実質金利の水準で占うFRB金融引き締め姿勢の転換時期と歴史的円安の行方
金融政策の経済効果は実質金利で決まる
足元での急速な円安進行の引き金となっているのは、米国の長期金利の急上昇であり、その背景には米連邦準備制度理事会(FRB)の金融引き締めスタンスの強化がある。4月21日の講演会でFRBのパウエル議長は、次回5月3・4日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で0.5%の大きな幅での利上げ(政策金利引き上げ)が選択肢に入ると指摘したうえで、利上げの前倒しに理解を示した。
円安進行の直接的な原因が米国側にあることから、日本側での政策対応を通じて、急速な円安の流れを変えることは難しい(コラム「1ドル130円は通過点。市場機能を損ねる日銀金融政策の弊害が急激な円安を招く」、2022年4月20日)。
米国の利上げが果たしてどの水準まで進むのかが、今後の円安の動向を占う最大の鍵となる。この観点から、米国の実質金利の水準に注目して考えてみたい。実質金利は、名目金利から予想物価上昇率(期待インフレ率)を引いて算出される。
金融政策の基本的な経済効果は、経済活動(需給ギャップ)に中立的な自然利子率と実質政策金利との格差で生じる、と広く考えられている。前者よりも後者の水準が低いほど、金融緩和効果が発揮され、逆に前者よりも後者の水準が高いほど、金融引き締め効果が発揮されると考えられる。また、実質長期金利と自然利子率の差も同様に経済に影響を与える。
名目長短金利で見ると前回の金融引き締め時のピークまでにはまだ距離
米国の実質長期金利は、インフレ連動国債(TIPS)で示される。4月20日のアジア市場で、米国の10年物インフレ連動国債利回りは、2年ぶりにわずかながらもプラスに転じた。その水準は3月上旬の-1.1%程度から急上昇したのである。背景には、FRBの金融引き締め加速の観測がある。
他方、インフレ連動国債から市場に織り込まれている予想物価上昇率を算出することができる。これをブレークイーブンインフレ率(BEI)という。BEIは足もとで2.95%、ほぼ3%である。1999年以降の中長期のBEIの平均水準は1.98%と約2%であり、現在はその水準をちょうど1%上回っている状況だ。
さて、前回の金融引き締め局面の最終段階では、2018年に景気が減速傾向を見せ始めたことで、政策金利であるFF金利の誘導目標は2.25%でピークを付けた。他方、10年国債利回りはちょうど3%がピークとなった。長短金利がこのあたりの水準まで上昇すれば、景気抑制効果を発揮し、金融引き締めが一巡すると一応考えることができるだろう。ただし、より正確には、名目金利でなく景気に影響を与える実質金利で考えねばならない。
既にみたように、現在は、当時と比べて予想物価上昇率が1%程度高いと考えられることから、実質金利が前回金融引き締め時のピークまで上昇して景気を減速させ、また株価の下落など金融市場に調整をもたらすのは、(名目)FF金利が現在の0.25%から上昇して3.25%程度、(名目)10年国債利回りが現在の3%から上昇して4%程度となる時点、との計算となる。そこまでにはまだ距離があるように見える。
予想物価上昇率低下で実質金利が上昇し、引き締め効果がにわかに高まる可能性
しかしここで改めて考えてみたいのは、過去の平均値を1%も上回る3%という現在の予想物価上昇率の水準が、果たして持続可能であるかという点だ。足もとでの物価高騰は、コロナ問題やウクライナ問題などによる一時的な要因によるところが大きいと見られる。この先、物価上昇率が鈍化するとの期待が生じ、予想物価上昇率が現在の3%程度から中長期の平均水準である2%程度まで低下していく中で実質金利が上昇し、にわかに景気に抑制効果を生じさせる可能性には注意しておく必要があるだろう。
予想物価上昇率が1%ポイント低下すれば、実質長期金利の水準は前回のピークである1%まで上昇し、景気抑制効果を発揮することが予想される。ただしその際に、先行きの利上げ見通しが合わせて下方修正されれば、その分、実質長期金利も低下することになり、予想物価上昇率の低下ほどには実質長期金利は上昇しない。実質金利がそうした道を辿れば、米国経済は失速を免れ、ソフトランディングの可能性が高まるのではないか。
しかし、予想物価上昇率が下振れる中でもFRBが金融引き締めの姿勢を変えない場合には、実質長期金利は予想物価上昇率が下振れる分だけ上昇することになる。その結果、経済への金融引き締め効果がにわかに高まり、金融市場の調整も促されやすくなる。この場合、米国経済が失速するハードランディングの可能性が高まるだろう。
FRBの政策姿勢は年内に修正され長期金利上昇と円安の流れに変化か
予想物価上昇率が1%低下し過去の平均値に戻る場合、FF金利は2.25%まで上昇すると、実質値で見ても前回のピークの水準に並び、相応の景気抑制効果が発揮されることが見込まれる。現状では、FF金利が2.25%まで達するのは今年の秋頃と予想される。
こうした点から、年末までには、FRBの急速な金融引き締めが景気抑制効果を発揮し、それがFRBの政策姿勢に影響を与えることを予想したい。FRBが市場の予想物価上昇率の低下を早期に察知し、それに応じて、金融引き締め姿勢を軟化させる、あるいは停止させるなど政策姿勢を迅速に修正すれば、米国経済は失速を免れるだろう。他方で、そうしたFRBの対応が遅れれば、米国経済の失速のリスクが高まるのではないか。
いずれにしても、FRBが金融引き締め姿勢を修正することは年内には起こり、それが、米国の長期金利の低下と円安の流れの一巡をもたらすものと見ておきたい。日本にとっての問題は、そこまでにはまだ何か月もの時間を要することだ。その間は、さらなる円安進行のリスクが残ることになる。