参院選挙後の岸田政権の経済政策と金融市場
金融市場は政治の安定を好感
7月10日に投開票される参院選挙では、自民、公明両党が改選過半数の63を超える議席を獲得し、与党勝利の結果となることを各種メディアの情勢調査は示している。
実際の選挙結果が事前予想通りとなる場合には、政治の安定性が一段と高まることを評価して、金融市場では株高、円安の流れとなることが見込まれる。英国ではジョンソン首相が辞意を表明し、米国、ドイツ、フランスなどでは、物価高対策への国民の不満の高まりなどを映して、政権への支持率はいずれも低下している。そうした中、今回の参院選挙結果によって、日本の政権の安定性が、主要国の中で際立つ形となるだろう。
ただし、それは既に相当程度、金融市場に織り込まれていることから、選挙後の市場の反応は大きくはないのではないか。
「黄金の3年」のもとでの岸田政権の経済政策の独自色に注目
岸田政権は、衆院選に続いて参院選でも、国民からの信認を得る形となる。それを背景に、岸田政権がどの程度独自の政策を打ち出すことができるかが、金融市場の大きな注目点となる。
岸田政権は、参院選挙後にいわゆる「黄金の3年」を手に入れる。衆議院議員の任期は2025年10月であることから、衆院解散を自ら決定しなければ、2025年夏までの向こう3年間は国政選挙がない。そのため、国民に痛みを伴う政策を含め、目先の選挙を意識せずに中長期の視点に基づく骨太の政策を実行できる時間を、岸田政権は手に入れるのである。
財政健全化の姿勢が強まるか
経済・財政政策の側面からは、参院選後に実施が見込まれる物価高対策を柱とする経済対策が、最初の試金石となるだろう。与党内では、補正予算編成を伴う巨額の経済対策の実施を求める声が強まることが予想される。実際には、物価高対策は一部の国民、事業者に対するピンポイントでの支援が有効であり、その場合には、補正予算編成をすることなく予備費で十分に賄えるはずだ。
岸田政権は、巨額の経済対策が一段の財政悪化につながることを警戒して、規模の圧縮に動くことも予想される。選挙を通じて政権基盤を固めたことで、岸田首相が本来の考え方である財政健全化重視の姿勢をより前面に打ち出す可能性があるためだ。
また自民党は防衛費について、「GDP比2%以上を念頭に増額を目指す」ことを選挙公約に掲げた。これは防衛費の倍増を意味するが、岸田首相が増額幅の圧縮、あるいは財源確保に動いてくれば、財政健全化重視の姿勢が金融市場ではより意識されるだろう。その場合、国内の債券市場には好影響が及ぶ。
「安倍離れ」がどの程度進むか
また、岸田政権は6月に閣議決定した骨太の方針で、所得再配分から成長戦略へと経済政策の比重を移したと考えられる。他方で、「貯蓄から投資へ」の政策を重視する姿勢も明らかにしている。これらは、企業重視、株式市場重視の政策姿勢への転換を意味しており、株式市場には追い風だ。こうした政策は補正予算に拙速に盛り込むのではなく、しっかりと肉付けをして来年度本予算に計上して欲しい。
長らく政府が掲げてきた「貯蓄から投資へ」という方針は、小泉政権が始めたものである。岸田首相は、総裁選時には小泉政権の「新自由主義」を、格差拡大をもたらしたとして明確に批判していたが、既にそうした姿勢は軌道修正されていると言える。
他方、自民党内で安倍前首相らが強く主張する、積極財政、防衛費増額の政策に対して参院選後の岸田政権が距離を置く場合、それはいわゆる「安倍離れ」を意味するだろう。そして、そうした政策姿勢は、日本銀行総裁人事にも表れる可能性がある。安倍前首相は引き続き、自らが2期にわたって指名した黒田総裁のもとでの積極的な金融緩和を支持している。
日本銀行総裁人事でも「安倍離れ」を意識か
日本銀行が悪い円安、悪い物価高を助長しているとの批判が与野党内、企業、国民の間で高まる中、岸田政権は正常化策も視野に入れた、いわば自然体の総裁人事を行うのではないか。これも「安倍離れ」の一環と言えるだろう。
岸田政権の政策の中で、金融政策の重要性は必ずしも高くないことから、参院選後、直ぐに新総裁人事に着手することにはならないのではないか。政府内での人事の動きが本格化するのは、秋から年末にかけてとみておきたい。
この間に、日本銀行の硬直的な政策姿勢によってさらなる円安進行、あるいは債券市場の混乱が生じる場合には、新総裁人事が黒田体制の継続というメッセージとならないように、政府はより慎重に配慮する可能性が高まるのではないか。
現状では日本銀行の副総裁経験者などが有力候補であるが、リフレ派と呼ばれる積極緩和論者が次期総裁に指名されない限りは、誰が新総裁になっても、金融政策の正常化は進められていくのではないか。岸田政権の下で、リフレ派が新総裁に指名される可能性はかなり低い。
金融市場が、新総裁人事での「安倍離れ」と新体制下での正常化策実施を今後、徐々に織り込んでいく過程では、それは債券市場に逆風となるが、それ以上に為替市場で強い円高圧力を作り出していくことになることが見込まれる。
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