異例の金融緩和の副作用が表面化:日銀政策決定会合は現状維持
予想通りに日本銀行は金融政策の維持を決定
7月20・21日に日本銀行は金融政策決定会合を開催したが、大方の事前予想通りに、日本銀行は金融政策の維持を決めた。予想通りの結果に、金融市場の反応は限定的となっている。
同時に発表した展望レポート(経済・物価情勢の展望)では、2022年度の消費者物価指数(除く生鮮食品)の見通しを、前回4月時点の+1.9%から+2.3%へと引き上げた。足元での消費者物価上昇率の上振れ傾向を反映したものである。実際には、2022年度の上昇率は2%台後半となる可能性も相応に出てきており、次回以降さらなる上方修正の余地を残していると言えるだろう。
物価上昇率の見通しについては、2023年度、2024年度についても今回上方修正している。しかし、2023年度については修正後で+1.4%、2024年度については+1.3%と引き続き、2%の物価目標にはなお距離がある水準だ。
先般発表された日銀短観(6月調査)で、企業による3年後の消費者物価見通しは+2.0%、5年後は+1.9%と物価目標の水準にほぼ達しており、企業の中長期の予想物価上昇率が足元で大きく高まっていることが確認された。
しかし日本銀行は、この予想物価上昇率の高まりが、実際に物価上昇率を持続的に大きく押し上げるとは現時点では考えていない。
イールドカーブ・コントロールが新たな副作用を生む構図に
足元で生じている円安進行や国債市場の混乱は、「10年近くにわたって続けられてきた日本銀行による異例の金融政策の弊害が表面化したもの」と整理できる。
2016年9月に日本銀行が導入したイールドカーブ・コントロール(YCC)は、2%の物価目標を達成するための緩和強化ではなく、異例の金融緩和の副作用、つまり日本銀行の国債の大量買入れがもたらす、日本銀行の財務への悪影響、国債市場の流動性低下などの副作用を軽減させることを狙った措置だったと考えられる。
その「事実上の正常化策」までもが大きな副作用を新たに生むようになり、金融市場に混乱をもたらしているのが現状だ。それは、金融政策全体の行き詰まりを象徴した動きともいえるのではないか(コラム「行き詰まった日銀のイールドカーブ・コントロール」、2022年7月19日)。
6月には、10年国債金利が0.25%の変動レンジの上限を上回ることを回避するために、日本銀行は臨時の国債買い入れオペ、指値オペを通じて、16兆円超の長期国債の買い入れを強いられた。また、国債残高に占める日本銀行の保有比率は初めて50%を超えた。国債買い入れの抑制というイールドカーブ・コントロール導入の狙いはここにきて、一気に崩れてしまったのである。
それは、市場で決まる長期金利を完全にコントローすることが本来無理であることを露呈したと言える。また、変動レンジの上限を守るという形でターゲットを明示すると、市場の投機的な攻撃の対象になりやすいという問題点も、改めて明らかになったのである。
多くの中央銀行が金融引き締めに動く中、2%の物価上昇率を安定的に実現するという、達成可能性が低い物価目標に強く結びつけた硬直的な金融政策を行っている日本銀行は、例外的に金融緩和策を修正していない。そればかりか、長期国債の買い入れを大幅に増加させ、金融緩和を事実上強化してしまっているのである。
長期金利のコントロールを目指すイールドカーブ・コントロールのもとでは、経済・金融環境の変化によってそうした矛盾した政策の実施を強いられる。それは、イールドカーブ・コントロールが本質的に持っている構造的な欠点が表面化したものと言える。
長短金利上昇の経済、財政への悪影響は限定的
現状は、2%の物価目標に強く結びついた柔軟性を欠いた日本銀行の政策姿勢、本来は市場で決まる長期金利を強くコントロールしようとする硬直的な政策姿勢が、為替や債券市場に動揺をもたらしている。そうした金融市場の動揺は、経済活動にも悪影響を与えることになる。
加えて、異例の金融緩和の効果と副作用を比較考慮した場合には副作用が勝ると考えられることから、政策の柔軟化、正常化を進めることが妥当である。円安に対応して政策の修正を行うのではなく、副作用の軽減のために金融政策の修正、正常化が今必要だ(コラム「日銀は円安進行にどう対応すべきか」、2022年7月19日)。
一方で、日本銀行がマイナス金利を解除する正常化策を実施する、あるいはイールドカーブ・コントロールをより柔軟化して、長期金利の上昇を一定程度容認することは難しい、との見方もある。それは、長短金利の上昇が経済を悪化させ、また財政環境を悪化させるためだとされる。しかし、それは長短金利が2~3%も上昇する場合の話である(コラム「日本銀行の正常化策は経済悪化、財政危機を招くか」、2022年7月20日)。
イールドカーブ・コントロールの柔軟化で上昇する10年国債金利は0.1%~0.2%程度、イールドカーブ・コントロールの解除による上昇幅は0.5%程度、マイナス金利政策解除で上昇する短期金利の上昇幅は最大でも0.2%程度ではないか。
財務省は、金利が1%上昇すれば、国債の元利払いに充てる国債費は3.7兆円上振れする、と試算している。上昇幅が上記の0.1%~0.2%、あるいは0.5%とすれば、国債費の各年の増加幅は各年0.4兆円~1.8兆円である。毎年1兆円規模で社会保障費が増加を続けていることや、政府が防衛費を5年間で5兆円程度増加させることを検討している点などを踏まえると、この程度の国債費の増加で、一気に財政危機が起こるとは思えない。
政府が実効性の高い財政健全化策を実施しない限り、財政危機のリスクに配慮して、日本銀行が政策の修正、正常化を実施できないと考えるのは誤りであろう。
変動レンジの拡大よりも毎営業日指値オペの文言削除が起点か
投資家によって長期国債が売り込まれ、国債市場が動揺していること、悪い円安の進行を許しているとの批判を受けていること、に加えて、意図しない国債の買い入れ拡大を強いられ、政策的な矛盾が生じていることは、日本銀行としては見過ぎすことはできないだろう。
こうした点を踏まえると、年内に日本銀行が、10年国債金利が変動レンジの0.25%を超えて一定程度上昇することを容認する柔軟化策の実施に踏み切る可能性は、なお40%程度はあるのではないか。
その際には、政策決定会合で決定され対外公表文に書き込まれている「10 年物国債金利について 0.25%の利回りでの指値オペを、明らかに応札が見込まれない場合を除き、毎営業日、実施する」という4月に加えた文言を削除することが起点となるだろう。
他方で、変動レンジの拡大は、現実的な対応ではないのではないか。市場の攻撃をかわすには、明確なターゲットをなくすことがまず有効である。そのうえで、タイミングも金利水準も柔軟にして機動的に指値オペを実施することで、0.25%を完全な上限とはしないという日本銀行の意図を市場に伝え、一定程度の長期金利の上昇を円滑に誘導できるようになるのではないか。他方で、急激な長期金利の上昇を回避するために、引き続き指値オペを弾力的に利用していくだろう。
黒田体制下の日本銀行が「逃げ切れる」可能性も
日本銀行が、常に変動する為替をターゲットにして金融政策を決定することは妥当でない。しかし、2%の物価目標に結び付いた金融政策運営、あるいはイールドカーブ・コントロールのもとでの10年国債の金利上昇回避など、硬直的な政策姿勢が円安進行など金融市場を不安定化させ、経済の安定を損ねているのが現状である。この点から、本格的な正常化策実施の前に、まずは長期金利の上昇を一定程度容認するイールドカーブ・コントロールの柔軟化を日本銀行は実施すべきだ。
ただし、米国で金融引き締めペースが鈍化するとの見方が浮上し、また来年にかけての景気悪化と金融緩和の観測を背景に、米国の長期金利の上昇が一巡あるいは低下に転じれば、円安圧力も軽減される。その最には、日本銀行は「逃げ切れる」形となり、イールドカーブ・コントロールの柔軟化を見送るだろう。その可能性は60%程度あるのではないか。
その場合、政策の柔軟化、本格的な正常化の開始は、2023年4月の黒田総裁退任後に先送りされることになる。
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