急速に進んだ円の巻き戻し
米国の経済ファンダメンタルズの変化が円巻き戻しの契機に
29日の東京為替市場では、対ドルでの円の急激な巻き戻しが生じた。7月22日の東京市場では、1ドル139円96銭と140円直前まで円安が進んでいた。しかし、7月27日の米連邦公開市場委員会(FOMC)での大幅利上げの決定を受けて、28日の東京市場では134円台、29日には122円台と1カ月半ぶりの水準まで円高が進んだのである。
背景にあるのは、米国の景気減速観測と米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げペース鈍化への期待で、米国長期金利が低下したというファンダメンタルズの変化だ。7月27日のFOMCでは、事前予想通りに0.75%の大幅な利上げが実施されたが、FRBはこの先は経済指標次第で利上げ幅を判断していくと、政策姿勢の修正を示唆したのである。
その結果、年末に向けては0.5%あるいは0.25%のより小幅な利上げペースとなり、年末には現状よりも1%程度高い、3%台前半から半ばの水準で政策金利がピークに達するとの観測が広まったのである(コラム、「FRBの金融引き締めは次のステージへ」、2022年7月28日)。
そして、28日に発表された米国の4-6月期GDP統計で、実質GDPが前期比年率-0.9%と2四半期連続でのマイナスとなったことから、景気悪化観測が広がった。雇用増加や失業率などで示される労働市場は堅調であることから、リセッションと簡易的に判断される2四半期連続のマイナス成長も、今回はリセッションとは異なる、との意見が多い。
しかし新型コロナウイルス問題の影響で、雇用関連の指標が大きくかく乱されており、景気判断する際の指標性が低下している可能性もある。この点も踏まえると、米国の景気情勢は明確に悪化を始めたとみるべきだろう。
さらに来年には政策金利が引き下げられるとの観測も広まる中、6月には一時3.5%にまで達した米国の10年国債利回りは、29日には2.6%まで低下した。3月以降の急速な円安は、10年国債など米国の長期債利回りの上昇に連動して進んできた面が強いことから、その長期金利の急速な低下が急速な円の巻き戻しを招いているのである。
ドル円市場の環境変化も
ただし足元での為替市場を概観すると、ドルは対ユーロなどその他の通貨に対しては、円と比べてそれほど急速に下落しているわけではない。他方、この2日間でユーロ円は1ユーロ139円50銭程度から136円程度まで大きく円高が進んでいる。つまり、足元のドル円の動きは、ドル安だけでなく円高の要素も多分に含んでいるのである。
この点から、足元の急速な対ドルでの円の巻き戻しは、経済ファンダメンタルズの変化を映しているだけでなく、ドル円市場でのやや技術的な側面も小さくないという印象だ。例えば、ドル円が頭打ちとなるなかで、円のショートポジション(売り持ち)を急速に解消する動きが出てきている、などといったことだ。この過程で、円のショートポジション(売り持ち)を持ち続けている投資家には大きな損失が広がっただろう。そうなれば、しばらくの間は円売りを仕掛けにくいのではないか。短期間で急速に円高が進んだことで、市場には恐怖感が植え付けられ、円安方向への動きはかなり抑えられる可能性がある。
このような米国を中心とする経済ファンダメンタルズの変化と市場環境の双方の点を踏まえると、3月以降の急速な円安は終盤戦に入り、対ドルでの円安は140円直前で既にピークを付けた可能性が相応に高まっているのではないか(コラム、「円安はどこまで進む?: 1ドル140円は通過点か」、2022年7月20日)。
そうなれば、日本銀行が年内に、10年国債利回りの上昇を一定程度容認するなど、イールドカーブ・コントロールを修正する可能性もまた低下する。その可能性は、現時点では2割かそれ以下ではないかと考えられる。イールドカーブ・コントロールの修正は、政策全体の正常化と共に、来年4月の新総裁就任以降まで先送りされる可能性が高まってきた。
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