対ロ追加制裁の目玉は石炭輸入の禁止・削減。エネルギー制裁強化がロシア経済とルーブルに打撃
対ロ追加制裁でEUは石炭輸入禁止、日本は段階的削減
日本政府は4月8日に、G7(主要7か国)協調策の一環として、対ロ追加制裁パッケージを発表する。6日には米国が対ロ追加制裁パッケージを公表しており、EUも間もなく公表する見込みだ。
今回の制裁パッケージで目玉となるのは、EUのロシア産石炭の輸入禁止措置と日本の段階的輸入削減である。EUと日本が、自らの経済への打撃を覚悟の上で、制裁対象をエネルギー分野に拡大したのである。ロシア軍によるウクライナ民間人殺害疑惑を受けて、より踏み込んだ制裁措置を打ち出したと言えるだろう。
萩生田経済産業相は8日に、このロシアからの石炭の輸入削減措置について、「代替国を見つけながら段階的に減らし、最終的には輸入しない方向をめざす」と表明した。これは、以下のG7首脳声明の文言に沿った措置である。
「我々は、ロシアからの石炭輸入のフェーズアウトや禁止を含む、我々のエネルギー面でのロシアへの依存を低減するための計画を速やかに進める。また、我々は、ロシアの石油への依存を低減するための取組を加速する」
この記述は、EUでの議論を反映したものだろう。エネルギー分野での対ロ制裁については、日本はEUの決定を追随する姿勢であり、日本の具体的な制裁措置もEUによって事実上決まる。
輸入禁止はいずれロシア産原油、天然ガスに及ぶ可能性も
他方、日本が権益を持つロシアの資源開発事業である「サハリン1」、「サハリン2」、「アークティックLNG2」について萩生田大臣は、「エネルギー安全保障上の重要なプロジェクトだと考えており、撤退はしない」と、これまでの方針を変えない考えを強調した。
ただし、今後の追加制裁の中で、EUが石炭にとどまらず石油、そして天然ガスの輸入禁止を決めれば、先進国の結束を重視する観点から、日本もこれら3事業からの撤退をせざるを得なくなるだろう。
EU内では既に、ロシアからの原油、天然ガスの輸入禁止に踏み込むべきだとの声が高まっている。特に、旧ソ連のバルト三国やフィンランド、ポーランドがそれを強く主張している。イタリアのドラギ首相、フランスのマクロン大統領、EUのミシェル大統領も、原油、天然ガスの輸入禁止に理解を示している。
しかし、ロシアへのエネルギー依存度が高いドイツが強い難色を示しているのである。オーストリアやハンガリーも反対している。今回は、原油、天然ガス、石炭の中で最もEU経済への打撃が小さい石炭の輸入禁止措置にとどめた形である。それゆえに、天然ガス、原油の供給を担う「サハリン1」、「サハリン2」について、日本は撤退を表明せずに済んだのである。
しかし、今後、首都近郊でのロシア軍のウクライナ民間人殺害に関して新たな事実が出てくる、南部、東部激戦地での状況が明らかになってくる、あるいはロシアが生物・化学兵器を使用する、核兵器を使用する、といった形で事態がエスカレートしていけば、EUも原油、そして天然ガスの輸入禁止に段階的に踏み切り、日本も「サハリン1」、「サハリン2」の撤退に追い込まれる事態も十分に考えられるところだ。今回は、先行き、対ロ制裁を段階的に強化していくのりしろを残しておくために、石炭の輸入禁止にとどめた、とも言えるだろう。
EUのボレル外交安全保障上級代表によると、2月の侵攻から1か月余りで、EUはロシアにエネルギー代金として総額350億ユーロを支払ったという。一方、今回の石炭の輸入禁止による支払い減少は年間40億ユーロしかなく、原油、天然ガスの輸入禁止と比べてかなり規模が小さい。EUにとっては格段に痛みが小さい、ともいえる。
初期の制裁措置からロシアが態勢を立て直している面も
今まで先進国が打ち出してきた対ロ経済・金融制裁は、ロシア経済にかなり打撃を与えているだろう。特に初期段階では、SWIFT制裁やロシア中央銀行の外貨準備の凍結が、ルーブルの急落をもたらし、それが物価高を通じた個人消費への打撃や貿易の混乱をもたらしたと見られる。
しかし、それからやや時間が経過する中で、ロシアも態勢を立て直してきている面もあるのではないか。例えば、従来ロシアは原油をドル建てで中国に輸出していたが、SWIFT制裁でドル建て貿易決済が制約を受けたことから、新たに人民元建て決済に変更して、輸出を再開しているという。おそらく、中国が構築した独自の国際決済システムのCIPSを利用したのだろう。また、インドはロシアから武器と原油を輸入しているが、制裁の影響を回避するために、ルピーとルーブルを交換する新たな決済制度の構築を急いでいるとされる。
ルーブル安定回復の背景にはエネルギー輸出か
当初半分程度にまで価値が下落したルーブルは、その後急速に持ち直し、今では、ウクライナ侵攻前の水準を概ね取り戻している。これは全く予想外の展開であったが、その背景には、ロシアの貿易収支の改善と当局のルーブル買い支え策の影響があるのではないか。
先進国の制裁措置により、ロシアの輸入が急激に減ったと見られる。西側企業のロシア事業の停止、撤退も輸入減少に拍車を掛けた。ロシア国内での製造に必要な部品、原料の海外からの調達が減ったためだ。
他方で制裁措置によって輸出も減ったが、輸入ほどは減っていない可能性が考えられる。ロシアの輸出の主力であるエネルギー関連について、ロシアからの輸入停止を決めたのは、米国とカナダだけであり、金融制裁でも引き続きエネルギー関連を対象から外してきたためだ。その結果、貿易収支は改善し、それがルーブルを支えている面があるだろう。
加えて、ロシア政府は、ロシア企業に対して、輸出代金を外貨で受け取った場合に、その8割をルーブルに換えることを義務付けている。ここに強いルーブル買い需要が生じているのである。
ロシア経済、ルーブルにさらに打撃を与えるのはエネルギー分野の制裁強化
こうした点から、先進国がロシア経済にさらに打撃を与え、再びルーブル安に追い込むためには、エネルギーの輸入禁止、制限を一段と強化していくことが必要となるのではないか。今回はEUと日本は石炭の輸入禁止、段階的削減を追加制裁に盛り込むが、これを、原油、天然ガスへと拡大していくこと、さらに金融制裁でもエネルギー関連の例外措置を無くしていくことで、ロシア制裁はより有効性を高めることになるだろう。
ただし、そうした追加措置はEUや日本経済に大きな打撃となる。原油と天然ガスのロシアからの輸入を一気に止めれば、ドイツを中心にEUがマイナス成長に陥る可能性が出てくるのではないか。日本では、「サハリン1」から撤退し、他国から新たに割高なLNGを調達するようになれば、追加のコストが1兆円程度に達する可能性がある(スポット価格が長期購入価格の3倍の場合)。
エネルギー調達での急激な脱ロシアは、エネルギーの安定供給に支障を生じさせ、エネルギー安全保障の面から問題となる。しかし他方で、ロシアへの依存度を維持することは、もはや経済安全上の大きなリスクなのである。いずれにせよ、先進国はエネルギーの脱ロシアを急速に進めることが強く求められる。
(参考資料)
「独、露産エネ禁輸に難色 天然ガス6割を依存」、2022年4月8日、産経新聞
「ロシア制裁、石炭輸入「段階的に減らす」 経産相表明」、2022年4月8日、日本経済新聞電子版