フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 ECBが0.5%の利上げ:大幅利上げを競い景気よりも物価・通貨の安定を優先する欧米中央銀行

ECBが0.5%の利上げ:大幅利上げを競い景気よりも物価・通貨の安定を優先する欧米中央銀行

2022/07/22

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

ECBは0.5%の利上げを実施

7月21日に開いた理事会で、欧州中央銀行(ECB)は0.5%の大幅利上げ(政策金利引き上げ)を決めた。ECBも、0.5%の大幅利上げを進める他の中央銀行に追随して、「0.5%クラブ」の仲間入りとなったのである。ECBの利上げは11年ぶりであり、そして今回の利上げで2014年6月に導入されたマイナス金利政策は8年ぶりに解除された。

当初ECBは、金融市場への影響にも配慮して7月に0.25%の利上げを実施する可能性を示唆しており、それがしばらくは金融市場のコンセンサスとなっていた。それが、直前には0.5%の利上げの可能性も部分的に織り込まれていた。

最終的に0.5%の大幅利上げとなった背景は、主に2つあると考えられる。第1は、物価上昇率の上振れだ。6月のユーロ圏消費者物価指数の上昇率は前年同月比8.6%となり、統計を開始した1997年以降で最高水準を記録した。これを受け、物価高への対応を急ぐべきとの認識が、ECB内でにわかに強まったとみられる。

第2は、ユーロ安の進展である。日本時間の7月13日から14日にかけて、ユーロは対ドルで1ドル1ユーロの「パリティ(等価)」を20年ぶりに割り込んだ。米連邦準備制度理事会(FRB)が6月に1994年以来となる0.75%の大幅利上げを決め、7月には1.0%の利上げ幅も予想されるなか、金利差拡大の観測からユーロが売り込まれたのである。

ユーロ安は物価高圧力を高めることから、ECBとしては大幅な利上げを通じてユーロ安を食い止めることが、物価安定の目標にもかなうことになる。一時対ドルでパリティ割れとなったユーロはその後増価したが、それはECBが0.5%の大幅利上げに踏み切るとの期待にも支えられたものであり、仮にECBが0.25%の利上げ幅にとどめれば、再び対ドルでユーロ安が進む可能性も考えられたのである。

「市場の分断化対策」も議論

前回 6月の理事会で、ECBは「市場の分断化対策」を検討する考えも明らかにしていた。市場の分断化とは、ECBが利上げを進める中でイタリアなど相対的に国債の信用力が低い南欧諸国で国債利回りが大幅に上昇し、それがユーロ全体の信頼性を損ね、また、ユーロ圏経済に悪影響を与えてしまうことだ。実際、6月中旬にはイタリアの長期国債利回りは一時4%を上回り、対独のスプレッドが2.5%を超えた。

ECBは今回の理事会で、TPI(Transmission Protection Instrument)という名称の「市場の分断化対策」を承認した。健全な経済政策を維持することを条件に、自国の過失によるものではなく借り入れコストが急上昇した国の債券を購入する。残存期間が1-10年の公的部門の証券を購入するが、必要となれば民間部門の証券も検討するという。一方、伝達が恒久的に改善されるか、または持続的な逼迫が当該国のファンダメンタルズに基づくものとの判断されれば買い入れは終了する、としている。

大幅に利回りが上昇する国債を買い入れても、その買い入れ額と同額の資金吸収オペを実施してECBのバランスシートを拡大させないような枠組みとなることが予想される。

注目されるのは、このTPIのもとでイタリア国債の買い入れが実施されるかという点だ。イタリアでは政局が揺れており、ドラギ首相が14日に辞意を表明して以降、イタリア国債は売り込まれている。ただし、現時点ではTPIの適用は検討されていないという。仮にイタリア債利回りが無秩序に上昇する場合には、ECBはパンデミック緊急購入プログラム(PEPP)の再投資資金を使って対応する見通しだという。

TPIが適用される基準は厳格であり、それが存在することで一部の国での国債市場の混乱を抑止するというバックストップの機能が主な役割として期待されているのだろう。

ECBの金融政策は四方睨み

FRBは、景気を犠牲にしてでも物価の安定を確保する姿勢をより強めているとみられる。他方でECBは、景気と物価以外にも注意を払う必要がある。

ロシアからの天然ガス供給削減を見越して、欧州ではガスの利用を節約する動きが広がっている。その影響が国民生活に大きく及ぶのは、暖房需要が高まるこの冬である。そして冬場のガス不足は企業活動にも大きな制約となる。そのため、2022年10-12月期からユーロ圏経済は景気後退に陥る、との見方も増えてきている。

景気後退のリスクは、米国よりもユーロ圏ではより近い将来のリスクとなっているのである。そのため、ECBは金融政策の正常化を通じて物価高対策を行う中でも、景気への配慮も十分に行わねばらない。

他方、物価高を促す可能性があるユーロ安に対する警戒も必要であり、金融政策は為替の動向にも配慮したものとなる。

さらに、上記の「市場の分断化」、金融市場の混乱のリスクにも配慮しつつ、金融政策の正常化を進めることが求められる。

このようにECBの正常化は4つの要素に配慮しながら、いわば「四方睨み」で慎重に進める必要がある。景気を犠牲にしてでも物価の安定を確保することを選択したFRBよりも、ECBはより複雑な選択を迫られているのである。

世界の中央銀行は利上げ競争の様相に

自国の物価高への対応、そして物価高を助長する自国通貨安を回避するため、日本銀行を除く多くの主要中央銀行が急速な利上げを進めている。

13日にはカナダ銀行(中央銀行)が主要7か国で1998年以来初めてとなる1%の利上げに踏み切った。その翌日には、フィリピン中央銀行が0.75%の利上げを実施している。

フィナンシャルタイムズ紙の調査によると、4~6月期の間に、世界55か国・地域の中央銀行が0.5%以上の政策金利の引き上げを実施したという。その合計回数は62回だ。さらに7月に入ってからも既に0.5%以上の利上げが17回行われ、2000年代以降で大幅な利上げが最も頻繁に行われたことになる。

新型コロナウイルス問題やウクライナ問題によって加速した食料、エネルギー価格の高騰が経済に大きな打撃となる中で、こうした歴史的なペースでの利上げが進むことは、経済や金融市場の安定にかなりの打撃となることは避けられないのではないか。今年年末から来年にかけて、金融市場の動揺を伴う形で世界経済が後退局面に陥る確率については、相応に高まってきたとみるべきだ。

(参考資料)
「世界の中銀、利上げ競う 通貨防衛とインフレ抑制」、2022年7月19日、フィナンシャルタイムズ
「ECB悩ます「市場分断」 対策の成否が大幅利上げのカギに」、2022年7月20日、日経速報ニュース

執筆者情報

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

新着コンテンツ