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事項要求急増で予算編成の透明性が大きく低下(2023年度予算の概算要求)

2022/09/06

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事項要求と特別枠が予算規模を一段と膨らませるリスク

財務省は5日に、2023年度予算の概算要求総額が110兆484億円になったと発表した。100兆円を超えるのは9年連続となる。国債費や地方交付税交付金を除いた一般歳出は65兆9,939億円で、過去最大である。

ただし、年末にまとまる予算案の最終的な規模はなお見通せない。それが概算要求額を上回るという異例の事態となる可能性も十分に考えられるところだ。その最大の理由は金額を示さず要求上限のない「事項要求」が急増したためだ。

財務省は各省庁の事項要求について、統一的なルールがないとして件数を集計していないと説明しているが、昨年と比べて3倍近く増えたとみられる。その傾向が特に顕著なのは防衛省だ。防衛省は過去最大の5兆5,598億円を要求したが、長射程のミサイル強化をはじめ事項要求は90程度にも及ぶ。

事項要求と並んで、予算規模を膨らませかねない要因となっているのが「特別枠」である。「重要政策推進枠」と名付けられた特別枠では、各省庁が自由に使える裁量的経費を1割削れば、その3倍までの額を要求できるルールとなっている。予算にメリハリをつける目的で導入された特別枠が、財政規模を膨らませることを助けてしまう。

今回の予算では、スタートアップ支援や脱炭素といった「新しい資本主義」の成長促進策などに重点配分するために、「特別枠」が利用されている。岸田政権の看板政策である「新しい資本主義」の実現に向けて、経済安全保障▽人▽GX(脱炭素)・DX(デジタル)▽科学技術▽新規創業――の5分野に重点投資する「重要政策推進枠」は、各省庁から計4兆3,497億円(上限額の98%)の要望があった。

日本経済の潜在力を高める成長戦略は重要であるが、予算規模がいたずらに膨らめば、将来にわたる国民の負担が高まり、むしろ日本経済の潜在力を低下させてしまうリスクがある点に十分な留意が必要だ。

年末までの予算編成では、無駄な予算が計上されていないかなど慎重な精査が求められる。財務省は今年度の予算編成から、全事業の査定で個々の事業の目的や成果指標などを統一の様式で記載した「行政事業レビューシート」の活用を導入した。新規事業だけでなく、硬直化する既存事業も厳しく査定することが目指されている。ただし、財政健全化路線を堅持するには、首相による強いリーダーシップの発揮が求められるところだ。

「ペイアズユーゴー(Pay-As-You-Go)原則」など米国の財政健全化措置を参考に

このように足元では、予算規模が一段と拡大し、財政の規律がさらに低下するリスクが高まっていると言える。経済環境などに大きく左右されずに、財政健全化を維持するための予算制度を新たに導入することを検討すべき時期ではないか。その際に、例えば、米国の 「ペイアズユーゴー(Pay-As-You-Go)原則」などが参考になるだろう(コラム「日本でも財政健全化のためペイアズユーゴーの導入検討を」、2022年7月15日)。

米国では、1980年代のレーガン政権時に、軍事費拡大や積極減税策によって財政は大幅に悪化し、財政赤字と貿易赤字とが共存する「双子の赤字」の問題が、長期金利の上昇、ドル安、株価下落など金融市場を揺るがした。このように米国では、金融市場が警報を発する形で、財政健全化の重要性を国民が強く認識したのである。このことが、レーガン政権に続くブッシュ政権のもとで、財政健全化が迅速に進んだ背景にある。他方日本では、金融市場がそのような反応を示さないため、市場の力で財政を健全化させる自浄作用は働きにくい。

ブッシュ政権以降に米国でとられた財政健全化策は、日本でも参考になるだろう。ブッシュ政権時には「1990 年包括財政調整法」が成立し、「ペイアズユーゴー(Pay-As-You-Go)原則」と「キャップ制」が導入された。その後、1993 年1月に発足したクリントン政権でも、ブッシュ政権による財政再建の枠組みは踏襲されたのである。また米国では1917年から、債務上限が法律で定められており、これも財政悪化に歯止めを掛ける仕組みである。

「ペイアズユーゴー(Pay-As-You-Go)原則」とは、新規の施策や制度変更を通じて義務的経費の増加や減税を行う場合には、同一年度内に他の義務的経費の削減や増税などの措置を行わなければならないとする制度である。十分な相殺措置がなされていないと判断される場合には、歳出が一定の割合で一律に削減がなされることになる。

「キャップ(Cap)制」 は、裁量的経費に上限を設ける仕組みであり、根拠法は「2011 年予算管理法」である。当該年度の歳出予算法における裁量的経費の総額が法定上限を超えた場合には、歳出の一律削減がなされることになる。

プライマリーバランスの黒字化目標は機能してこなかった

日本で現在主に議論されている歳出増加は、社会保障費など制度によって決まる義務的経費ではなく、裁量的経費である。裁量的経費を増額する場合には、その財源を新規の赤字国債の発行ではなく(建設的支出増加を建設国債の発行で賄うことは許容される)、他の裁量的支出の減額、あるいは増税によって賄うとする「ペイアズユーゴー(Pay-As-You-Go)原則」、あるいは裁量的経費に上限を設ける「キャップ(Cap)制」の導入を検討すべきではないか。また、近年では米国の与野党の政治的駆け引きに使われてしまっている感は強いが、法定の債務上限についても導入を検討する価値はあるのではないか。

米国よりも経済規模で見た政府債務の水準が格段に大きい日本で、財政健全化を促すこうした制度が導入されていないのはおかしいだろう。プライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化目標を掲げるだけでは、財政健全化に目立った効果を発揮してこなかったのが今までの経験である。

そもそも財政とは、国民から集めた資金を国民の意思に基づいて各種政府サービスに適切な割合で振り向けるプロセスに他ならない。しかし、予算つまり国民が負担できる金額には限りがあることから、どこに資金を振り向けるかを慎重に取捨選択する必要がある。

ところが、歳出拡大を新規の赤字国債の発行で安易に賄う傾向が強まると、こうした取捨選択のプロセスが疎かになってしまう。米国に範をとり各種の財政健全化の仕組みを導入すれば、それ自身が財政健全化を推進する効果を持つばかりでなく、限られた財源を適切に配分するという財政の本質を、国会、国民が思い出すきっかけともなるのではないか。

財政環境悪化は日本経済の潜在力を一段と低下させる

収入が不足していれば、買いたい物をあきらめるのが、通常の個人の消費行動だ。若年時には、将来の収入増加に期待して、あるいは将来の収入増加という信用力を使って、資金の借り入れを行い、それを通じて自動車、住宅の購入を行うのが普通である。

しかし、既に成熟期に入った日本経済が、先行き成長力を大きく高め、税収増加で債務を確実に削減できると考えるのは適切ではない。現在の財政環境は、既に高年齢層に入った消費者が、大幅な資金の借り入れを通じて消費を拡大させ続けているのと似た構図なのではないか。それは結局個人破産、政府で言えばデフォルトにつながるか、あるいは次世代、次々世代に借金を残すことになり、かなり無責任な行動となるだろう。既に、日本人一人当たりの政府債務は1,200万円前後に達している。

政府の債務と個人の債務は異なるとの議論もあるが、基本的には同じではないか。将来の国民が政府債務の返済を続けていきデフォルトは起こらないとの金融市場の期待が、現在の低金利を支えている。一度これが崩れれば、金融市場は大きく混乱し、経済の安定は損なわれる。他方、デフォルトが起こらないのであれば、将来世代は政府債務の返済を続けていく必要があり、その分民間需要は損なわれるのである。

日本経済の潜在力低下に歯止めを掛け、さらに将来の財政危機のリスクを減らす、また、世代間での不公正感を是正するという観点からも、岸田政権には新たな制度の導入を伴う形で、財政健全化の方針をしっかりと再確認し、それを強く推進する政策を進めていって欲しいところだ(コラム「日本でも財政健全化のためペイアズユーゴーの導入検討を」、2022年7月15日)。

(参考資料)
「名ばかり「新資本主義」乱発 23年度概算要求、110兆484億円 特別枠、歳出の膨張招く」、2022年9月6日、日本経済新聞
「23年度予算:過去2番目、110兆円台 財務省、来年度概算要求額発表」、2022年9月6日、毎日新聞

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