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政府が検討するGX経済移行国債発行の課題

2022/05/23

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脱炭素社会への移行を進める政策の財源を賄う

政府は「GX(グリーントランスフォーメーション)経済移行債(仮称)」を発行し、脱炭素社会に移行させるための資金を市場から調達する検討に入った。19日に首相官邸で開いた「クリーンエネルギー戦略」に関する有識者懇談会の会合で、岸田首相が表明した。

政府は6月上旬に閣議決定する予定の骨太の方針で、「新しい資本主義」の一環で、「グリーントランスフォーメーション(GX)」への投資を5つの重点投資の一つとして掲げる見込みだ(コラム「修正が進む看板政策『新しい資本主義』と骨太方針」、2022年5月18日)。そこでは、環境への負荷が高い石炭火力発電所の運営事業者が事業を廃止しやすくする仕組み作りに取り組むことも検討されている。そうした政策の資金調達手段として検討されているのが、このGX経済移行債である。

これは、多くの国で既に発行されているグリーン(環境)国債と同様なものとなるだろう。政府が発行するグリーンボンドは、2016年にポーランドが起債した後に世界的に広がり、G7(主要7か国)では、フランス、英国、ドイツ、イタリアの4か国がすでに発行済みだ。

ただし海外と比べると、移行債という名前が示すように、日本が多く抱える環境負荷の高い産業が二酸化炭素(CO2)排出量削減を進めることを助け、脱炭素社会への移行を後押しする政策のための資金調達手段、との性格がより強いのかもしれない。

脱炭素政策は一般税で賄うのが良いのではないか

経済産業省は、脱炭素に関連する投資額を、今後10年間で官民合わせて約150兆円と試算している。そのうち、政府の投資分に当たる20兆円規模の資金を、政府は新たに確保する必要がある。政府は、排出されるCO2に値付けを行い、炭素税を導入するなどの「カーボンプライシング」制度をいずれ導入することが予想される。そうなれば、炭素税の税収などが政府の脱炭素投資の財源にできる。GX経済移行債はそこまでのつなぎの役割を果たすことが想定されているようだ。

ただし、政府の脱炭素政策を、使途を特定した特別なグリーン(環境)国債で賄うことの是非については、改めて慎重に考えてみる必要があるのではないか。政府が国民の一部から徴収する目的税では、他の税収とは別枠で管理し、特定の政府支出の財源に充てられる。そうした枠組みが妥当となるのは、支出によって利益を得る国民が全体の一部であり、さらにそれを国民全体が負担することが適切とのコンセンサスができていない場合だ。利用者負担の考えに基づき、その政府の支出で利益を受ける一部の国民が、それを特別税として負担することになるのである。

しかし政府の脱炭素政策の場合には、それによって恩恵を受けるのはすべての日本国民(あるいは世界のすべての国民)と言える。さらに、脱炭素政策はほぼすべての国民の支持を得ていると言えるのではないか。そうであれば、脱炭素政策は国民全体が負担する一般税(普通税)で賄うのが自然だろう。

GX経済移行債という特別な名称を付けることで、さらなる財政悪化につながる新規国債発行への国民の批判をかわす狙いもあるのではないか。確かに脱炭素政策の恩恵は将来世代に及ぶため、将来世代にもその費用を負担してもらうためには国債で賄うことに一定の合理性もある。しかしそれであっても、60年かけて完全償還される通常の長期国債とすべきではないか。

脱炭素は通常の政策として政府に本来求められているもの

企業が、CO2排出量を減らすための資金をグリーンボンド(社債)の発行で賄う場合、それは社会全体の二酸化炭素(CO2)排出量を削減し、気候変動リスクなどを多少なりとも低下させる。そうした企業の社会貢献によって社会的コストが低下する分、投資家は通常よりも低い金利(グリーミアム)のグリーンボンド(社債)を受け入れるのである。企業が社会的課題を解決する取り組みを投資家が支援し、その費用を負担する仕組みである。

ところが政府の場合には、脱炭素政策も含め、社会的課題を解決し社会的コストを低下させることは、本来政府に求められている機能である。果たして、投資家がそのコストを負担するような仕組みが必要なのだろうか。

GX経済移行債は市場の不安定化や金利上昇のリスクも

国債を大量に発行している日本政府は、通常とは異なるグリーン(環境)国債を発行し、国債の多様性を高めることを通じて、円滑な国債消化を目指すという、別の狙いも背景にあるのかもしれない。

しかし、別枠の国債としてグリーン(環境)国債を発行する場合、その市場規模が限られることが流動性の低下につながり、市場のボラティリティが高まる、あるいは流動性リスク分だけ逆に通常の国債よりも金利が高くなってしまう、といったリスクも生じ得るのではないか。それは政府の資金調達コストを高め、結局、追加の国民負担となってしまう。

こうした様々な点を踏まえると、GX経済移行債については、その必要性、設計などを再度慎重に議論したうえで、最終的に発行の是非を決める必要があるのではないか。

それよりも、できるだけ早期にカーボンプライシング制度を導入し、炭素税、排出量取引、クレジット制度の設計を急ぐ方が、日本の脱炭素社会への移行を進めるためにはより重要なのではないか。

(参考資料)
「脱炭素へ新国債発行、首相が検討表明 財源20兆円確保」、2022年5月20日、日本経済新聞電子版
「脱炭素へ20兆円支出 新国債の発行検討 首相表明」、2022年5月20日、朝日新聞

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