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天然ガスを巡るロシアと欧州のもう一つの戦争:欧州分断化と景気後退のリスク

2022/07/26

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天然ガスの価格上昇がロシア側に有利に働く

欧州諸国とロシアとの間で、天然ガスを巡る争いが激化している。この争いは、短期的にはロシアがやや有利である可能性があるものの、長い目で見ればロシア経済に大きな逆風となるだろう。

ロシアは7月21日に、ノルドストリーム・パイプラインの定期点検を終えてガスの供給を再開した。定期点検を終えても、欧州の対ロ制裁の報復という観点からガスの供給を再開しないとの懸念も事前にはあった。ただし供給量は6月に通常の供給量から60%絞った水準に概ね戻されたものとみられ、ロシア側の報復措置はなお残っている。

先進国はロシアからのエネルギー輸入を削減する制裁措置を打ち出す一方、ロシアもその報復で欧州向けの天然ガスの供給を絞り、また日本に対してはロシア産天然ガスの輸入の大半を占めるサハリン2での事業の見直しを迫っている。こうした報復の応酬は、双方にとって打撃となる。

ただしロシアがどの程度の打撃を受けるかは、エネルギー価格の反応次第である。ロシアからの天然ガスの供給が減る一方、それを受けて天然ガスの価格が上昇すれば、欧州にとっては供給量の減少と価格上昇の双方から経済に大きな打撃となる。いわゆるダブルパンチだ。

ところがロシアについては、欧州向け天然ガスの供給量を減らしても、価格が上昇すれば収入減は緩和される。

天然ガスの価格は、年初から2倍以上にまで上昇している。ロシアはノルドストリームを通じた欧州向け天然ガスの供給量を年初から60%程度削減しているとみられるが、それでも欧州から受け取る代金は、年初よりもかなり大きい。英オックスフォード・エネルギー研究所(OIES)によると、欧州以外も含めたパイプライン経由の天然ガス輸出でガスプロムが今年得る収入は、昨年比で倍増する見通しだ。

ロシア産天然ガス離れを巡り欧州諸国間に軋轢

このように、天然ガスを巡るロシアと欧州の戦いは、短期的にはロシアが有利のように見える。ロシアは、天然ガスの欧州向け供給を削減することで、欧州の結束を崩すことを狙っているようにも見える。今後欧州諸国で計画停電や電力の供給制限によって国民生活が圧迫されれば、ウクライナへの支持、対ロ制裁への支持を巡って各国間での足並みの乱れが生じ、結束が緩まる可能性がある。

フォンデアライエン欧州委員長は20日、各国に天然ガスの消費量を15%削減するよう求めた。これは自主的な取り組みを促すものであるが、十分な成果が得られない場合には、強制措置に切り替える考えだ。この提案が発効するには、加盟27か国のうち少なくとも15か国が承認する必要がある。

南欧諸国は自発的なガス消費削減に難色を示しており、ポーランドは欧州委の提案に反対の立場を示しており、既に分断化が生じている。

正念場の冬場に欧州は景気後退入りの可能性

欧州が正念場を迎えるのは冬場である。異例の熱波でエネルギー消費は増える公算が大きく、冬場の需要期に備えて夏場に天然ガスを備蓄することはさらに難しくなっている。冬場には、エネルギー不足により、欧州の多くの工場が閉鎖に追い込まれる可能性が考えられる。また、消費者も計画停電を余儀なくされる可能性が考えられる。欧州経済は年末から景気後退に陥る可能性が出てきたのである。

ロシア産の天然ガスを、ドイツを通じて入手している国では、天然ガスの輸送・貯蔵拠点であるドイツがどれだけ自国のためにガスを確保するかにも注目している。ドイツ政府は、自国産業を優先するか、あるいは必要とする隣国に輸出するかで厳しい決断を迫られるだろう。ドイツが自国優先の姿勢を見せれば、他国からは強い批判が出てくる。そうなれば、欧州の分断化はより深刻となり、まさにロシア側の思惑通りとなる。

欧州市場を失うことは長い目で見ればロシアに大きな痛手

このように、天然ガスを巡る欧州とロシアとの争いは短期的にはロシア側が有利とみられる。この優位を維持するためにも、重要な武器となる欧州向けの天然ガス供給を、ロシアは完全には止めないのではないか。

ただし、欧州側の最悪期は次の冬であり、その後は、ロシア産以外の天然ガスの調達が進む、あるいは天然ガスの依存度が低下するだろう。そうなれば、天然ガスの輸出で欧州市場を失うロシアへの打撃が次第に際立つようになるだろう。

ロシアは、天然ガスの輸出するインフラが伝統的に西側諸国に向いているため、輸出を簡単にアジアなど他地域に振り向け、新しい市場を開拓するには限界がある。中国への天然ガスのパイプラインは2019年に開通したが、その供給量は限られる。

さらに、欧州市場の喪失分を仮に中国市場で満たすのに必要なパイプラインのインフラ整備には4~5年を要するとされる。そして、中国がロシア産天然ガスの輸入を大幅に増やすかどうかも分からない。

天然ガスを巡るロシアと欧州の争いは、向こう半年~1年など短期で見ればロシアに有利であるが、その後は、欧州市場を失う経済的な打撃がロシアにのしかかる。海外企業の撤退による影響も大きく、資源大国としてのロシアの地位は大きく落ちていく可能性が考えられる。そうしたなか中国の出方、つまりロシア経済との接近を強めていくかどうかが、ロシア経済の将来に大きく影響することは間違いないだろう。

(参考資料)
"Russia's Natural-Gas Game Comes With Economic Risks(「天然ガス」ゲーム、ロシアに長期的な経済リスク)", Wall Street Journal, July 25, 2022
"Europe Is Tested Anew, This Time by Energy, Inflation and Putin (EU再び正念場、エネ・物価高・プーチンの三重苦)", Wall Street Journal, July 25, 2022
"Putin’s Gas Game: Toy With Europe’s Supply and Make Its Leaders Squirm(プーチン氏の心理戦 天然ガス武器に欧州翻弄)", Wall Street Journal, July 21, 2022

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