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スタグフレーション色を帯び始めた日本経済の内憂外患(日銀短観3月調査)

2022/04/01

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先行きの景況悪化の加速にウクライナ問題の影響

日本銀行が4月1日に公表した短観(3月調査)で、最も注目を集める大企業製造業の現状判断DIは「+14」と、前回12月調査の「+17」から3ポイントの下落となった。事前予想の平均は、7ポイント程度の下落であったため、悪化の幅は予想をやや下回った。

ただし、同DIが低下するのは、新型コロナウイルスの感染拡大で個人消費が大幅に落ち込んだ2020年6月調査以来、7四半期ぶりとなる。これは国内経済の持ち直し傾向の変調ぶりを示すものと言えるだろう。

他方、昨年9月末の緊急事態宣言の終了を受けて前回調査では大きく上昇した大企業・非製造業の現状判断DIも、今回は前回調査比で1ポイントの下落となった。

大企業製造業、非製造業の現状判断DIともに事前に見込んだほどの大幅な悪化は避けられたが、注目したいのは先行き判断DIが、より大きな幅で下落している点だ。ウクライナ問題がエネルギー、食料品価格の上昇に与える影響を含め、その帰趨に対する企業の懸念は、現状判断DIよりも先行き判断DIに大きく表れたと見られる。

製造業の現状判断DIについては、素材業種、加工業種ともに悪化したが、先行き判断DIでは、素材型業種の悪化幅が際立つ。これは原材料価格の上昇分を製品価格に十分に転嫁できず、先行き収益環境が一段と悪化するとの見方を反映しているのだろう。

幾重にも逆風が重なる「内憂外患」の様相

現状判断DIが製造業、非製造業ともに大きく悪化した最大の理由は、年初からのオミクロン株の感染急拡大とまん延防止等重点措置の導入による個人消費の悪化である。3月21日で終了したまん延防止等重点措置による個人消費の減少額は、筆者の試算で4.0兆円に上る(コラム「まん延防止措置延長で経済損失は合計4.0兆円。ウクライナ情勢による原油高の影響と政府の各種政策の評価」、2022年3月3日)。その影響は、小売、対個人サービス、宿泊・飲食サービスなど個人関連業種の現状判断DIの低下に表れている。

感染再拡大で悪化した消費者心理に追い打ちをかけたのが、エネルギー価格や食料品価格の高騰である。そして、半導体など部品不足、下請け企業での従業員感染による一部工場の操業停止、地震による一部工場の操業停止が重なった自動車産業でも、景況感の悪化が際立った(現状判断DIは7ポイント下落)。

他方で、年初にかけて輸出環境も悪化傾向にあった。特に中国向けと欧州連合(EU)向けの輸出の弱さが目立っていた。そして、2月末に始まったロシアによるウクライナ侵攻による貿易への悪影響やエネルギー価格高騰への懸念も、今回の調査で、現状、先行きの企業の景況感の判断を悪化させた要因の一つとなっていよう。

このように、個人消費や企業の収益環境に逆風となる国内要因、海外要因が幾重にも重なり、日本経済はまさに「内憂外患」の様相を強めている。それを裏付けたのが、今回の短観調査である。

高まる企業の物価高懸念と進まない価格転嫁

エネルギー関連や原材料の海外市況の上昇が続く中、為替市場では輸入物価を押し上げる円安が進んだことから、今回の短観調査では、企業の価格判断DIが従来以上に注目を集めた。

過去2年間程度は、大企業・製造業の仕入価格判断DI、販売価格判断DIともに上昇傾向を続けてきたが、前者の上昇幅が後者の上昇幅を上回る傾向が見られた。

今回の調査でもそうした傾向に変化は見られなかった。仕入価格判断DIは9ポイント上昇する一方、販売価格判断DIは8ポイントの上昇にとどまったのである。両者の乖離は、中小企業ではより際立つ。

業種によるばらつきはあるものの、総じて原材料価格の上昇を企業は製品価格に十分には転嫁できず、その分収益が圧迫される傾向が続いている。

企業の中期的なインフレ予想はさらに上昇

他方、企業の物価見通しでは、全規模全産業の5年後の物価見通しは、前回調査では0.2%ポイント上昇し+1.3%となった。今回調査ではさらに0.2%ポイント上昇し、+1.6%となった。足もとでの物価高は、企業の中期的なインフレ予想も明確に高め始めたのである。1年後物価見通しは+1.8%、3年後が+1.6%、5年後が+1.6%となっており、足元での物価上昇率の高まりが先ゆき定着する見通しが示されたのである。

「中期的なインフレ予想には変化はないことから、物価上昇は定着せずに一時的現象で終わる」としてきた日本銀行の主張には反する結果となった。

一方、借り入れ金利水準判断DI(大企業)は現状判断で6ポイント、先行き判断で4ポイント上昇した。企業の資金調達コストも先高感が急速に高まっており、これも企業の景況感を悪化させている。その影響は、2021年度設備投資計画の下振れにも表れている。

日本経済は、景気悪化と物価高が共存するスタグフレーション的な様相を強めていることを、今回の短観調査は示しているのである。

円安による企業の景況感改善は明確に確認されない

今回の短観調査では、円安が企業の収益環境、景況感に与える影響にも注目が集まっている。海外ではエネルギー関連を中心に商品市況全体が大きく上昇し、国内の企業の製造コストや消費者物価を押し上げている。そうした中、3月に入って顕著になった円安傾向は、物価上昇率をさらに押し上げることを、企業、家計は警戒している。

他方で円安は、輸出企業にとっては、国際競争力を高め、収益を増加させる追い風だ。円安がトータルで見て日本経済にプラスなのかマイナスなのかが、現在大きな議論の的となっている(コラム「日本銀行の円安容認姿勢は修正されるか」、2022年3月25日)。

日本銀行は、円安は全体として日本経済にプラスである、と主張し、円安を容認する姿勢を見せている。それに対して、産業界からは、現在の円安にはマイナスの側面の方が大きい、という声も高まってきた(コラム「長期金利上昇と円安進行のディレンマに陥り追い込まれる日銀と短観の注目点」、2022年3月30日)。

これに関連して、多くの人が注目したのが、企業の想定為替レートと実際の為替レートとの乖離である。3月調査で全規模・全産業の2021年度下期の想定為替レートは110.96円となった。現在のドル円レートは1ドル122円程度であることから、10円以上にも達する乖離の分だけ、輸出企業の収益見通しは改善し、業況判断DIを押し上げる方向に働いたと考えられる。

しかし実際には、自動車、電気機械、業務用機械など、代表的な輸出関連の業況判断DIは大きく悪化した。この点から、今回の短観調査は、円安は全体として日本経済にプラスとする日本銀行の主張には不利な結果になったと言えるのではないか。

ウクライナ問題は主にエネルギー価格上昇を通じて日本経済に逆風

今回の短観調査の企業の景況感の悪化にも示されたが、感染再拡大などの逆風の影響で、1-3月期の国内実質GDPはマイナス成長に陥った可能性が高い。筆者は前期比年率-2%程度と現時点では見込む。まん延防止等重点措置によって、1-3月期の実質GDP成長率は前期比年率11.5%押し下げられた計算だ(解除後を中心とする期中の個人消費の持ち直し分は考慮していない)。また、年初からの原油価格上昇は、実質個人消費を1年間で0.51%、実質GDPを0.11%それぞれ押し下げる計算となる。

ロシアのウクライナ侵攻とそれに続く制裁措置が、ロシアの貿易、経済を混乱させることを通じて日本経済に与える直接的な影響は比較的小さい。ロシアの実質GDPが今年15%下落しても(IFF見通し)、日本の実質GDPは0.09%程度押し下げられるに過ぎない、と試算される。ウクライナ問題が日本経済に与える打撃は、原油などエネルギー価格上昇を通じた間接的な影響が大きいのである。

4月分以降、消費者物価(除く生鮮食品)は前年比で+2%程度まで一気に跳ね上がる。他方、今年の春闘の結果を踏まえると、一人当たり名目賃金上昇率はやや高まる方向だが、それでも前年比+0.3%程度と見込まれる。賃金上昇率を大幅に上回る物価上昇率が、個人の消費活動を防衛的にさせるだろう。

さらに、主要都市のロックダウン(都市封鎖)によって、中国経済が足元で減速傾向を強めていることを踏まえると、輸出環境も厳しい状況が続きそうだ。これらの点から、4-6月期の実質GDPは前期比年率+2~3%程度と現状ではみておきたい。

高まる「悪い円安」批判

企業は原材料価格の高騰、個人はエネルギー、食品などの物価上昇にそれぞれ苦しむ中、輸入物価をさらに押し上げる方向に働く円安進行に対する警戒が、企業、個人の間で強まっている。さらに、円安進行の背景には日米の金融政策の違いがあり、また足もとでは日本銀行が長期金利の上昇を厳格に抑える姿勢を見せていることが、円安を加速させているとの見方が強まっている。

そうした中、物価を押し上げる「悪い円安」を引き起こしているとして、日本銀行の政策に対する批判も高まってきた。今回の短観では、円安進行の下でも輸出企業も含めて企業の景況感が顕著に悪化したことを背景に、「円安は全体としては日本経済にプラス」として、事実上、円安容認姿勢を続ける日本銀行の説明への批判がこの先一段と高まる可能性があるだろう。

企業の中期的な物価見通しが一段と引き上げられたことも、物価上昇は一時的な現象として金融緩和姿勢を維持してきた日本銀行の政策姿勢に対する疑問が企業、家計の間で強まるきっかけとなるかもしれない。

政府は日本銀行の政策を直接批判し、また注文を付けることはしないが、4月末までに物価高対策を取りまとめる最中に生じている円安進行は、その政策効果を損ねるものとして警戒しているだろう。

日本銀行は、政府との関係悪化を回避し、また産業界や国民からの批判を回避することを狙って、10年国債金利が上限を超えて上昇することを容認する姿勢へと遠くない将来転じるのではないか。ただし、マイナス金利解除など明確な正常化策に踏み切るのは、来年4月の黒田総裁退任以降となる可能性が依然として高い。

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