原材料、中間財の輸出の占める比率が高まった。これは企業間貿易であり、為替変動の影響を受けにくい。その結果、円安による輸出促進効果は、以前よりも小さくなったのである。

他方、国内では割安な輸入部品を利用する企業が増え、輸入浸透度が高まった。電気機械の中で用いる輸入品の部品が増えれば、円安による部品価格の上昇が製品の価格上昇につながりやすくなり、それは個人消費の逆風になる。つまり、円安による消費悪化効果は大きくなったのである。

さらに、現状では実質実効円レートが50年ぶりの低水準にあり、追加的な円安による競争力向上効果は低減している。また、コロナ問題で特に打撃を受けたのは円安の恩恵を大きく受ける輸出企業ではなく、運輸業、飲食業、小売業、旅行関連など、円安による輸入品価格上昇の悪影響を受けやすい産業が中心である。コロナ問題後は、円安のデメリットを受けやすい産業が、日本経済のウィークポイントとなっているのである。

以上のように、日本の輸出入構造の変化、現在の円の水準、コロナ後の日本経済の特性を踏まえて考えれば、モデル計算の結果が示すように「円安は基本的に日本経済にプラス」とは言えない。「円安にはプラスとマイナスの効果があり、トータルの影響は良く分からない」とするのが正しいだろう。

「物価上昇は円安よりも原油価格上昇の影響が大きい」は正しい

また黒田総裁は、「足もとの物価上昇は、円安よりも原油価格上昇によるところが大きい」と説明する。このように説明するのは、日米の金融政策の差がもたらす円安が物価上昇圧力を高め、国民の生活を圧迫しているという「悪い円安論」を否定するためである。

年初から足元まで、ドル円は5.5%円安が進み、他方でWTI原油先物価格は42%上昇している。上記のモデル計算によると、10%の円安は消費者物価デフレータを1年間で0.17%押し上げることから、5.5%の円安の効果は0.09%となる。また、10%の原油価格上昇は消費者物価デフレータを1年間で0.11%押し上げることから、42%の原油価格上昇の効果は0.46%となる。

原油価格上昇による物価押し上げ効果は、円安による物価押し上げ効果の約5倍にも達するのである。既に述べたように、モデル計算の結果には経済構造の変化の影響が十分に反映されていない点に留意する必要があるが、それを踏まえても、今度は、黒田総裁の説明が正しい、ということになる。

物価高の中で高まる「悪い円安論」と日本銀行批判

しかし、事実はそうであっても、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比上昇率が、4月以降しばらく+2%を上回る状態が続くことが見込まれる中、日米の金融政策の差に根差した円安が進めば、それは物価上昇を促し国民生活を圧迫する「悪い円安」との見方が一層強まるだろう。そして、円安を容認する日本銀行の政策姿勢に対する批判はさらに強まるだろう。

政府・与党内でも、ウクライナ情勢を受けた一段の物価高への対応として新たな経済対策の議論が始まっている(「景気対策よりもコロナ対策の徹底を」、2022年3月25日)。日本銀行も政府や国民の間での物価高への警戒を共有することが求められる。そして、日本銀行の金融政策姿勢が円安を引き起こすことを、できるだけ回避して、政府や国民からの批判をかわすことを目指すだろう。

そうした日本銀行の姿勢を試すいわば試金石となるのが、冒頭で述べた「指値オペ」なのである。「指値オペ」を通じて長期金利の上昇を完全に抑え込んでしまうと、その後に米国の長期金利がさらに上昇すれば、日米の長期金利差の拡大から、あるいはそうした観測から、円安がさらに急速に進むリスクが生じる。

日本銀行は徐々に長期金利上昇の姿勢を見せる

この点を踏まえれば、急速な円安を回避するために、日本銀行は10年国債利回りが変動レンジの上限である0.25%を上回ることを、いずれ容認するのではないか。2月に実施した金利水準で「指値オペ」を発表しないこと自体が、金利上昇を容認することの地ならしのようにも見える。この先、10年国債利回りが上限の0.25%を超えても、直ぐに「指値オペ」を実施しない可能性も考えられるところだ。

黒田総裁は、自身の信念に従って円安容認の姿勢を変えない可能性が考えられる。しかし、より日本銀行の事務方の裁量の余地が大きい「指値オペ」などのオペレーションでは、世論にも配慮して、長期金利の上昇阻止よりも円安阻止を重視する姿勢を見せるのではないか。

そして、この長期金利の上昇容認は事実上の正常化策の一環でもある。長期金利の上昇を受けた今後の日本銀行のオペレーションは、来年4月以降のポスト黒田体制下での日本銀行の政策姿勢を占う試金石ともなるのではないか(コラム、「高まる悪い円安批判とポスト黒田体制下の日銀金融政策の試金石」、2022年3月18日)。

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