フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 自民大勝となった参院選挙後の岸田政権の経済政策

自民大勝となった参院選挙後の岸田政権の経済政策

2022/07/11

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

選挙結果は金融市場に好影響

参院選挙は7月10日に投開票日を迎えた。直前の8日には、安倍元首相が選挙演説中に凶弾に倒れるという痛ましい事件も起こった。決して許されない蛮行である。

改選55議席の自民党は63議席に達し、単独で改選過半数を確保する大勝を収めた。野党では立憲民主党が大きく議席を落とす一方、日本維新の会の躍進が目立ち、全体として中道保守に議席の比重が移った形だ。また与党に日本維新の会、国民民主党、憲法改正に前向きな無所属を加えた改憲勢力が、改憲の発議に必要な3分の2の維持に必要な82議席以上を獲得した。選挙後は憲法改正の議論が加速しそうだ。

事前予想を上回る自民党の勝利という結果で終わったことで、政治の安定性が一段と高まるとの期待から、金融市場では株高、円安要因となると見込まれる。英国ではジョンソン首相が辞意を表明し、米国、ドイツ、フランスなどでは物価高対策への国民の不満の高まりなどを映して、政権への支持率はいずれも低下している。そうした中、今回の参院選挙結果によって、日本の政治環境、岸田政権の安定性が主要国の中で際立つ形となるだろう。

ただし、この点は既に金融市場にかなり織り込まれてきたことから、選挙後の市場の反応はそれほど大きなものとはならないのではないか。

「黄金の3年」のもとで岸田政権は独自色を打ち出すかが注目

岸田政権は、昨年10月の発足直後から、同年10月末の衆院選、今回の参院選を強く意識した政策運営をしてきたと考えられる。政権基盤を固めるために、自民党内の多様な意見にも配慮しつつ、この2つの国政選挙で勝利をすることを優先課題としてきたのだろう。

岸田政権は、衆院選に続いて今回の参院選でも国民からの信認を得た形だ。そして岸田政権は、参院選挙後にいわゆる「黄金の3年」を手に入れた。衆議院議員の任期は2025年10月であることから、衆院解散を自ら決定しなければ2025年夏の次回参院選挙までの向こう3年間は国政選挙がない。そのため、国民に痛みを伴う政策を含めて、目先の選挙を意識せずに中長期の視点に基づく、そして自らの信念に基づく骨太の政策を実行できる時間を岸田政権は手に入れたのである。

今後の岸田政権の経済政策は、企業に対して概して厳しい左派色を弱める一方、株式市場など金融市場の安定に配慮した政策を強める可能性が考えられる。また金融市場の安定という観点からも、財政の健全化をより重視する姿勢を強める可能性があるのではないか。また、金融政策については、日本銀行の独立性を尊重しつつ、日本銀行の独自の判断に基づく正常化策を容認する姿勢を強めていく可能性も考えられるところだ。外交、安全保障政策では、逆に左派色を強める可能性があるのではないか。

物価高対策が最初の試金石に

参院選挙後に岸田政権が経済・財政政策の面で独自色を強めるかどうか、を占ううえで最初の試金石となるのは、参院選後に実施が見込まれる物価高対策を柱とする経済対策だ。与党内では、補正予算編成を伴う巨額の経済対策の実施を求める声が強まることが予想される。

現在政府が実施しているガソリン補助金や導入を検討している節電ポイント制度は、エネルギー価格上昇による個人の負担額全体からすればわずかな金額であり、また、それを結局は個人の負担となる国債発行で賄っているため、真の支援となっていないという問題がある。また、広範囲な個人を対象とする給付金が再び検討される可能性もあるが、それも、個人から集めたお金を個人にばらまく構図に近く、あまり意味があることではないのではないか。

他方、重要な物価高対策は、エネルギー・食料品価格上昇によって大きな打撃を受ける一部の国民、事業者に対してピンポイントで支援することだろう。その場合には、補正予算編成をすることなく5,000億円程度の一般予備費で十分に賄えるはずだ。

賃金上昇率、売上増加率が先行き高まる期待が弱い中、足元の物価上昇が長引くとの見方が個人、企業の間に広がると、個人消費、設備投資が大幅に抑えられ、経済の安定が損なわれるリスクがある。政府は、成長戦略を通じて労働生産性上昇率、潜在成長率を高めることで、賃金や企業の売り上げが先行き増加するとの期待を高め、物価高に対する日本経済の耐性を高めることに注力すべきだ。

また、個人や企業の中長期の物価上昇見通しを高めないことが、経済の安定のためには重要だ。それは、金融政策が担うべき領域ではないか。日本銀行は、金融政策の正常化、少なくとも長期金利のコントロールを柔軟化することを通じて、物価安定に対するコミットメントを示し、さらに、硬直的な金融政策のもとで悪い円安、悪い物価高が長期化するとの個人、企業の懸念を緩和することが重要だ。

財政健全化重視の姿勢は強まるか

選挙後は、物価高対策を柱とする経済対策と共に、防衛費の増額が、一段の歳出拡大をもたらす要因となり得る。自民党は、防衛費について、「GDP比2%以上を念頭に増額を目指す」ことを選挙公約に掲げた。これは防衛費の倍増を意味する。

岸田政権は、経済対策や防衛費の増額が財政環境を一段と悪化させないように取り計らうことで、財政健全化重視の姿勢をより前面に打ち出す可能性があるのではないか。財政健全化は、岸田首相が首相就任以前から長らく重視してきた方針と考えられるためだ。

岸田政権は、財政拡張的傾向を強める自民党内の圧力を抑え、経済対策や防衛費増額の規模を抑制する、あるいは財源を確保することで、財政健全化重視の姿勢を明らかにする可能性がある。その場合には国内の債券市場には好影響が及ぶだろう。

岸田政権の経済政策は既に軌道修正

また、岸田政権は6月に閣議決定した骨太の方針で、所得再配分から成長戦略へと、経済政策の比重を移したと考えられる。他方、「貯蓄から投資へ」の政策を重視する姿勢も明らかにしている。これらは、それ以前の企業、株式市場に厳しめの政策姿勢から、企業重視、株式市場重視の政策姿勢への転換を意味しており、株式市場には強い追い風だ。

骨太の方針で示した新しい資本主義を実現するための重点投資項目について、岸田政権はしっかりと肉付けをして具体策をまとめたうえで、それを拙速に補正予算に組み込むのではなく、来年度予算に計上して欲しい。

岸田政権は、個人の資産を株式市場に誘導する「資産所得倍増計画」を年末までに策定する方針だ。長らく政府が掲げてきた「貯蓄から投資へ」という方針は、小泉政権が始めたものである。岸田首相は、昨年の自民党総裁選時には小泉政権の「新自由主義」を、「格差拡大をもたらした」として明確に批判していたが、既にそうした姿勢は軌道修正されていると言えるだろう。

「個人マネーを株式市場に誘導し、それを企業の成長につなげるとともに、成長の果実を投資収益の形で個人が獲得しそれを個人消費に回していく」といった個人と企業との間の好循環を作り上げていくことが重要だ。そのためには、個人、企業ともに成長期待を高めることが必要となる。「貯蓄から投資へ」も政府の成長戦略と一体で推進することが重要である。

日本銀行総裁人事も注目点に

岸田政権の政策姿勢では、金融政策についても従来の政権から軌道修正が図られる可能性があるだろう。そこで注目されるのは、来年4月の任期を迎える日本銀行の黒田総裁に後任を選ぶ新総裁人事である。

日本銀行が金融緩和政策を維持していることが、悪い円安、悪い物価高を助長しているとの批判が国会、企業、国民の間で高まっている。そうした中、岸田政権は正常化策も視野に入れて、いわば自然体の総裁人事を行うのではないか。

岸田政権の政策の中で、金融政策の重要性は必ずしも高くないことから、参院選後、直ぐに新総裁人事に着手することにはならないのではないか。政府内での人事の動きが本格化するのは、秋から年末にかけてとみておきたい。

この間に、日本銀行の硬直的な政策姿勢によってさらなる円安進行、あるいは債券市場の混乱が生じる場合には、新総裁人事が黒田体制の下での政策の継続というメッセージとならないよう、政府はより配慮する可能性が高まるだろう。

現状では日本銀行の副総裁経験者などが有力候補と考えられるが、リフレ派と呼ばれる積極緩和論者が次期総裁に指名されない限りは、誰が新総裁になっても金融政策の正常化は進められていくのではないか。岸田政権の下で、リフレ派が新総裁に指名される可能性はかなり低い。

金融市場が、新体制下での日本銀行の正常化策実施をこの先徐々に織り込んでいく過程では、それは債券市場に逆風となるが、それ以上に為替市場で強い円高圧力を作り出していくことになる点に留意しておきたい。

執筆者情報

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

新着コンテンツ