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家計は値上げを受け入れているのか?:日銀は政策修正で物価安定へのコミットメントを示すべき

2022/06/07

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実質賃金が高まらないと生活は良くならない

6月6日の講演で日本銀行の黒田総裁は、「日本の家計の値上げ許容度も高まっている」とし、それを「持続的な物価上昇の実現を目指す観点からは、重要な変化」と前向きな説明をしている。

日本銀行は、「4月に前年比で+2.1%に達した消費者物価(除く生鮮食品)は、表面的には2%の物価目標の達成を示したようだが、実際にはそれは持続的でない。そのため、現時点では金融政策を引き締め方向に修正することは考えていない」、との主旨を説明してきた。そして、2%の物価目標の達成には賃金上昇が必要、と強調してきたのである。

冒頭の説明では、家計の値上げ許容度が高まっていることが持続的な物価上昇の実現を助ける、との主旨と読める。しかし、仮に家計の値上げ許容度が高まっているとしても、それだけでは賃上げにはつながらないのではないか。家計の値上げ許容度とは関係なく、企業が賃上げに前向きにならなければ、賃金は上がらないのである。

そして、仮に物価上昇率が高まる分だけ賃金上昇率が高まるとしても、実質賃金上昇率は変わらず、個人消費は増えない。これでは日本経済は、価格変化を除いた実質値で見れば何も変わっていないことになる。国民生活もよくならないのである。これが、2%の物価目標達成後に日本銀行が思い描く日本経済の姿ではないだろう。

現状は「悪い物価上昇」

賃金上昇率が物価上昇率を上回って実質賃金上昇率が高まる状況にならないと、個人消費は拡大せず、家計の景況感は改善しない。それには、実質賃金上昇を決定する労働生産性が高まる、あるいは日本経済の潜在成長率が高まる、といった変化が必要だ。しかし、現状では双方ともに期待できない状況である。

日本銀行が試算する潜在成長率と所定内賃金上昇率を比較すると、振れはあるものの両者は並行して動く傾向が見られ、さらに潜在成長率は所定内賃金上昇率の上限を決めているようにも見える(図表)。日本銀行の推計では最新2021年10-12月期で、潜在成長率は+0.23%である。過去の経験から、現在の潜在成長率でみた日本経済の実力のもとでは、賃金上昇率はその水準を長く、大きく超えられない、とみることができるのではないか。そうした中で消費者物価(除く生鮮食品)上昇率が2%を超えたのは、家計にとってはかなりの逆風である。

家計の値上げ許容度が高まっていることが、持続的な物価上昇の実現にとって重要な変化、と黒田総裁が説明したことに、強い違和感を持った個人も少なくなかったのではないか。簡単に言えば、個人が感じているのは実質賃金上昇をもたらすような「良い物価上昇」ではなく、消費に大きな打撃を与える「悪い物価上昇」だからである。足元の物価上昇は、2%の物価上昇達成を意味していないことは確かとしても、経済の潜在力、あるいは日本経済の実力を反映する賃金上昇率と比べて著しく高く、個人にとっては好ましくない物価上昇だ。そして、2%の物価目標自体が高すぎるのである。


(図表)潜在成長率と所定内賃金上昇率

日本銀行は政策変更で物価安定の維持に向けた強いコミットメントを示すべき

家計のインフレ期待(物価上昇率見通し)だけでなく、賃金上昇率の見通しと合わせて判断しないと、それが好ましい物価上昇かどうかは判断できないのである。

さらに、エネルギー・食料品価格を中心とする現在の物価高が、一時的なものではなく持続的なものとの見方を個人が強めると、個人消費は一気に悪化してしまうリスクがあるだろう。この点から、足元での個人のインフレ期待(物価上昇率見通し)の上昇は、日本経済の安定を脅かす危険なサインではないか。

こうした状況のもとでは、中央銀行は個人の中長期のインフレ期待(物価上昇率見通し)が一段と上振れることを回避するため、物価安定の維持に向けた強いコミットメントを示すのが普通だろう。それは、現在の日本銀行で言えば、異例の金融緩和を修正することで、物価安定維持に向けた姿勢をアピールすることではないか。

個人は物価高の影響が逃れられないと諦めか

講演の最後では、値上げに関する民間のアンケート調査が紹介されている。「馴染みの店で馴染みの商品の値段が10%上がったときに、どうするか」という設問で、5カ国で実施された調査である。

2021年8月の日本の調査では、43%がその店でそのまま買う、57%が他店に移る、だった。ところが2022年4月の調査では、56%がその店でそのまま買う、44%が他店に移る、に変化した。これをもって、個人が物価高を受け入れる姿勢を強めていることを示唆している、という主旨で講演では説明されている。しかしその解釈は本当に正しいだろうか。

このアンケート調査で、価格が上昇しても他店に移るとの回答比率が低下したのは、エネルギー・食料品を中心に、幅広く一斉に価格が上昇しており、もはやどの店でも安く買うことができない情勢になってきた、との消費者の考え方の変化を反映しているのではないか。それは、値上げを当然のものとして受け入れる「値上げ許容度の向上」というよりも、消費者の一種の諦めの心境を反映しているようにも見える。それは決して「良い物価上昇」ではなく、「悪い物価上昇」である。

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