水際対策緩和の追加経済効果は年換算8.1兆円。インバウンド戦略の再構築を成長の起爆剤に
6月から入国者数の上限を2万人に倍増へ
政府は新型コロナウイルスの水際対策に関して、入国者数の上限を現在の1日1万人から2万人へと引き上げる緩和措置を、6月に講じる見通しだ。停止していた外国人観光客の受け入れについても、数百人単位のモデルツアーを受け入れて、徐々に拡大していくことも検討されている。早ければ6月1日からの実施となる。
オミクロン株の感染拡大を契機に、政府は2021年12月に入国者の上限を1日5,000人から3,500人へと引き下げた。しかし、入国規制が他国と比べて厳し過ぎること、特に外国人留学生の受け入れを強く制限していることが海外から強い批判を浴びた。それを受け、政府は今年3月に入国者の上限を1日5,000人に戻し、さらに4月10日からは上限を1万人へ拡大していた。
水際対策の緩和は、国内の感染状況と他国の動向の双方を見極めながら、この先、慎重に進められていくだろう。それは、国内経済活動にとってはプラス効果を生むことは疑いがないところだ。そこで以下では、水際対策の緩和経済効果を検討してみたい。
今回の緩和措置による追加の経済効果は年換算で8兆1,300億円
出入国在留管理庁の統計によれば、最新値である今年3月の外国人入国者数の1日平均は2,660人であった。1日上限5,000人の半分程度が、実際の外国人入国者となったのである。そのうち留学生は478人、その他長期滞在者は1,972人だった。
この3月の実績値から、上限が1万人となった5月と2万人になる予定の6月の外国人入国者数が、上限の引き上げと同率で増えると仮定して計算すると、5月の外国人入国者数の1日平均は5,320人(留学生956人、その他長期滞在者3,944人)、6月は10,640人(留学生1,912人、その他長期滞在者7,888人)となる(図表)。
外国人入国者のうち、海外からの短期のビジネス出張の外国人入国者は経済的な影響力は小さいが、留学生や技能実習、特定技能などの資格を持つ長期滞在の外国人の入国は、相応の国内需要の増加をもたらす。
ところで、3月の実績を見ると、留学生及びその他の長期滞在者の入国は大幅に増加しているが、これは、長らく入国を認められなかったことで待機者が積みあがっていたためだろう。
当コラムでは外国人入国者のうち、長期滞在者の経済効果を試算した(コラム「水際対策緩和の経済効果は年換算で1.6兆円と試算」、2022年2月15日)。外国人留学生の年間学費の一人当たり平均を139.4万円、長期滞在者の国内での生産活動、消費活動の一人当たり平均を426.3万円とした。これを用いて試算すると、長期滞在者の経済効果(GDP押し上げ効果)は、5月の年換算8.1兆円(1日平均222億円)から、規制緩和によって6月には年換算16.2兆円(1日平均445億円)となる。
他方、6月からは外国人観光客についても、政府は数百人単位のモデルツアーを受け入れていく方針だ。これを1日300人と仮定した場合、その経済効果は年換算で173.6億円(1日4,760万円)となる。これを長期滞在者の経済効果と合計すると、5月と比べて年換算で8兆1,300億円、月間では6,770億円増加する計算だ。これが今回の水際対策の緩和措置によって生じる経済効果の試算値である(図表)。
図表 水際対策緩和の経済効果試算
水際対策の緩和は4-6月期、7-9月期の成長率押し上げにも貢献
ところで、1-3月期の実質GDPはマイナス成長となった見込みだが、感染リスクの低下を映して、4-6月期の実質GDP成長率は2四半期ぶりにプラスに転じることが予想される。ただし、物価上昇による消費の低迷、中国向けなど輸出環境の悪化が成長率を大きく抑制する可能性が高い。
そうした中、今回の水際対策の緩和は今後の成長の下支えとなることが期待される。上記の計算のもとで、水際対策の緩和によって4-6月期の実質GDP成長率は、前期比年率換算で+6.1%、6月の政策がその後も維持された場合、7-9月期の実質GDP成長率は、前期比年率換算で+4.4%それぞれ押し上げられる計算となる。
新型コロナウイルス問題からの経済の回復が、他国と比べて大きく後れを取っている日本では、水際対策の緩和がその遅れを取り戻す一助となることも期待されるのではないか。
水際対策で2021年には2019年比で年間7.1兆円の経済損失が生じた
新型コロナウイルス問題が生じる前の2019年には、海外観光客による効果、いわゆるインバウンド需要が4.8兆円、留学生など長期滞在者の経済効果が2.7兆円、合計で7.5兆円の経済効果が生じていたと試算される。これは、年間の名目GDPを1.3%押し上げた計算だ。かなり大きな経済効果である。
ところが新型コロナウイルス問題によって外国人観光客の入国はほぼゼロとなり、また留学生など長期滞在者の入国も急減してしまった。その結果、2021年の外国人入国による経済効果は3,600億円まで減少した計算だ。2019年と比べると、年間7.1兆円の経済損失が生じたことになる(図表)。
厳しい水際対策は、感染抑制のためには必要な措置ではあるが、感染状況を見極めて柔軟に修正していくことも経済の観点からは重要である。オミクロン株による重篤化リスクが比較的小さいことが確認されて以降も、日本は国際的にみてかなり厳しい水際対策を続けたため、冒頭で見たように海外から強い批判を浴びてしまった。一部海外メディアには、「鎖国」とも表現されたのである。もう少し早めに緩和を進めていれば、経済損失も小さく抑えることができただろう。
特に外国人留学生の入国を厳しく制限したことで、留学先を日本以外に変更する外国人留学生も出てきた。将来、日本経済に貢献してくれることが期待できる外国人留学生を失ったことは、長い目で見た経済損失である。さらに、海外大学との交換留学制度のもとでは、外国人留学生の受け入れを制限したことが、日本人学生の海外留学の道を狭めてしまった面があり、これも長い目で見た経済損失であろう。
また、日本は閉鎖的との印象を与えてしまったことが、海外企業との間での日本企業のビジネスにマイナスに働いた可能性もあるのではないか。
インバウンド戦略の再構築を急げ
感染状況が落ち着けば、外国人入国者のうち、長期滞在者に加えて、短期滞在の観光客の入国の枠も拡大されていくだろう。新型コロナウイルス問題前の2019年には、外国人観光客による国内での支出、いわゆるインバウンド需要が年間4.8兆円増加し、名目GDP成長率を+0.9%も押し上げていた。
インバウンド需要を再び増加させることは、重要な成長戦略の一つと言えるだろう。足元での円安をインバウンド需要再拡大の追い風にすべきとの意見も出てきている。
インバウンド需要の拡大を日本経済の潜在力向上につなげるには、それが持続的であるとの事業者の期待を高めることが重要である。インバウンド需要が拡大してもその持続性に不安があると、つまり長続きしないと考えると、ホテルの新設など企業の新規投資は増えず、潜在成長率の向上につながらない。その分、宿泊先の手配が難しくなり、日本人の観光客が外国人観光客に締め出されて不満を高めるといった事態も生じ得る。
新型コロナウイルス問題前の外国人観光客は、国別にみれば中国と韓国に偏っていた。これでは、日本と両国の間の外交関係が悪化すると両国からの観光客が一気に減少し、外国人観光客全体が大きく減少してしまうリスクがある。実際のところ、観光にかかわる多くの事業者は、そうした懸念を持ち続けていたのである。
そこで、より幅広い国・地域から訪日観光客を呼び込むことこそが、インバウンド需要の持続性への期待を高め、企業の新規投資を促し、生産性向上、潜在成長率上昇といった日本経済の潜在力の向上に貢献することになるのではないか。
また、東京一極集中の是正、デジタル田園都市構想などの政府の政策とインバウンド戦略を連動させて、外国人観光客を地方に誘導して地域活性化につなげることも重要だろう。
外国人観光客の受け入れも再開しようとする今、日本経済の潜在力に大きな影響力を与え、成長の起爆剤ともなり得るインバウンド戦略の再構築は、まさに喫緊の課題である。