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日銀短観に見る物価高の深刻度と物価高対策の検証

2022/06/30

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1年後に2%以上の物価上昇率を予想する世帯は約9割

内閣府が6月29日に公表した6月消費動向調査の1年後の物価の見通し(二人以上の世帯、原数値)で、先行き上昇するとの回答比率は94.2%と、前月の94.4%からわずかに下落した。下落は10か月ぶりのことだ。

他方で、低下するとの回答比率は2.2%と前月から0.7%ポイント上昇した。この調査結果は、先行きの物価見通しについて、見方にややばらつきが出てきたことを示唆しているのかもしれない。しかし、上昇するとの回答比率が引き続き歴史的な高水準にあることに変わりはない。

さらに、5%以上の物価上昇を予想する回答比率は60.9%と前月の55.1%から大きく上昇し、先行きの大幅な物価上昇を見込む向きはむしろ増えている。2%以上の上昇を見込む回答は87.1%に達した。最新5月時点での消費者物価上昇率(除く生鮮食品)は前年同月比+2.1%であるが、これをベースに考えれば、先行き物価上昇率が一段と高まると見込む向きは、全体の9割近くにも達していることになる。

個人、企業ともに「悪い物価上昇」懸念を強める

他方、家計でなく企業の価格環境や物価見通しをチェックするうえでは、7月1日に発表される日銀短観(6月調査)の販売・仕入れ価格判断DI、企業の物価見通しが重要だ。海外市況高と円安の影響が重なる形で、川上の価格が原材料を中心に上昇する中、価格転嫁が十分に進んでおらず、中小企業を中心に交易条件が悪化して収益が圧迫されている姿が確認できるだろう。

また物価見通しでも、前回+1.6%まで上昇した5年後の見通し(全規模全産業)が、もう一段引き上げられることが見込まれる。

家計、企業と共に先行きの物価見通しが引き上げられる一方で、賃金見通し、売上高見通しは高まらない。こうしたもとでの物価上昇は、両者にとって「悪い物価上昇」であり経済活動の安定を損ねかねない。

物価高対策は弱者にピンポイントで

政府は、物価高対策の一環として中小・零細の価格転嫁を促すことを目指してきた。しかし、価格転嫁を促すことは、消費者が購入する財・サービスの価格上昇を促すことにもつながる。

海外要因による物価上昇は、国内所得の海外流出を意味するが、その負担分を中小・零細企業から大企業、家計に振り替えても、日本全体でみた負担の総額は変わらず、本質的な問題解決にならない面がある。

政府が実施しているガソリン補助金制度は、企業・家計の負担増加を抑えるものであるが、その財源を国債発行で賄えば、結局のところ、国民の負担となるのである。

このように、海外要因に由来する物価高に対しては、日本経済への打撃を解消する根本的な対策はないとも言えるだろう。そうした中、物価高によってとりわけ打撃を受ける企業、個人を見つけ出し、それらをピンポイントで支援するような施策が重要ではないか。今まで何度も実施してきたような多くの世帯を対象に配る給付金は、財政負担が大きい一方で、本当に支援が必要な個人に十分な支援が及ばないため妥当ではない。また、必要に応じてセーフティネットの制度を見直すことも重要であり、社会保障受給の所得基準や所得税率などについて、物価連動制度を広げていくことも一案なのではないか。

政府と日銀が連携して骨太の物価高対策を

政府には、場当たり的な物価対策ではなく、成長戦略を一段と推進することで、経済の潜在力を高め、賃金が上昇する環境を整える政策にも注力して欲しい。出生率の上昇、外国人労働力の活用拡大、インバウンド戦略の再構築など「人」に関わる成長戦略を強化して、デジタル田園都市国家構想、東京一極集中是正、地域経済活性化などの政策と組み合わせることで、日本経済の潜在力向上を図って欲しい。

政府が信頼性の高い成長戦略を打ち出すことができれば、企業の成長期待、個人の賃金上昇期待が高まり、それが物価高に対する経済の耐性を高めるとともに、企業の設備投資拡大などを通じて、日本経済の潜在力向上を比較的早期に実現することを助けるだろう(コラム「参院選公示:場当たり的な物価高対策よりも賃上げ環境を整える成長戦略強化と金融政策の正常化を」、2022年6月22日)。

また、日本銀行は金融政策を修正することを通じて、物価安定へのコミットメントを示し、個人の中長期のインフレ期待の上昇を抑えることを目指すべきだ。日本銀行は、0.25%の10年国債金利の上限を頑なに守る現在の姿勢を修正し、長期金利の上昇を一定程度認めることで、債券、為替市場の投機的な動きを抑えることができる。それは、硬直的な日本銀行の政策運営で急速な円安傾向が長期間続くとの個人の懸念を緩和させ、個人の中長期のインフレ期待の上昇を一定程度抑える効果が期待できるはずだ。そしてそれは、日本経済の安定に貢献する(コラム「日銀短観6月調査から日本経済の物価高への耐性を読み解く」、2022年6月29日)。

国内経済のリスクが高まる重要局面

経済産業省が6月30日に公表した鉱工業生産統計で、5月の生産は前月比-7.2%と大幅に下落した。これは、生産予測調査の+4.8%を大幅に下回る衝撃的な数字だ。中国の「ゼロコロナ政策」の影響が、思ったよりも深刻で長引いていることや、円安にも助長された物価高が企業の生産活動に想定以上に悪影響を与えている可能性を反映している可能性がある。

日銀短観(6月調査)で、大企業製造業の業況判断DI(現状)は、小幅低下が予想されているが、この5月分鉱工業生産統計を踏まえると、予想よりも大きな幅で下落する可能性に留意すべきではないか。

このように、国内経済情勢が微妙な情勢となる中、個人や企業に先行きの物価上昇見通しがさらに引き上げられると、個人消費、設備投資が一気に抑制され、経済に大きな打撃が及ぶ可能性がある。日本経済は、そのような重要な局面に入っているのである。

そうしたなか、政府は、場当たり的な物価高対策ではなく、賃金が先行き上昇する環境を整えることで、物価高に対する経済の耐性を強める施策が求められる。そして日本銀行は、円安持続への懸念にも促されて、個人、企業の中長期の物価見通しが一段と上振れることを回避するためにも政策調整を行い、政府と連携して物価高対策に取り組むことが重要だ。

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