フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 将来の利上げで日銀は経常赤字・債務超過に陥るか?

将来の利上げで日銀は経常赤字・債務超過に陥るか?

2022/08/23

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

急速な利上げでFRBが赤字に転じる

米連邦準備制度理事会(FRB)が8月17日に公表した連邦公開市場委員会(FOMC)議事要旨(7月26~27日分)では、FRBが赤字に転化する恐れがある、との指摘がなされた。

FRBスタッフはFOMCの参加者に対して、スタッフ予測に基づくとFRBの純損益は「数か月中に『赤字』に転化する可能性がある」と述べたのである。過去の資産買い入れでFRBのバランスシートが大幅に増加したもとで、政策金利であるフェデラルファンズ(FF)金利を引き上げていくと、FRBが当座預金に対する利払いが増え、それが買い入れた資産の利息収入を上回る、いわゆる逆ザヤが生じるのである。

FRBは現在バランスシートを縮小させる量的引き締め(QT)を進めており、それは利払いを減らす方向に働くが、それ以上のペースで政策金利を引き上げているため、逆ザヤが生じるリスクが高まっているのである。

FF金利は現在2.25%~2.5%の水準にあり、9月の次回FOMCではさらに0.5%~0.75%の引き上げが見込まれる。FRBが赤字に転じるのは、FF金利が3%台半ば頃と推測される。年末までにはその水準に達する可能性がある。

逆ザヤ、赤字に転じても、すぐにFRBの業務に支障が生じることはなく、そのため、FRBが政策金利の引き上げを止めるきっかけとはならない。しかしながら、FRBの財務環境の悪化は通貨の信認低下を招く恐れがあり、そうなればドル安、物価高、金融市場の混乱などのリスクを高める可能性も生じるだろう。

この点から、逆ザヤ、赤字の発生は、FRBの利上げ姿勢を一定程度制約する要因になることが考えられる。

国債の利息収入がシニョレッジ(通貨発行益)

日本銀行が正常化策に転じ、政策金利を引き上げていけば、FRBと同様の財務環境悪化のリスクに直面する可能性がある。

日本銀行が事業活動をする上で主な収入源となっているのが、金融調節・金融政策上の目的から買い入れた国債の利息収入である。日本銀行は民間銀行から国債を買い入れ、その代金を日銀当座預金として民間銀行に支払う。日本銀行は制限なくマネーを作り出すことができ、それを国債買い入れに充てている。そこから得られる利息は、日本銀行がマネーを作り出す特別な権限を与えられたことから生じたものである。そこで、この国債の利息収入のことは、シニョレッジ(通貨発行益)と呼ばれる。

そして、日本銀行が買い入れた国債の利息収入および民間銀行に資金を貸し出す際の受け取り利息と、日本銀行の債務である日銀当座預金に支払う利息との差額が、日本銀行の収益の中核を成している。

この先、日本銀行が金融政策の正常化を進め、日銀当座預金に支払う利息の利率、つまり付利金利を引き上げていくと、ある時点で利払いが国債の利息収入を上回り、日本銀行の財務環境に打撃を与えることになる。

日本銀行は2016年に階層型当座預金制度を導入した。現時点で日銀当座預金は529.8兆円(8月10日)、そのうち-0.1%の政策金利が適用される政策金利残高は、金融機関間で裁定取引が完全に行われたと仮定した場合に5兆円程度である。また+0.1%の金利が適用される基礎残高が210兆円程度、0%の金利が適用されるマクロ加算残高が315兆円程度(うち所要準備が12.5兆円)である。

政策金利0.18%で逆ザヤが発生

現在日本銀行は、日銀当座預金の中で政策金利残高に適用される金利を政策金利と位置づけている。その水準は既に見たように-0.1%、政策金利残高は、金融機関間で裁定取引が完全に行われたと仮定した場合に5兆円程度である。他方で、日本銀行の2021年度の国債利息は1兆1,233億円である。

仮に、現在の階層別当座預金制度が維持され、そのもとで政策金利のみ引き上げる形で金融政策の正常化、あるいは金融引き締め策を実施する場合を想定しよう。基礎残高分への+0.1%の利払い額は0.21兆円である。これとマイナス金利残高への利払い費の合計が国債利息の1兆1,233億円を上回り、日本銀行の中核的な収益を損ねるためには、政策金利を+0.18%以上にまで引き上げることが必要な計算となる。これは現実的な想定ではないだろう。

ところで、日本銀行の金融政策正常化の過程で、マイナス金利残高に適用される政策金利だけを引き上げていっても、銀行の調達コストを左右する銀行間のコールレートはそれについて上昇しないだろう。0%の金利が適用される巨額のマクロ加算残高、+0.1%の金利が適用される基礎残高が残るもとでは、コールレートはそれに足を引っ張られて思うように上昇しないはずだ。それでは、金融政策が形骸化してしまうのである。

そこで、正常化の過程では現在の階層別当座預金制度を廃止して、所要準備以外の日銀当座預金には単一の付利金利(政策金利)を適用する形になることが予想される。現時点で、0%の金利が適用される所要準備以外の日銀当座預金残高は約517.3兆円である。付利金利を引き上げた場合に、その利払い費が国債の利息収入を上回る、いわゆる逆ザヤとなる水準は+0.18%となる。日本銀行が現在-0.2%の政策金利を+0.2%まで引き上げないと逆ザヤは発生しない。

経常赤字、債務超過には+0.43%、+2.6%までの政策金利引き上げが必要に

日本銀行が政策金利を0.18%まで引き上げれば、日本銀行の財務には相応の打撃となる。しかし、日本銀行が現在の異例の金融緩和を導入した際に、付利金利は+0.1%であった。その水準まで戻す正常化であれば、日本銀行の財務環境に顕著な打撃とはならない。

実際、日本銀行がマイナス金利政策を解除して政策金利を引き上げるとしても、現在の日本経済の潜在力や物価の基調を踏まえれば、0%ないしは+0.1%までにとどまると予想される。この点から、日本銀行が財務の悪化を恐れて正常化策を実施できないということにはならないだろう。

さらに、2021年度の日本銀行の経常収支2兆4,185億円に基づいて計算した場合、付利金利の引き上げによって経常収支が赤字になるためには、付利金利は+0.43%まで引き上げる必要がある。さらに、日本銀行は現在11.1兆円の自己資本があるが、正常化によって日本銀行が経常赤字となり、さらに自己資本が棄損されて債務超過に陥るためには、付利金利は+2.6%まで引き上げる必要が生じる。これは明らかに現実的ではない。

こうした試算に基づくと、日本銀行が経常赤字に陥る、あるいは債務超過に陥るリスクがあるために、それを恐れて日本銀行が政策金利の引き上げを将来実施できない、という議論は誤りと言える。来年4月以降の新総裁の下で、日本銀行は時機を見極めつつマイナス金利の解除に踏み出すとみておきたい。

執筆者情報

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

新着コンテンツ