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ウクライナ侵攻と制裁のもとでロシア経済はさらに悪化していく

2022/06/16

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海外企業の撤退による企業活動や雇用への影響がこれから本格的に表れる

ロシア中央銀行は6月10日に開いた金融政策決定会合で、政策金利を年11%から9.5%へと引き下げた。ウクライナ侵攻後の2月末に、ロシア中銀はルーブルの防衛、ルーブルによる物価高への対応として政策金利を20%まで引き上げていた。4月中旬以降、4会合連続の利下げで、政策金利の水準はウクライナ侵攻前に戻ったのである。

急速な利下げの背景には、ルーブルの価値が持ち直し、物価上昇圧力が低下したことがある。ルーブルの対ドルレートは、ウクライナ侵攻後の3月上旬に価値が半減したが、その後持ち直し、現在ではウクライナ侵攻前の水準を4割程度も上回っている。

他方で急速な利下げは、政策の重点が通貨防衛、物価安定から景気支援へと移っていることを意味しており、景気の先行きへの警戒感の表れでもある。

ロシア中銀は10日の決定会合の声明で、欧米による経済制裁で輸入が減少しており、「外部環境は依然として厳しく、経済活動が大きく制約されている」と説明している。またプーチン大統領は6月7日の会合で、「主要金利の引き下げや、国家による貸出支援策にもかかわらず、(住宅ローンなどの)貸出ペースは低下している」と述べている。厳しい経済情勢を隠していないのである。

制裁による貿易への打撃だけでなく、海外企業のロシアでの事業停止・撤退の影響もロシア経済には強い逆風だ。欧州ビジネス協議会(AEB)によると、5月のロシアの新車販売は前年同月比83.5%減少した。海外の自動車メーカーのロシアへの輸出停止、現地生産停止の影響が大きく表れている。撤退や事業停止を決めた海外企業でも、まだ賃金を支払っている企業がある。あるいは部品の輸入が停止しても、在庫を使って生産を継続している企業もある。海外企業の撤退による企業活動や雇用への影響が本格的に表れるのはこれからだろう。

現在までは戦費は化石燃料の輸出で賄われたか

ウクライナ侵攻の長期化によって、今後はロシアの財政もかなりひっ迫してくるはずだ。ウクライナ侵攻後の3月時点で、英国の調査研究機関などはロシアの戦費に関して、「最初の4日間は1日あたり70億ドル(約8,610億円)だった。5日目以降は200億~250億ドル(約2兆4,600億~3兆750億円)に膨らんだ」との試算を示していた(読売新聞)。

ロシアの国防予算は2021年で617.1億ドルであったことから、わずか数日間で国防予算を使い果たし、10日前後で政府の年間歳入を使い果たす計算だった。さすがに、この戦費の試算は正しくなかったのではないか。

フィンランドに拠点を置く独立系の「エネルギー・クリーンエアー研究センター(CREA)」が今月まとめた報告書では、ロシアの戦費は1日あたり約8億7,600万ドルと見積もられている。これがより現実的な数字だろう。これならば、国防予算は戦費の70日分である。また、100日間の合計で見れば、約876億ドルである。

さらにCREAは、ロシアはウクライナにおける紛争が始まった2月24日から6月3日までの100日間に、化石燃料の輸出で970億ドルの収入があったとしている。このうち欧州連合(EU)向け輸出からの収入が590億ドルと61%を占めている。

つまり、ウクライナ侵攻から100日間で見れば、ロシアの戦費は化石燃料の輸出による収入で賄われたことになるのである。そしてそれを間接的ながらも最も助けてきたのがEUという指摘につながるだろう。

追加制裁措置で戦費調達はより難しくなる

ただし、この先はロシアの化石燃料の輸出はさらに減少し、戦費を賄うことができなくなるだろう。その結果、ロシアの財政は急速に悪化していくとみられ、それが国内経済全体の悪化を促すはずだ。

ロシア産エネルギーの輸入を続けることで、ロシアの戦争継続を助けているとの国際的な批判を受け、EUは対ロ制裁の一環として石炭と原油の輸入の禁止を決めた。ハンガリーなどに配慮して、パイプライを通じたロシア産原油の輸入は制裁の対象外としたが、それでも年末までにEUのロシア産原油の9割が禁輸の対象になるという。さらにEUはロシア産天然ガスについても、1年以内に輸入を3分の2近く削減すると宣言している。

こうした措置が実行されていけば、ロシアのエネルギー輸出の収入で戦費を賄う構図は、早晩崩れていくだろう。ロシアはエネルギーの代替輸出先をアジア地域などに開拓しようとしているが、ロシアの原油を船舶で輸出する場合、使われるタンカーの大半は欧州企業の所有である。輸出保険とともに、海運も制裁対象となることで、ロシアの代替的なエネルギーの輸出拡大、いわゆる抜け道も封じられていくことになるだろう。

ロシアは海外からの資金調達の道を封じられた

デリバティブ(金融派生商品)市場を監督する業界団体、EMEA(欧州・中東・アフリカ)クレジットデリバティブ決定委員会(CDDC)は6月1日に、4月4日に支払い期限を迎えた外貨建てロシア国債の利子約190万ドルが、猶予期間内に支払われなかったことについて、それがクレジットイベント(信用事由)に該当し、ロシア国債はデフォルト(支払い不履行)に相当すると認定した。これは、事実上のデフォルト認定と言えるだろう(コラム「ロシア国債がデフォルト認定:金融市場への影響は限定的もロシア経済には大きな打撃に」、2022年6月2日)。

通常、外貨建て国債がデフォルトと認定されれば、政府は海外で国債を新規に発行し、資金を調達する道が数年間は閉ざされる。ただし、ロシアの場合には、正式なデフォルトと認定されるか否かに関わらず、海外での資金調達の道は既に封じられていると言える。

ルーブルは再び下落か

こうして海外からの資金調達ができない状況と、ウクライナ侵攻の長期化による財政の悪化が重なることは、ロシア経済にかなりの打撃となり、将来の成長を奪うことになるのではないか。

現状はロシアの貿易・経常収支が黒字であることが、ルーブル需要を生みだし、ルーブルの価値を安定させている。それが国内物価の安定を通じて、ロシア経済を一定程度支えている面がある。しかしこの先、対ロ制裁強化の影響がより大きく出てくると、ロシアの貿易・経常黒字は縮小、あるいは赤字となり、それがルーブル安、物価高を生み出す可能性がある。

ただし、ロシアが政府、企業ともに海外からのドルなどの外貨の借り入れができなくなっていることと、外貨準備のほとんどを制裁措置で封じられていることを考えると、輸入を制裁措置でさらに低下する輸出の水準まで抑え、輸入代金を外貨で支払う必要が出てくる。そして、輸入を抑えることは、国内の経済活動を制約し、また物不足に基づく物価高を助長する。

更にに悪いことに、ウクライナ侵攻によって財政支出が拡大していることは、輸入増加効果を持つ。その中で輸入全体を輸出の水準に合わせて抑制するのは、民間活動がかなり制約を強いられることになるはずだ。

ISバランス分析で考えるロシア経済の苦境

以上を資金の流れから考えてみよう。マクロ経済学に貯蓄投資(IS)バランス分析という考え方がある。政府部門のISバランス(財政収支)、家計部門のISバランス(貯蓄-投資)、企業部門のISバランス(収益-投資)の合計は、海外部門のISバランス(経常収支)に一致する。

国内部門のISバランスが悪化し、資金が不足すれば、その分、海外からの資金調達を拡大させ、それが経常収支の悪化となる。日本を例にとれば、政府部門のISバランスつまり財政収支は赤字だが、家計部門と企業部門のISバランスが大幅な黒字であるため、国内部門全体のISバランスは黒字であり、それが海外部門の経常収支の黒字と対応している。

ロシアでは、政府部門のISバランス(財政収支)が、ウクライナ侵攻によって先行き急速に悪化することが見込まれる。国際通貨基金(IMF)の見通しによれば、2021年にGDP比で+0.7%とほぼ均衡していたロシア政府の財政収支は、2022年には-4.0%、2023年には-5.3%と急速に悪化していく。

他方で、外貨準備を失い、海外からの資金調達の道を封じられているロシアでは、海外部門のISバランス(経常収支)の悪化は許されない。そのため、家計部門のISバランス(貯蓄―投資)、企業部門のISバランス(収益―投資)が大幅に悪化することが必要となる。それは、家計の消費の急速な抑制や企業の投資の急激な抑制によって実現されるだろう。民間経済活動には強い縮小圧力がかかるのである。

そうした調整をもたらす原動力となるのは、国内での長期金利の上昇となろう。ロシア中銀が金融緩和をしても、ウクライナ侵攻による財政悪化と海外からの資金調達を閉ざされる状況が重なると、長期金利の上昇などを通じて、ロシアの民間経済は縮小せざるを得なくなるのである。

こうして論理的に考えてみると、ロシアがウクライナ侵攻を続け、また先進国から制裁措置を受け続ける中では、ロシア経済は大幅に悪化することが避けられない。このままでは、ロシア経済の将来の成長も見えてこないのである。

(参考資料)
「ロシア中銀が4連続利下げ、9.5% ウクライナ侵攻前の水準」、2022年6月10日、日本経済新聞電子版
「ロシアのエネルギー輸出収入、ウクライナでの戦費上回る」、2022年6月14日、BBCニュース
「アングル:ロシア国民、経済的苦痛「まだ」軽微 前途は多難」、2022年6月3日、ロイター通信

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