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イノベーションはどこから生まれるのか?:新しい資本主義のスタートアップ支援策

2022/08/10

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スタートアップ5年で10倍計画

岸田政権は6月7日に閣議決定した「骨太の方針2022」の中で、新しい資本主義に向けた重点投資分野の一つに、「スタートアップ(新規創業)への投資」を掲げた。岸田政権の経済政策は、当初、左派(リベラル)色が目立つ印象があったが、その中にあっても初期の段階から新規株式公開(IPO)の迅速化など、スタートアップの支援を掲げていた。岸田首相の肝いりの政策分野の一つと言えるだろう。

骨太の方針では、「スタートアップは、経済成長の原動力であるイノベーションを生み出すとともに、環境問題や子育てなどの社会的課題の解決にも貢献しうる」と説明されている。経済の成長力を高める保守的な経済政策と、社会的課題の解決に資する左派的な経済政策の双方にまたがる政策分野、との説明である。

第2次大戦直後の1940年代、50年代には企業の創業がかなり増加したが、政府はそれに次ぐ「第二創業期」の実現を目指している。スタートアップの数を5年で10倍にすることを視野に入れ、年末に「スタートアップ育成5か年計画」を策定する。

大企業中心の日本型イノベーション

政府が「骨太の方針2022」と同時に閣議決定した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」では、スタートアップについてより詳細な計画が示されている。そこでは、「イノベーションの源泉はスタートアップにある」、「イノベーションの源泉は内部に豊富な資金を抱える大企業にある」というお互いに矛盾した2つのシュンペーターの見解を紹介したうえで、スタートアップの増加によるイノベーションと、それを既存の大手企業がM&Aなどを通じて内部に取り入れるオープンイノベーションの双方が重要、と結論付けている。

日本は、高学歴の学生の多くが大手企業に就職し、そこで新たな技術を生み出していくという傾向が、他国に比べて強いように思われる。その場合、個別企業に縛られることで斬新なアイデアが出にくいことや、新しい技術が企業内にとどまり、経済全体を変革していくイノベーションとなりにくい、つまり外部性が低いことが問題である可能性も考えられる。まずは、他国に比べて大企業に依存する傾向が強い日本型イノベーションの特徴などを十分に検証した上で、政府はスタートアップ支援を本格化していく必要があるのではないか。

研究開発投資の外部性は日本では高いのか?

「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」で示された資料によると、MIT、スタンフォード大学の研究では、研究開発投資の増加が企業の収益率に与える影響は、投資を行った企業に対して他の企業全体が2.5倍以上、というやや驚く研究結果が示された。これは研究開発投資の外部性が高く、自社が研究開発投資にお金をかけると、その恩恵を受ける他社により大きな利益をもたらすことを意味する。つまり、大きなただ乗り(フリーライド)が生じるのである。

そのため、研究開発投資を個別企業に任せていると過少投資に陥りやすいため、政府が介入して官民で取り組むことが重要、と「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」では結論付けている。

しかしこれは米国の話なのではないか。日本の企業の研究開発投資額は世界第3位であり、GDP比率で見ても国際的に高い水準である。しかし、これが経済全体の生産性向上に十分につながっていないのだとすれば、それは研究開発投資の外部性が小さいためなのではないか。つまり、個別企業の研究開発投資によって生み出された新たな技術は、その企業の収益拡大には貢献しても、それが広く他企業にも利用されることで、社会全体に大きな影響を及ぼすイノベーションになりにくい、という問題があるのではないか。

仮にそうであれば、個別企業が生み出す新技術の外部性をいかに高めていくかが、大企業に依存する日本型イノベーションの改革の重要な方向性となる。スタートアップ支援を本格化する前に、こうした点の検証も十分に進める必要があるだろう。

スタートアップ支援の3つの柱

さて、スタートアップ支援として政府は、第1にスタートアップの資金調達支援、第2に起業を支える人材の育成・確保、第3に、既存企業がスタートアップの知見を取り入れる、の3本柱を掲げている。

第1の点については、IPOのプロセスの迅速化、海外ベンチャーキャピタルの誘致などを検討している。第2の点については、スタンフォード大学やマサチューセッツ工科大学の日本誘致を計画している。また、スタートアップが集まる米国のシリコンバレーとの人材交流を大幅に拡充し、日本で起業家を育成するため毎年200人規模の人材を日本から派遣する計画を示している。

米国のGAFAなどのイメージに引きずられてか、政府は学生による起業の拡大を主に狙っているように見受けられるが、起業家は学生に強くこだわる必要はないだろう。大手企業で知見を身に着けた人の起業、フリーランスの起業、副業としての起業などからもイノベーションは生まれる。また、社会のニーズを十分に知っている退職後の中高年齢者らによる起業も重要ではないか。

スタートアップ拡大には社会変革が必要

経団連の南場副会長は、スタートアップの増加に向けて、大手企業が主導的な役割を果たす必要性を強調する。大企業が人材を囲い込むのではなく、独立起業を促進し、スタートアップとの協業を積極的に行うようになる。また、大企業で経験を積んだ人材が、そのスキルをもってスタートアップで挑戦し、スタートアップ経験者がそのスキルを大企業に持ち込む、ということが常にあらゆる産業で起こる。こうしたことが将来目指すべき姿であるとしている。

年功序列型制度、終身雇用制度が、大企業がスタートアップの人材を輩出することの妨げになっている可能性もあるだろう。また、新卒一括採用という硬直的な採用制度によって、学生が起業にチャレンジする意欲が削がれてしまっている面もあるだろう。あるいはスタートアップを促すためには、想像力、自立性を必ずしも重視していない現在の教育制度の見直しも必要なのかもしれない。

このように、スタートアップの支援は、日本社会の制度全体を変革するという大きな視点を持ち、広範囲の分野で進めていくことが必要だろう。

(参考資料)
成長戦略会議(第8回)配付資料・南場氏提出資料、令和3年3月17日(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/seicho/seichosenryakukaigi/dai8/siryou4.pdf)

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