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経済安全保障推進法成立へ。企業活動への過剰関与のリスクも

2022/05/11

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経済安全保障推進法が成立へ

岸田政権の看板政策の一つが、経済安全保障政策だ。その政策遂行のための環境整備を狙った「経済安全保障推進法」が、11日の参議院本会議で可決、成立する見通しとなった。

同法は、供給網(サプライチェーン)強化、基幹インフラの安全確保、官民による先端技術開発、特許の非公開、の4本柱で構成される。中国への対抗を主に想定して作られた法律であるが、ウクライナ侵攻が勃発したことで、ロシアへの対応も意識されている。さらに、米国など他の先進国と連携して中国など権威主義的な国々に経済面からの対応を進める枠組みの一翼を担うものでもある。

政府が民間企業の経済活動への介入を深めることで、より国益を守ることを目指す、というのが経済安全保障政策の本質だろう。ただしその結果、企業の負担が高まる、経済活動の効率性が損なわれる、自由競争が歪められる、などの多くの弊害も生じ得る。今後は、規制の対象を限定、明確化させるとともに、経済安全保障の確保と自由な経済活動のバランスに十分に配慮して、同法を実際に運用していくことが求められる。

基幹インフラへの国による事前審査は企業に大きな負担も

同法で特に注目を集めているのが、基幹インフラへの国による事前審査と国民生活に不可欠な「特定重要物資」の指定、の2点である。

前者の事前審査の対象となるのは、電気、ガス、石油、水道、電気通信、放送、郵便、金融、クレジットカード、鉄道、貨物自動車運送、外航貨物、航空、空港の14分野である。これらの分野の企業が重要なシステムを導入する際、設備の概要や部品、維持・管理の委託先などの計画を、主務大臣に届け出ることが義務づけられる。企業が計画書を届け出なかったり、虚偽の届け出をしたりした場合には、「2年以下の懲役か100万円以下の罰金」が科される。また、計画に修正を求める政府の勧告の後に、その命令に従わない場合にも同様の罰則が適用される。

企業にとって大きな負担となることから、事前審査の対象は大企業に限られる。しかし、大企業あるいは大手銀行に対しては、気候変動リスクへの対応と同様に、いずれ取引先企業の「特定重要設備」をチェックするように求められるようになる可能性も考えられる。そうなれば、大企業あるいは大手銀行の負担は一層高まることが避けられない。また、中小・零細企業も対応を迫られる。それらは企業の収益を圧迫することも考えられるところだ。

「特定重要物資」にはクラウドも

後者の「特定重要物資」は、国民生活や経済活動に不可欠で経済安全保障上、安定供給が必要な物資が対象となる。それに指定された物資を取り扱う事業者は、政府から財政支援や金利負担の軽減というメリットを受けることができる。一方政府は、これらの輸入や販売を行う企業に対して、調達や保管状況などの報告や資料提出を求める。

「特定重要物資」として、政府はこれまでに半導体、医薬品、レアアース、蓄電池などを例示してきた。さらに政府は、クラウドサービスを指定することも検討している。政府が保有する機微な情報を外資のクラウドサービスで扱うことには、漏洩など安保上のリスクがあるためだ。

日本のクラウド市場は海外企業の影響力が高く、調査会社の富士キメラ総研によると2020年度の国内市場シェアは海外企業が72%を占めたという。すでに高いシェアを持つ海外クラウドサービスの利用を止めるのことは現実的でないことから、政府は機密性が高い情報を中心に扱い、また特定の団体などに利用者を限る「プライベートクラウド」と呼ばれる分野で、国内産業の育成を急ぐ方針である。

行き過ぎれば経済効率の低下と国民の負担増を招く

供給網(サプライチェーン)強化のための「特定重要物資」制度は、重要物資の調達が海外、特に特定国に強く依存することを避けることを狙ったものであり、製品の「国内回帰」、「国産化」を促す政策である。

しかしそれは、経済合理性に基づいて企業が生産拠点を海外に移し、また海外から部材を調達することに逆行することになる。またそれが進めば、日本の国是でもある自由貿易に逆行することになりかねない。経済安全保障の観点から、安価な輸入品を割高な国内品に置き換えていけば、経済の効率は低下し、最終的には国民の負担が高まることにもなりかねない。

こうした点を踏まえれば、政府には「特定重要物資」の範囲をかなり限定することが求められる。

国家資本主義に接近して市場主義の強みを失うリスクも

日本の経済安全保障政策は、米国その他先進諸国と協力して、中国を封じ込める戦略の一翼を担うものだ。国家が経済活動に深く関与する国家資本主義の中国と競争するため、市場主義の先進各国の政府が、民間企業の活動への関与を強める方向にあるのが現状だ。これは、先進国が国家資本主義に接近していく流れとも見える。

しかしその過程では、企業の自由な競争、活動が様々なイノベーション、生産性向上を生み出すという市場主義の強みが失われてしまう恐れがあるのではないか(コラム「罰則強化の方向で議論が進む経済安全保障推進法案」、2022年2月8日)。

多くの罰則が適用されるこの「経済安全保障推進法案」では、それを避けるために企業が過剰に活動を控えてしまう恐れもある。企業の自由な活動を極力制約しないよう、対象範囲をできるだけ限定することが必要だ。

また、経済安全保障政策は、日本の国益を守ることを目指しているが、国益と企業とのステークホルダー(利害関係者)の利益とは一致しない。国内の外国企業の存在や、日本企業の外国人株主の存在を考えれば、それは明らかだ。また同政策が企業の活動を強く制限することで経済活動に悪影響が及べば、それは、むしろ国益を損ねることにもなってしまう。

「経済安全保障推進法案」は、様々な規制の対象範囲を明示することも重要である。曖昧な規定にとどめ、適用範囲が裁量によって拡大する余地を残しておいては、適用を恐れて企業の活動が委縮してしまう恐れもあるからだ。

(参考資料)
「(経済安保)供給網再編、地理的に分散を」、2022年5月10日、朝日新聞
「国産クラウド推進 政府、経済安保で「重要物資」指定へ-サイバー攻撃に備え」、2022年5月7日、日本経済新聞電子版
「経済安保法案、審査に懸念 基幹インフラ「サイバー対策不十分」」、2022年5月7日、朝日新聞

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