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日本政府はサハリン1・2の事業継続を表明も先行きは不透明

2022/04/05

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サハリン1、2撤退の場合、日本は一段のコスト高に見舞われる

ロシアのウクライナ侵攻を受けて、海外企業はロシア事業の一時停止や撤退を迅速に決めた。ロシア経済の生命線とも言えるエネルギー分野では、原油やLNG(液化天然ガス)の生産拠点であり、代表的なプロジェクトである「サハリン2」から2月28日に英シェルが、「サハリン1」からは3月1日に米エクソンモービルが、それぞれ撤退を決めている。そこで注目を集めたのが、双方に権益を有する日本企業、日本政府の出方である。

サハリン1には経済産業省のほか伊藤忠商事、丸紅など、サハリン2には三井物産と三菱商事がそれぞれ出資している。日本は原油の輸入の3.7%、LNGの輸入の8.7%(2021年、財務省貿易統計)をロシアに依存している。LNGはこのサハリン2でロシアからの輸入のほぼ全量を賄っている。また原油は、サハリン1と2でロシア産の約半分を賄っている。

日本がサハリン1、サハリン2から撤退する場合には、原油、LNGをロシア以外から新たに調達する必要が生じる。それが可能であるかという問題に加えて、代替調達の場合には、割高なスポット価格(随時契約価格)で買い付ける必要があることから、コストが高まるという問題も生じる。日本のLNG調達は長期契約が多く、スポット市場で買い付ける量は全体の1割強に過ぎない。現在のようにLNG価格が急騰している局面では、スポット価格は長期契約価格を大きく上回るのである。

仮にスポット価格が長期契約価格の2倍、ロシアからのLNG輸入のうち長期契約分が9割とした場合、ロシアからのLNG調達が止まって、それを他国から割高なスポット価格で買入れると、6,700億円程度の追加コストがかかる計算となる。スポット価格が長期契約価格の3倍である場合には、追加コストは1兆円を超える。

政府はサハリン1、2から撤退しない方針を明言

対ロ制裁措置の一環として米国とカナダはロシアからの原油・天然ガスの輸入を禁止し、英国は原油輸入を段階的に削減し最終的にはなくすことを決めている。そうした中、日本の対応に世界の注目は集まっていたが、岸田首相は3月31日に、サハリン1、2から撤退しない方針であることを明言した。その理由を、「サハリン事業は日本のエネルギー安全保障にとって重要なプロジェクトだ」と説明した。

また4月1日には萩生田経済産業相が、このサハリン1、2に加えて、三井物産と独立行政法人「石油天然ガス・金属鉱物資源機構」(JOGMEC)などが参画する北極圏のアークティックLNG2についても「撤退しない方針だ」と明かした。

中国に権益を持っていかれる懸念

資源小国の日本にとって、ロシアからの燃料確保はエネルギー安全保障政策上重要である。また、既述のように、LNGをロシア以外から代替調達しようとすれば、スポット価格での購入となりコストが高まる。それに地理的に近いロシア以外からの調達となれば、輸送コストも上乗せされる。それらはすべて企業や家計の負担となるのである。

サハリンから撤退すれば、中国やインドに権益を奪われかねないという懸念もある。その場合には、制裁措置は有効でなくなる。政府が一部出資するINPEX(旧・国際石油開発帝石)は2004年に、イラン南西部のアザデガン油田の権益を取得した。しかし、核開発問題を抱えるイランへの経済制裁の一環として米国からの要請で2010年に撤退を余儀なくされた。この時すでに約125億円を投資していたが、保有していた10%の権益をイラン国営石油会社に無償で返還した。この権益を譲り受けたのが、中国国有の中国石油天然ガス集団(CNPC)だったのである。中国に権益を持っていかれたという苦い経験だ。

多少長い目で見ると、原油の9割を中東地域からの輸入に依存している日本にとって、ロシアからの調達はリスク分散ともなっている。また、ロシアでの資源事業は北方領土交渉を前進させるカードにもなるため、「国策」として進めてきたという経緯もある。

代替調達の経路を迅速に確保しておくことが必要に

このように、日本はサハリン事業から撤退せず、ロシアから原油、天然ガスの輸入を続ける姿勢を明確にしたが、先行きについては依然不透明である。今後先進国が対ロ制裁を強化していく中で、他国との協調の観点から、ロシアでのエネルギー開発事業、ロシアから原油、天然ガスの輸入についても、制裁の対象とすることを余儀なくされる可能性があるだろう。

特に、ロシアからの天然ガスの依存度を大幅かつ急速に引き下げていく方針を示しているEUが、原油、天然ガスの禁輸を決めれば、日本としても追随せざるを得なくなるだろう。

また、ロシアはいわゆる「非友好国」に対して、天然ガスの輸入代金をルーブルで支払うことを要求しており、それに従わない場合には天然ガスの供給を打ち切るとしている(コラム「ロシアが新たな枠組みで天然ガスの代金ルーブル払いを再度要求」、2022年4月1日)。これに対して、日本を含む先進各国は、ルーブルでの支払いに応じない構えである。

現時点では、日本が輸入しているLNGはルーブル支払いの枠組みには含まれない扱いとなっているが、今後ロシアがルールを変えてくる可能性もある。対ロ制裁への報復措置として、ロシアが日本への原油、天然ガスの供給を制限する、あるいは停止するリスクは残るのである。

こうした点を踏まえれば、日本は原油、天然ガスの代替調達の経路を迅速に確保することが、国民へのエネルギーの安定供給の観点からも求められる。また自動車の排ガスの触媒などに用いられるパラジウムについては、日本はロシアに40%以上も依存している。こうした金属についても、経済安全保障の観点から、代替調達を模索することが喫緊の課題となってこよう。

(参考資料)
「政府・商社、「サハリン」事業継続で協調、エネ安保重視。」、2022年4月2日、日本経済新聞
「再考エネルギー:抜けられぬロシア事業(その1) 契約前の伊藤忠は「撤退」」、2022年4月2日、毎日新聞
「再考エネルギー:抜けられぬロシア事業(その2止) 資源小国、貴重な権益」、2022年4月2日、毎日新聞
「ロシア、ガス供給停止警告=代金支払い、ルーブルに限定―制裁に報復、G7反発」、2022年4月1日、時事通信ニュース
「サハリン権益、日本は当面維持へ…「のどから手が出るほどほしい」中国の奪取防ぐ」、2022年3月27日、読売新聞速報ニュース

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