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ロシア産原油の取引価格上限設定は『諸刃の剣』:世界経済・金融市場混乱のリスクも

2022/07/08

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ロシア産石油の価格上限を1バレル=40~60ドルと設定する案

先般のG7サミット(先進7か国首脳会議)で合意されたロシア産原油の取引価格上限設定が、今後の原油価格、ひいては世界経済に大きな影響を与えかねない状況になっている(コラム「ロシア産石油の価格上限措置は機能するか」、2022年6月30日)。

G7はその具体的な枠組みについて議論を進めている途中であるが、ブルームバーグ通信は6日に、その上限を1バレル=40~60ドルに設定する案が協議されていると報じた。ちなみに、バイデン米政権は40ドルでは低過ぎるとの認識、と報じている。

6月に1バレル120ドルを超えたWTI原油先物価格は、現時点では100ドルを下回っている。世界経済の減速による先行きの原油需要が弱まるとの観測とともに、ロシア産原油の取引価格上限設定も価格下落の一因となっていると考えられる。1バレル=40~60ドルの上限は、現在のWTI原油先物価格やブレント価格の半分程度と言える。岸田首相は7月3日の東京都内での街頭演説で、「今の半分程度の価格を上限として、それ以上では国際社会において買わない、買わせない仕組みを作る」と述べている。これは、報道されている上限価格の水準を裏付ける発言だ。

ちなみにロシア産原油は1バレル80ドル程度とされていることから、これと比較すれば、半分程度よりは高めの価格に設定されることになる。

取引価格上限設定がうまく機能すればロシアの戦争継続に障害にも

ロシア産原油の取引価格に上限を設定するのは、先進国がロシア産原油の輸入制限あるいは輸入禁止措置を進める中でも、それが原油価格の上昇につながることで、ロシアの原油輸出収入が期待されたほどには減らず、ウクライナでの戦費調達を助けてきたためだ。

ロシア財務省は、今年1~4月の国防費が1兆7,000億ルーブルと前年比約40%増加し、2022年の年間国防予算3兆5,000億ルーブルの約半分に達した、と明らかにしている。さらに、国防費の急増で4月の財政収支は-2,600億ルーブル超と、月次ベースで初めて赤字に転じた。これは年換算でGDP比2.5%相当の赤字である。

今後、欧州連合(EU)、日本の原油輸入禁止措置が執行され、さらにロシア産原油の取引価格上限が設定されれば、政府収入に組み入れられる原油輸出収入はさらに減少し、ロシアの戦争継続にとって障害となることが考えらる。

中国、インドなどの協力が得られるかは不確実

ロシアの原油輸出収入を減少させるには、各国がロシア産原油に高い輸入関税をかけて、その競争力を低下させるという手段も考えられる。しかし、その場合には、ロシア産原油の輸入価格が一段と上昇し、各国の物価高を煽ることになってしまうため、現時点では採用されがたい。

他方、ロシア産原油の取引価格に上限を設定するといっても、EUは6月に決定したロシア産原油の原則輸入禁止措置によって、年末までに輸入額は9割程度減る見通しである。米国、カナダなどは既にロシア産原油の輸入を禁止している。従って、ロシア産原油の取引価格上限の影響を主に受けるのは、主要先進国以外となる。

特にロシアから大量の原油を輸入しているのは、中国とインドである。両国の協力がないと、この枠組みはうまくいかない。G7は、ロシア産原油の取引価格の上限を守らない場合には、輸送に必要な船舶保険の利用を禁止することなどの措置を検討している。これは、対ロ制裁措置に協力しない第3国に対する初めての2次的制裁措置である。

しかし、他国が取引価格の上限を公然と守らない可能性や、陰で破る可能性なども考えられるところだ。

高過ぎず低過ぎずの価格設定の難しさ

ロシアは既にインド向けにはかなり割安な価格で原油を輸出していることから、上限価格が高めに設定されれば、その実効性は高まらないことになる。他方で、上限価格をかなり低めに設定した場合、それがロシアの原油生産コストを下回れば、ロシアは原油の生産を停止し、世界の原油需給はひっ迫傾向を一段と強めてしまう。その場合、原油価格の上昇が、先進国経済に大きな打撃となって降りかかってくるのである。

この点から、ロシア産原油の取引価格の上限設定という制裁措置は、適切な水準に上限価格を設定しないと、先進国経済に大きな打撃となるリスクを秘めているのである。

原油価格急騰で世界経済、金融市場に大きな打撃も

JPモルガンは7月1日付のレポートで、価格上限を1バレル=50-60ドルに設定すれば、ロシアの石油収入を減らす一方で引き続き石油の流通を確保するというG7の目的に適うだろう、と指摘している。他方、もっと低い価格に設定した場合、採算の悪化や報復制裁措置としてロシアが原油生産を大幅に減らす可能性があり、石油生産を日量500万バレル削減する「最も極端なシナリオ」では、北海ブレントが1バレル=380ドルまで急騰する可能性があるとの見方を示している。

取引価格の上限設定という戦略は、ロシア経済に一段の打撃を与え、戦費調達に大きな支障を与えることができる可能性があるとともに、仮に失敗すれば、原油価格の急騰から、先進国も含めて世界経済全体に深刻な打撃となってしまう。世界同時の景気後退の引き金ともなり得るだろう。また、世界の金融市場は大きく動揺するきっかけともなりかねないのである。

ロシア産原油の取引価格の上限設定は、まさに先進国にとっては「諸刃の剣」である。

(参考資料)
"US and Allies Discuss Capping Russian Oil Prices at $40-$60", Bloomberg, July 6, 2022
「ロシア産石油、取引価格の上限「1バレル=40~60ドル」で協議…米報道」、2022年7月7日、読売新聞速報ニュース
「ロシア産石油の価格上限、報復なら原油380ドルも=JPモルガン」、2022年7月4日、ロイター通信ニュース

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