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『貯蓄から投資へ』『資産所得倍増計画』推進の3本柱

2022/09/02

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第1の柱:NISAの抜本的拡充

日本の家計金融資産約2,000兆円のうち、現預金が50%を超えている(2021年末)。他方で、株式、投資信託の割合は約19%と、米国の約55%、英国の約42%(2021年末)と比べてかなり低い。将来にわたって個人の金融資産を増やしていくためには、現預金から投資へと個人の資産がシフトし、それが促す持続的な企業価値向上の恩恵が個人にも及ぶという好循環を作り上げる必要がある。政府はこうした考えのもと、「貯蓄から投資へ」というスローガンを長らく掲げてきた。

現政権も、国民の資産を「貯蓄から投資へ」シフトさせることを通じて、投資から得られる所得、資産所得(財産所得)を増加させる「資産所得倍増計画」を掲げている。年末にその具体策の策定を予定している。

この施策を推進する観点から、8月31日に金融庁が公表した「2023年度税制改正要望」では、税制面から個人の投資拡大を促す、少額投資非課税制度(NISA)の抜本的拡充が謳われた(コラム「金融庁の2022年度金融行政方針・2023年度税制改正要望:NISA見直し、金融教育を国家戦略に」、2022年8月31日)。

NISAは現在3種類ある。上場株式などに年間120万円を上限に5年間投資できる「一般NISA」、金融庁による基準を満たした株式投資信託に年間40万円を上限に20年間投資できる「つみたてNISA」、未成年が対象の「ジュニアNISA」である。ジュニアNISAは2023年で終了し、また一般NISAは2024年から新制度に移行する予定となっている。

2022年3月末時点で、一般NISA、つみたてNISAの口座数はおよそ1,700万口座、買い付け額は約27.1兆円まで増加している。「貯蓄から投資へ」の流れを促すためには、NISAのさらなる普及が必要であり、そのために金融庁は、一般投資家の声も踏まえて、NISAを「簡素で分かりやすく、使い勝手の良い制度」に変えていくという方針を示している。

具体的な要望としては、NISAの恒久化、非課税保有期間の無期限化、年間投資可能額の拡大、などを掲げている。

第2の柱:金融教育の普及

個人の投資を促すためには、NISAの拡充など、投資がしやすい環境を整えるだけでは十分でない。それと同時に、個人が金融に対する十分な金融リテラシー(理解力)を身に着けることが必要だ。それによって、個人が自らのニーズやライフプランに合った適切な金融商品・サービスを選択し、また分散投資等による安定的な資産形成を実現することが可能となる。

金融リテラシーが不足したまま、自身に合った投資の選択ができない状態で投資を拡大させていくと、予想外の投資損失によって生活基盤が損なわれ、深刻な社会問題へと発展する可能性も出てくるだろう。

金融リテラシーの向上には、幅広い世代を対象に金融経済教育を実施する必要がある。ただしこの点で、日本は他国に後れをとってきた。これまで学校や職場で、資産形成を含む金融経済教育を受ける機会は限定的だったのである。

高等学校の学習指導要領が改訂され、2022 年4月からは、資産形成も含めて高校の授業での金融教育がようやく必修となった。金融庁は、この新学習指導要領に対応した授業の円滑な実施を支援するため、教育現場と連携し、指導教材や授業動画を活用した出張授業や、教員向けの研修を実施する予定だ。

他方、大学生以上、とりわけ実際に多く投資を行う社会人向けの金融教育は、民間金融機関、業界団体による自主的な取り組みに留まっているのが現状だ。金融庁は、こうした民間の取組みの実態を把握し、民間と連携しつつ、中立的立場から資産形成に関する金融経済教育の機会提供に向けた取組みを推進するための体制を整えることを検討する、としている。

金融庁は9月にも開かれる新しい資本主義実現会議で、「金融教育」を国家戦略として推進する体制づくりを提言する方針だ。

第3の柱:顧客本位の業務運営

「貯蓄から投資へ」の流れを促すためには、NISAのさらなる普及、個人の金融リテラシーの向上に加えて、金融事業者による取組みの強化も欠かせない。これが3本目の柱となる「顧客本位の業務運営」である。

金融事業者は顧客の利益拡大を最優先し、適切な勧誘、助言、情報提供を通じて、個人が自らのニーズやライフプランに合った適切な投資を実施することを助けることが求められる。そのもとで、安定的な資産形成が実現されていけば、それは金融事業者の中長期的な収益の拡大にもつながる。

金融庁は、顧客本位の業務運営の観点から、一部の地域金融機関においては、金融商品販売のあり方に課題が残っていると指摘している。例えば、地域金融機関がグループ証券会社との間で顧客の紹介販売を強化する場合、顧客紹介後のフォローアップは証券会社が行う一方、銀行側は紹介後の具体的な取引内容を把握しておらず、証券会社においてテーマ型ファンドや仕組債を中心とした販売が行われている例が見受けられるという。

また、従業員の業績評価については、ストック収益や預り資産残高の増加を重視することを標榜しているにも関わらず、残高項目の評価ウェイトが相対的に低く、取組方針や経営戦略で掲げるビジネスモデルと整合的ではない例も散見される、としている。

金融庁は仕組債の問題を重視

さらに金融庁は、金融事業者が個人に販売する金融商品の商品設計や情報開示の課題も指摘している。

ハイリスク・ハイリターン型で、デリバティブ(金融派生商品)の一つ、損失確定時に投資家から苦情などが多く出てくる仕組債の販売について、金融庁は金融事業者に対応を求めている。

金融庁の分析によると、仕組債のうち他社株転換可能債(EB債)については、リスク・リターン比で他の金融商品に劣っている。他方、短期間で収益を上げるため、顧客に中長期の資産形成とは相いれない回転売買を促すような行動を誘因する商品性であることも問題点として指摘している。

こうした課題への対応として、重要情報シートで仕組債の組成、販売それぞれの実質コスト(元本と公正価格の差)を開示するなど、顧客向け情報開示を充実させるよう、金融庁は販売会社側に求めている。

また、投資家に代わって金融機関が運用・管理を行う資産運用サービスで、投資対象が投資信託(ファンド)に限定されているファンドラップについては、高額な手数料がアドバイス等の付加価値に十分に見合っていない可能性を金融庁は指摘している。

このように、金融機関が個人に提供する金融商品が、個人の利益を最優先する顧客本位の業務運営に照らして適切か、個人の安定的な資産形成に資するものであるかについて、金融庁は金融事業者に再度検討を求めていく方針である。

成長戦略と一体で進めることが必要に

個人の資産所得を増加させるためには、やや長い目で見れば、「貯蓄から投資へ」と、個人金融資産の構成を変えることが有効となる。そのためには、金融庁が示す3本柱(第1の柱:NISAの抜本的拡充、第2の柱:金融教育の普及、第3の柱:顧客本位の業務運営)を一体的に強く進めていくことが求められる。

ただしそれだけで、「貯蓄から投資へ」、「資産所得倍増計画」を簡単に実現できる訳ではないだろう。この低金利下でもなお個人が資産の多くを低金利の銀行預金に置いていることは、金融リテラシーの欠如を反映している、と簡単に結論づけるべきではない。これは、むしろ個人が合理的に判断した結果とも言えるのではないか。

日本経済の低迷が続く中、株式投資の期待収益も決して高くないはずだ。その下で、リスクが高い株式投資に個人が慎重になるのは当然のこととも言えるだろう。個人が株式投資を拡大させるには、日本経済と企業の成長力が高まり、株式投資の期待収益率が高まることが必要となるのではないか。

この点から、「貯蓄から投資へ」、「資産所得倍増計画」は、金融庁が主導する3つの柱に加えて、人への投資、DX(デジタル・トランスフォーメーション)戦略、気候変動リスク対応のGX(グリーン・トランスフォーメーション)など、政府が掲げる成長戦略と一体で推進していくことが、強く求められるのである。企業と個人の成長期待がともに高まれば、投資資金と投資の果実が企業と個人との間で好循環を始めることになるはずだ(コラム「金融庁の2022年度金融行政方針・2023年度税制改正要望:NISA見直し、金融教育を国家戦略に」、2022年8月31日)。

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