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日本の決済システムに変革の大波:ことら送金サービス開始、全銀システムの決済業者への開放

2022/08/16

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変革と進化を迫られる日本の資金決済システム

日本の資金決済システムは長らく銀行の独壇場であったが、フィンテック企業など決済業者(資金移動業者)の参入を広く認める方向へと大きく舵が切られ始めた。決済システムの安定性・安全性を堅持しつつユーザの利便性向上を狙う、次世代のシステム構築に向けた改革の一歩である。

そうした改革の一環として昨年には、ほぼすべての銀行や信用金庫、信用組合が参加する資金決済システムの全銀システムで、銀行間送金にかかる手数料が大幅に引き下げられた。

そして今後始まる新たな動きとして、第1に、多頻度小口決済を想定した「ことら送金サービス」が、今年10月11日に始まること、第2に、全国銀行協会が、全銀システムを来年にも金融機関でないフィンテック企業などの決済業者にも開放する方針であること、の2つが挙げられる。

競争政策を担う公正取引委員会は2020年4月に、全銀システムの閉鎖性や高止まりする銀行間手数料を問題視する報告書を発表した。高い銀行間手数料が顧客の送金手数料に上乗せされ、その利便性を損ねているとの問題意識があった。

これも踏まえて、2020年7月に政府が閣議決定した「成長戦略実行計画」では、全銀システムについて「銀行間手数料の引き下げ」、「多頻度小口決済を想定した新資金決済システムの構築」、「キャッシュレス決済事業者などによる全銀システムへの参加」、の3つの改革案が示された。また政府内では、他国に遅れをとっている日本のキャッシュレスを前進させる新たな方策が、それ以前から未来投資会議で議論されていた。

「ことら送金サービス」が開始へ

異なる銀行間でもスマートフォンの決済アプリを使って無料またはかなり安価な手数料で送金できる「ことら送金サービス」が10月11日に始まる。現時点では、このサービスに大手銀行や地方銀行など37行が参加を表明している。

利用者は、個人間で10万円以下であれば、アプリに相手先の銀行口座を入力しなくても、携帯電話番号やメールアドレスを入力するだけで簡単に送金できるようになる。割り勘などに広く利用されるようになるだろう。

この「ことら送金サービス」は、各金融機関の決済アプリなどを通じて利用される。3メガバンクはQRコード決済アプリ「Bank Pay(バンクペイ)」を用いるが、少額送金の手数料を無料とする。三井住友銀行は、自行のネットバンキングアプリ「三井住友銀行アプリ」、みずほ銀行は同行が提供するスマホ決済「J-Coin Pay(Jコインペイ)」でもそれぞれ「ことら送金サービス」を利用できるようにする。

将来的にはペイペイや楽天ペイなどの決済アプリ事業者にも「ことら送金サービス」に参加してもらう構想が描かれている。

ネットワーク効果に期待

この新たなサービスは、年間20兆円程度とも推定される個人間の現金のやり取りを担っていく、中心的なインフラになっていくだろう。また、個人の税公金の収納ができるようにすることも検討されている。

低価格あるいは無料の個人間スマートフォン送金では、現在、決済業者のサービスが先行している。この「ことら送金サービス」は、彼らとの競争を意識した面があり、その観点からも低価格でのサービス提供に重点が置かれた設計となっている。

短期間かつ低コストでシステムを開発するために、既存のJ-Debitサービスで利用されている基盤が活用される。Bank Payやみずほ銀行が提供するJ-Coin Payなど、既にある複数の銀行系サービスをこの新たなインフラに接続することで、多くのユーザの利用が可能となる。

J-Debitサービスには、銀行や信用金庫など約1,300の預金取扱金融機関が参加している。それらの機関は、わずかなコストでこのスマートフォン送金サービスに参加できるようになる。参加する金融機関が増えて利用者数が増えるほど、サービスの利便性は高まり、さらに参加する金融機関が増えていく、という循環につながることが期待される。いわゆるネットワーク効果である。

ただし大手5行は、競合するスマートフォン決済業者も、このインフラに接続することを認める方向だ。それによって、多くの決済サービスの相互運用性(互換性)を高め、ユーザの利便性を一層向上させることを計画しているのである。

スマートフォン決済サービスが乱立する中、異なるサービス間での送金などに支障があることが、利用者の利便性を低下させてしまっている。そうした社会的な問題を解決していくことも、「ことら送金サービス」の狙いの一つとなっている。

このサービスは、API(データ連携の接続仕様)を利用して様々な決済サービスと接続していく決済インフラとして設計されるものだ。それは、各社の「競争領域」となるサービスレイヤーではなく、「協調領域」のインフラレイヤーとして構築されるもの、と位置づけられている。

各社が独自のサービスを利用者に提供し、互いに競い合う中でイノベーションも生まれてくるだろう。その際、決済の基盤部分については共有することで、低コストと相互運用性を高め、利用者の利便性を高めることもできる。こうした点から、「ことら送金サービス」は、決済インフラの将来像を先取りしたデザインとも言えるのではないか。

全銀システムを決済業者に開放へ

全国銀行協会は、現在は銀行に限られている全銀システムの利用を、来年にもフィンテック企業など決済業者に開放する。対象となるのは「PayPay」、「LINE Pay」、NTTドコモ、楽天Edy、セブン・ペイメントサービスなど85の資金移動業を手がける決済業者だ。

ATMやネットバンキングを利用した銀行間送金は、全銀システムを介して行われている。1973年の稼働以来一度も止まったことのない堅固なシステムである。従来は、全銀システムの接続を預金取扱金融機関に限ることで、その安全性を保ってきたのである。そのため、決済業者が提供する決済アプリの利用者は、別の決済アプリや他人の銀行口座に直接送金することは事実上できなかった。決済業者の取引銀行を経由して送金することは技術的には可能であるものの、消費者には高額の手数料が課されることになるためだ。

全国銀行協会は、決済業者が日銀に口座を開設することを条件に、全銀システムへの加盟を解禁する。金融庁は今秋にも認可する方針だ。

決済業者は日本銀行に口座を開設すれば、一定の担保を差し入れ、健全な財務状況やリスク管理も求められるようになる。他方で、日本銀行によって支援を受ける道も開けることから、債務不履行のリスクは低下する。それによって、全銀システムの信頼性は維持されることになる。

「安全性」と「利便性」の両立が鍵に

現在は銀行に限られている全銀システムの利用を決済業者に開放することの最大の狙いは、ユーザの利便性向上にある。決済業務で、銀行と決済業者が置かれる環境を同一にすれば、両者間での競争がより高まり、それが低い手数料や質の高いサービスを生み出すことが期待される。

ユーザがスマートフォン決済を利用して店舗で買い物をする場合、その代金は、ユーザがチャージしたデジタル通貨決済口座から決済業者が引き落とす。その後、決済業者がその代金分を店舗の銀行口座に振り込むことで、決済が完了するのである。

しかし、その際に決済業者は、銀行に対して全銀システムを利用する送金手数料を支払わなければならない。業者のA銀行の口座から店舗のB銀行の口座へと、全銀システムを経由して送金される場合、送金元のA銀行は送金先のB銀行に銀行間送金手数料を支払うことになる。そして、その分が上乗せされた送金手数料が、銀行の顧客である決済業者に課せられるのである。

今後、銀行ではない決済業者が、全銀システムを直接利用できるようになれば、今まで銀行に支払っていたこの送金手数料を節約することができる。その分、決済業者がスマートフォン決済の店舗から徴収していた加盟店手数料を引き下げることも期待できるだろう。そして、加盟店手数料の負担が軽減されれば、新たにスマートフォン決済を導入する店舗が増え、ユーザはより多くの店舗でスマートフォン決済を利用することができるようになるだろう。こうして、ユーザの利便性が大きく高まるのである。

銀行の資金決済システムに銀行以外の決済業者の参入を求める動きは、海外でも近年広がってきている。英国と香港では2018年に、シンガポールでは今年2月に始められた。しかし中には米国のように、議論の末それを認めないことを決めた国もある。新規参入が、システム全体のリスクを高めることを懸念したのである。

決済業者には双方の負担も

2020年6月の資金法改正によって、決済業者(資金移動業者)には登録制が適用され、金融庁による新たな規制が適用されることになった。決済業者が全銀システムに参加すれば、金融庁からより厳しいモニタリングを受けることになる。また、日銀当座預金を開設すれば、日本銀行からのモニタリングも強化される。これらは、担保の差し入れの義務と合わせて、全銀システムに参加する決済業者にとっては大きな負担となる。そのため、経営基盤の弱い決済業者を中心に、参加を見合わせるところも少なくないだろう。

しかし、全銀システムに直接参加しなければ、競争力の面で同業他社に劣後するようになり、結局はスマートフォン決済から離脱していくことにつながるかもしれない。

このように、全銀システムの決済業者への開放は、現在乱立状態にあるスマートフォン決済業者の一部が淘汰され、また経営基盤の強い業者に吸収されていく、といった業界再編の引き金となる可能性もあるのではないか。

銀行、決済業者、中央銀行が融合する決済システムの未来図

ユーザの利便性を大きく高める決済業者のイノベーションを、銀行が長らく主導してきた決済システムの中に取り入れ、安定性・安全性と利便性の双方を兼ね備えた新たなサービスを構築することを、金融当局は目指してきた。その過程では、決済業者にも財務の健全性、リスク管理等の面で銀行に匹敵する厳しい規制の受け入れを迫る。こうして、銀行と決済業者との境界は次第に曖昧となっていくのである。

決済分野では決済業者に業務を浸食され続けてきた銀行であるが、決済業者に対抗するというよりも、銀行と決済業者とが共同で利用できる、社会インフラとしてのスマートフォン送金サービスの構築に今回動き出したと言えるだろう。これは、当局の意向とも一致した行動だ。

全銀システムの開放についても同様だが、決済システムの基盤の部分は、銀行と決済業者が共同で利用する。しかしその外側では、それぞれが独自のサービスを顧客に提供し、切磋琢磨しながら利便性の高い新たなサービスを生み出していくことが期待される。

さらに将来的には、日本銀行が中銀デジタル通貨(CBDC)を発行し、こうした民間の決済システムとの連携、融合を模索する可能性がある。日本銀行が理想形と考えるのは、デジタル通貨が、現金と同様にいつでも、どこでも、誰でも使える「ユニバーサルアクセス」を持つことだ。そこで、民間デジタル通貨であるスマートフォン決済サービスを補完し、ユニバーサルアクセスを強化するという観点からも、日本銀行はCBDC発行の是非を現在議論している。そこでは、CBDCが、民間で異なるスマートフォン決済サービス同士を連携させ、相互運用性(互換性)を持たせるという橋渡しの機能も検討されているのである。

「協調領域(共通領域)」では、銀行、決済業者、中央銀行の3者が併存し、協調あるいは補完し合う一方、その外側ではユーザに利便性の高いサービスの提供を銀行と決済業者が知恵を絞って競い合う健全な「競争領域」が存在するという「2重構造」が、日本の資金決済システムの未来図として見え始めてきたのではないか。

(参考資料)
「特集 維新! 資金決済 銀行と決済業者の協調・競争で築かれる「次世代決済インフラ」」、2021年6月29日、週刊金融財政事情、野村総合研究所 木内 登英
「スマホ少額送金10月から」、2022年8月10日、東京新聞夕刊
「決済アプリで銀行送金 23年にも、事業者の日銀口座条件」、2022年8月15日、日本経済新聞電子版
「スマホ少額送金「ことら」10月11日開始 3メガ、手数料無料」、2022年8月9日、日本経済新聞
「違う銀行間 スマホで無料送金*運営会社 10月に開始」、2022年8月9日、北海道新聞

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