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長期金利上昇と円安進行のディレンマに陥り追い込まれる日銀と短観の注目点

2022/03/30

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日本銀行は長期金利の上昇抑制にすべての手段を総動員

日本銀行は30日午前に、同日に予定されていた国債買入れのオペの増額と臨時の国債買入れオペの実施を発表した。28日の指値オペ、29日から31日の連続指値オペを決めてもなお、10年国債金利は目標レンジの上限である+0.25%近くに高止まりし、その影響で超長期の金利も上振れしていることから、日本銀行はすべての手段を総動員して、長期金利の上昇を容認しない姿勢を示したのである。

しかし本来は、イールドカーブコントロールの枠組みの下で長期金利の上昇を抑える手段は、①国債買入れのオペの増額、②臨時の国債買入れオペ、③指値オペ、④連続指値オペ、の順番に実施されるのが自然だろう。実際には、順番が逆になった形なのである。最後の手段、伝家の宝刀とも言える連続指値オペを打ち出してもなお、長期金利が思ったように下がらないことに慌てて、日本銀行は手持ちの手段を総動員したように見える。

10年国債金利が+0.25%近くに高止まりしているもとでは、日本銀行が+0.25%の固定金利で無制限に国債を買入れる指値オペを実施すると、積極的に札が入り、日本銀行は図らずも大量の国債を買入れなくてはならなくなる。それは量的な金融緩和の強化となってしまう。

それを回避するには、10年国債金利を+0.25%をかなり下回る水準に維持しておく必要があるのだが、それが実現できていないのである。

高まる「悪い円安」への懸念

長期金利が思ったよりも下がらないのは、いずれ日本銀行は長期金利の上昇を容認するとの観測が燻っているからだろう。米国で長期金利が一段と上昇する可能性がある中、10年国債の金利上昇を日本銀行が力づくで抑え続ければ、日米金利が拡大しそれが円安を進行させるためだ。そうした観測を否定するために、日本銀行は今回、国債買入れのオペの増額と臨時の国債買入れオペを実施したのだが、長期金利の顕著な押し下げという目的は達成できていない。指値オペも含め、日本銀行の政策の影響力、いわば神通力が落ちているのだ。

28日に日本銀行が指値オペを実施し、さらに3日間の連続指値オペの実施を公表したことを受けて、ドル円は一時125円まで円安が進んだ。このことは、「悪い円安」を容認しているとして、政府、産業界、国民の間で、日本銀行の政策運営に対する批判を強めるきっかけになっただろう。

黒田総裁は、「円安は全体としては日本経済にプラス」との発言を繰り返しているが、原油高など物価高の弊害を強く感じている政府、産業界、国民はこの見方に違和感を持ち、円安を容認する日本銀行への批判を潜在的に高めているだろう(コラム「日本銀行の円安容認姿勢は修正されるか」、2022年3月25日)。4月以降、消費者物価指数(除く生鮮食品)が前年比で+2%程度の水準まで一気に上昇することが予想されるが、その中で、「悪い円安」への懸念と日本銀行の政策姿勢に対する世間の批判は一段と高まるのではないか。

徐々に追い込まれる日本銀行

29日には円安に対する懸念の表明が相次いだ。鈴木財務大臣、松野官房長官、神田金融庁長官ら当局者は、経済にマイナスの効果も生み出す円安の進行に懸念を示した。経済同友会の桜田代表幹事は円安が進んだことについて、「為替は現在の水準が適切だとはとても思えない」と懸念を示し、また日本鉄鋼連盟の橋本会長は「円安を容認しておく政策でいいのか、真剣に議論しなければならない」として、円安への政策面での対応を求めた。

29日は岸田首相が4月末までに物価高対策を柱とする緊急経済対策の取りまとめを閣僚に指示した。まさにそのタイミングで、日本銀行の金融調節を引き金にした円安が急速に進み、物価高を後押しする情勢となっていることに、政府はかなり神経質になっているのではないか。

長期金利上昇の抑制を優先して、円安を容認する姿勢は、政府、産業界、国民からの批判を受けている。日本銀行は追い込まれ始めたのである。

0.5%利上げ観測で米国長期金利は一段の上昇も

米国では、3月に利上げ(政策金利引き上げ)を決めた米連邦準備制度理事会(FRB)が、この先利上げのペースを加速させるとの観測が強まっている。金融市場は次回5月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で0.5%の利上げが実施されるとの見方を織り込んでいる途中だ。今後は0.5%幅の利上げが連続で複数回実施される可能性を市場は織り込んでいくだろう。その過程で米国の長期金利は一段と上昇する可能性が高い。

その中で、日本銀行が10年国債金利の上昇を厳格に抑える政策を維持すれば、ドル円は1ドル130円を大きく超えて、どこまで円安が進むか分からない状況に至るリスクが出てくる。

米国の金融政策姿勢にも今秋には変調が生じ、長期金利は低下する可能性もあると考えられるが、そこまでにはなお半年程度の時間がある(コラム「FRBは0.5%利上げへ。米国経済はグロース・リセッションかハードランディングか」、2022年3月30日)。それまで、日本銀行が、円安を容認しつつ10年国債金利の上昇を抑え続けるのは無理ではないか。

日本銀行の政策姿勢は早晩修正へ

円安を巡って、政府と日本銀行の間には隙間風が吹き始めているだろう。30日に開かれた岸田首相と黒田総裁の会談でも、岸田首相から円安に対する懸念が表明された可能性もある。政府・与党は、物価高を助長する「悪い円安」が続けば、夏の参院選にも悪影響が及ぶことを警戒し始めているのではないか。

また、円安と金融政策を巡って、政府と日本銀行の関係がギクシャクすれば、政府が「より柔軟な政策姿勢を持つ人物が新総裁に適任」と考えるなど、来春の日本銀行の総裁人事にも影響が出てくる可能性がある。

早晩、日本銀行は、政府との関係悪化を回避し、産業界や国民からの批判を回避することを狙って、10年国債金利が上限を超えて上昇することを容認する姿勢に転じるのではないか。黒田総裁が政策の修正を渋っているのであれば、事務方が全力で説得にあたるだろう。

少し後になれば、日本銀行は変動レンジである±0.25%の拡大を決める可能性もあるが、当面は、指値オペで無理やり+0.25%以下に抑え込む姿勢を徐々に緩めていき、市場との対話を通じて緩やかな金利の上昇を容認していくのではないか。

短観では日本経済の「内憂外患」を確認

ところで、日本銀行の政策姿勢に金融市場が注目を集めるこのタイミングで、4月1日に日本銀行の短観(3月調査)が発表される。大企業製造業の業況判断DIは、前回から6ポイント程度の悪化が見込まれている。年初からの「オミクロン株」の感染拡大が、国内個人消費を悪化させた。半導体不足による自動車減産などの影響も出ている。他方、ウクライナ情勢を受けた世界経済の見通し悪化、エネルギー価格の一段高、円安進行による物価高など、外的要因も企業の景況感に悪影響を与えているはずである。このように、国内、海外の悪材料が重なる、まさに「内憂外患」の状況の下、企業の景況感が明確に悪化したことを、今回の短観は示すことになるだろう。

ただし、短観で経済の下方リスクが確認されたからといって、日本銀行が長期金利の上昇を牽制する姿勢を強めることにはならない。既に議論したように、日本銀行の長期金利のコントロールと円安への対応は、政府と日本銀行との関係に関わる高度な政治的イッシューとなってきているのであり、経済的な判断によって決まるものではないからだ。

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