フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 米国の経験に学ぶ日銀イールドカーブ・コントロールの構造的欠点

米国の経験に学ぶ日銀イールドカーブ・コントロールの構造的欠点

2022/07/21

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

米国のイールドカーブ・コントロールは物価安定という使命と相容れなかった

米国は、第2次世界大戦を挟んだ1942年から1951年にかけて、短期から長期にわたる金利に目標を持つイールドカーブ・コントロール(YCC)政策を採用した。日本銀行が2016年9月に導入したイールドカーブ・コントロールは、これに倣ったものである。

日本では、当時の米国の経験が、中期・長期金利を中央銀行がコントロールできた成功例として認識されている面が強いように感じるが、米国では逆に、そこで生じた問題や失敗を教訓として生かそうとする姿勢が強いように思われる。

米国のイールドカーブ・コントロールは、戦時下で大量の国債が発行されるなか、金利の上昇を抑えるために米連邦準備制度理事会(FRB)が米財務省に協力し、国債管理政策の一翼を担う枠組みだった。しかし、戦後に物価上昇率が高まる中、金利の上昇を抑え、そのために大量の国債を買い入れることを強いられるイールドカーブ・コントロールは、FRBの物価安定という使命と相容れないものとなっていったのである。

金利目標を維持することが、FRBの金融政策の目標と相容れなくなる局面が増えていったのは、1950年の朝鮮戦争の勃発で、景気の上振れ傾向が特に強まった後である。そのため1951年4月に、米財務省との間で合意された長期金利の目標は放棄された。これが、いわゆる「アコード」だ。

金利をコントロールすると量のコントロールを失う

現在、物価上昇圧力が強まる中で、日本銀行は10年国債金利の上昇を抑え厳格なコントロールを維持するために、大量の国債買い入れを余儀なくされている。円安、物価高という環境下で、日本銀行が国債買い入れを加速させ、事実上、金融緩和を強化しているという矛盾したような状態は、イールドカーブ・コントロールが抱える構造的欠点が表面化した結果と言えるだろう。過去の米国において浮かび上がったイールドカーブ・コントロールの問題点は、日本銀行のイールドカーブ・コントロールにも重要な示唆を与えるものだ。以下ではこの点を整理してみよう。

第1に、米国の「イールドカーブ・コントロール」政策は、現在の日本のように、マクロ金融政策として導入されたものではない。米国でのイールドカーブ・コントロール政策の歴史は、安定的な戦費調達、その後の国債管理政策のために、中央銀行が政府から直接的に介入を受け、政府に従属を強いられた、いわば中央銀行の独立性が著しく損なわれた苦難の9年間の歴史であった。

この経験からは、政府の国債管理政策と物価安定に目標を持つ金融政策との間には利益相反が生じるものであり、そのため金融政策は政府から独立した機関が担うのが適切である、との重要な教訓が改めて得られた、という意義もある。

米国での経験を踏まえると、日本で採用されたイールドカーブ・コントロールの目的についても、金融政策ではなく財政ファイナンスという側面を持つとの理解が一段と強まり、日本銀行の独立性に対する信認を低下させるリスクが相応にある。

第2に、米国でのイールドカーブ・コントロール政策の経験は、「金利」に目標を設定すれば、中央銀行は「量」のコントローラビリティを失ってしまうという、いわば自明の事実と、それが様々な弊害をもたらすという教訓を残したと言えるだろう。

イールドカーブ・コントロールの見直しを

第3に、FRBはイールドカーブ・コントロール政策のもとで、金利目標を維持するために短期から長期までの国債の買入れを強いられたが、そのことがもたらす弊害として当時のFRBが最も恐れていたのは、超過準備の増大であった。バランスシートの拡大に伴うリスクについては、政策が正常化に向かって短期金利を引き上げられた際に、保有国債から得られる利子収入と超過準備に対する利払いとの間で逆鞘が発生し、FRBに巨額の損失を発生させる可能性があることに焦点があてられた。長期金利のコントロールのため、足元で国債の買い入れを急増させる日本銀行もまた、財務のリスクを自ら高めているのである。

国債買入れ増大に伴う副作用は、それ以外にも、国債買入れの限界から政策の持続性・安定性が損なわれ、また国債市場が不安定化する、財政ファイナンスとの観測が市場で強まることを通じて、金融政策あるいは通貨の信認が低下する、また財政規律が損なわれる、ことなど多く挙げられる。

日本銀行が導入したイールドカーブ・コントロール政策は、こうしたFRBの経験や議論を踏まえて、リスク管理に十分配慮された設計とはなっていない。今こそ、イールドカーブ・コントロール政策の米国での経験を現在日本銀行が直面している問題と照らし合わせ、様々なリスクの軽減を図る観点から、イールドカーブ・コントロールの枠組みの見直しを進めていって欲しいところだ。それは短期的には10年国債金利の上昇を一定程度容認する柔軟化であり、いずれはイールドカーブ・コントロールの撤廃という正常化策である。

執筆者情報

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

新着コンテンツ