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ジャクソンホールで改めて示されたFRBの『景気を犠牲にしても物価高を定着させない』という強い意志

2022/08/29

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利上げによる景気悪化のリスクを市場は改めて意識

金融市場の注目を大いに集めていた8月26日のジャクソンホール会合でのパウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長の講演は、そのタカ派的なメッセージによって同日の米国株価を大幅に下落させる結果となった。同日のダウ平均株価は1,000ドルを超える下落を見せた。

パウエル議長の講演は、準備されていた30分の枠に対してわずか8分と、拍子抜けするほど短いものであったが、その中に「景気を犠牲にしても物価高を定着させない」という強い意志を凝縮させたものだった。先行きの金融政策について、具体的な内容には一切言及することなく、「語気」の強さだけで、金融市場の期待に大きく働きかけることを狙ったものだ。

講演を受けて、株価は大きく下落し、また国債市場では当面の政策金利の見通しを反映する2年債の利回りが大きく上昇した。他方で、10年国債などより長めの利回りの上昇幅は小さく、また長期利回りとの連動が強い為替市場でドル円レートは、137円台半ば程度までの比較的小幅な上昇にとどまった。

これらが示すのは、講演内容が金融市場の先行きの金利観を劇的に変えた訳ではなく、金融市場は利上げによって米国経済が悪化するリスクを従来以上に強く意識した、ということだろう。

インフレファイターのボルカー元議長と自身を重ねるパウエル議長

「景気を犠牲にしても物価高を定着させない」とのパウエル議長の強い意志を金融市場が改めて感じ取ることになった発言は、具体的には以下のようなものだ。「歴史は時期尚早の金融緩和を強くいさめている」、「(物価上昇を2%に戻すという)我々の仕事が完了するまで金融引き締めをやり続けなくてはならない」、「物価の安定を回復するには引き締め的な政策姿勢をしばらく維持する必要がある」。

また注目されるのは、40年前の80年代初頭に当時のボルカー議長が、急速な利上げで物価の安定を取り戻したという経験についてパウエル議長が言及したことだ。インフレファイターとして名声を高めたボルカー議長と自身とを重ね、物価安定の回復が自身の歴史的な責務であることをアピールしたかのようにも見える。

ただし、80年代初頭と現在とでは、高い物価上昇率は近いものがあるが、米国経済の成長力は現在の方が格段に落ちている。その中で40年前と同じ姿勢で金融引き締めを進めれば、40年前には見られなかったほどの深刻な景気悪化を招く可能性があるのではないか。

FF金利は3%台後半が視野に

7月の米連邦準備制度理事会(FOMC)でFRBは、今後の利上げペースは経済次第と、それまでの自動運転のような大幅利上げの実施からはスタンスを変えることを示唆した。FF金利が2.25%~2.5%と景気に中立的な水準に達し、それまでの金融政策の正常化の遅れを取り戻すことができたためである。

こうしたFRBの姿勢の変化が、金融市場に過度の利上げペース鈍化の観測、来年の利下げ観測などを生み、株価の上昇を招いた。今回の講演でパウエル議長は、金融市場のこうした期待を修正することを試みたのである。

ただし、次回の9月下旬のFOMCについてパウエル議長は、やはり今後の経済指標次第と、利上げ幅には言及しなかった。講演前には金融市場では0.75%よりも0.5%の確率をやや高めに織り込んでいたが、講演後には0.75%の利上げの可能性が高くなっている。実際の利上げ幅は、今後1か月程度の間に出てくる雇用統計、物価統計などによって決まるため、現時点では決め打ちできない。

現状では、FF金利は年末から来年初めにかけて3%台後半の水準に達し、その後は景気減速、物価上昇率の緩和の兆候を示す指標を受けて横ばい、つまりFRBの金融政策は様子見姿勢に転じるものとみておきたい。

FRBの金融政策が景気に本格的に悪影響を与えるのはこれから

実は、FRBの金融引き締め策が景気に本格的に悪影響を与えるのは、景気減速の兆候が広がり、企業、家計、金融市場の期待インフレ率(物価見通し)が本格的に低下を始めてから、つまりこれから先のことなのである。

そうした環境下でも、「景気を犠牲にしても物価高を定着させない」との強い覚悟を固めたFRBは、容易には利下げに転じない、あるいは利下げに転じるとしてもそのペースは緩やかになりやすい。そのもとでは、景気に影響を与える実質短期金利(名目短期金利―期待インフレ率)はむしろ上昇し、追加で景気抑制効果を発揮することになってしまうのである。

過去には、景気減速や金融市場の混乱を受けて、FRBは急速な金融緩和に転じ、それが事態の改善に大きく貢献してきた。近年では、リーマンショックやコロナショック後の対応がそうである。しかし歴史的な物価高を受けてFRBのインフレ警戒が非常に強い中、今回はそのような対応にはならないだろう。

FRBは3月以降歴史的なペースで利上げを進めてきたが、金融引き締めによる経済への影響が大きく出てくるのは、むしろこれからなのである。FRBの金融引き締めが米国および世界経済を悪化させてしまうオーバーキルのリスクは相応に高い。

その過程で、ハイイールド債、証券化商品など高リスク資産の調整が本格的に引き起こされれば、世界の金融市場は深刻な危機状態に陥り、深刻な世界同時不況のリスクが高まるだろう。そうした大きな犠牲を払うことで、世界は何とか物価の安定を取り戻す流れとなるのではないか。

日本の景気悪化は円高で増幅される可能性

26日の米国株の大幅下落を受けて、週明けの日本市場でも株価の大幅下落は避けられないだろう。

この先、FRBの利上げがさらに進むとの期待から米国長期利回りが一段と上昇すれば、それが140円を超える円安を招く可能性がある。その場合、日本銀行に対して硬直的な政策が悪い円安を促している、との批判が再度高まり、日本銀行が長期利回りの一定程度の上昇を容認する政策修正の実施を余儀なくされる可能性が出てくる。ただしその可能性は、現時点では高いものとは言えないだろう。

FRBの利上げが米国経済を悪化させれば、日本経済はその影響を大きく受けることになる。世界同時不況となれば、当然日本経済もそれに巻き込まれることは避けられない。足元の日本経済は、物価高、感染再拡大という逆風の中にありながらも、2020年の新型コロナウイルス問題発生以降では初めて、緩やかなプラスの成長軌道を取り戻している。

そうした中での日本経済の最大のリスクは、FRBの利上げによる米国及び世界経済の悪化である。さらに、いずれFRBの利上げ打ち止め、あるいは利下げ観測が金融市場で高まると、米国の長期利回りが低下して、為替市場では急速な円高の巻き戻しが生じるのではないか。また、米国景気が悪化しても「景気を犠牲にしても物価高を定着させない」との姿勢のもとFRBの金融緩和が遅れることで、米国および世界経済の悪化が強まるとの観測が生じれば、いわゆるリスク回避での円高傾向も強まるだろう。

FRBの利上げが世界同時不況を生じさせる場合、日本ではこのように円の急速な巻き戻しがそれに伴って生じる可能性が考えられる。その場合には、日本の株価の下落幅や景気の悪化の程度は、他国よりも大きくなりやすい点に留意しておきたい。

(参考資料)
「株高期待を打ち砕いたパウエル講演(NY特急便)」、2022年8月27日、日本経済新聞電子版
「タカ派発言、市場揺らす FRB議長「景気より物価」鮮明」、2022年8月27日、日本経済新聞電子版

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