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半導体覇権争い・補助金政策は半導体不足を深刻な過剰に変えるか

2022/09/07

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米中間で半導体の囲い込み

9月8・9日に開かれる米国主導の新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」の閣僚会議では、半導体など重要物資について、サプライチェーンが遮断する事態に備えて、加盟国が情報共有や代替調達を調整する仕組みが議論される。中国への対抗がその念頭にある。半導体はほぼすべての電子機器に搭載されており、スマートフォン、自動車、軍装備品、医療機器、ゲーム機など、幅広い主要産業にとって不可欠なものとなっている。

新型コロナウイルス問題は、深刻な半導体不足を生じさせた。それによって生じた経済活動の停滞が、半導体確保の重要性を改めて印象付けたのである。これに米中の経済安全保障上の覇権争いが加わって、半導体の囲い込みが米中を軸に進められている。

日本も5月に成立した経済安全保障推進法の下で、半導体を特定重要物資に位置付け、米国など同盟国と協力しつつ、半導体の安定確保の体制を強化する方向だ。

米国政府は国内での半導体生産拡大へ補助金制度を導入

バイデン米大統領は8月9日に、経済安全保障の観点から半導体の国内生産やハイテク分野を中心とする研究開発に5年間で約2,800億ドル(約38兆円)を投じる法案、「CHIPS and Science Act of 2022」に署名した。このうち半導体産業への補助金は、527億ドル(約7兆円)に及ぶ。半導体の生産が集中するアジアへの過度な依存を見直し、また中国に対抗する狙いがある。

同法は、2022年度から27年度までの5年間、国内に半導体工場を誘致するための補助金として390億ドルを投じる。研究開発のほか、軍事用半導体の開発、半導体産業の人材育成などにも資金を振り向ける。さらに22年末以降に稼働する半導体工場には、4年間、投資額の25%に相当する税額控除が適用される。

これまでのところ米インテルや台湾積体電路製造(TSMC)、韓国サムスン電子が米国に先端半導体の工場建設を表明しており、既に一部は建設が始まっている。法案にはこうした企業が10年間、中国に投資しないと米政府に確約する条項を取り入れた。新世代半導体の生産のための中国投資は、見直しを迫られることになる。

半導体工業会(SIA)によると、米国に先進的な半導体工場を建設して、それを10年間維持するコストは、台湾や韓国、シンガポールに比べて約30%高く、また中国に比べて50%も高くなるケースもあるという。こうした他国とのコストの違いのかなりの部分を、政府は補助金で埋め、内外企業の米国での投資を促すことを狙う。

米国の半導体大手インテルは6月に、補助金法案が議会で可決されなければ、200億ドルでオハイオ州に建設する新工場の起工式を延期すると発表していた。政府補助金が半導体の新工場建設の前提となっているのである。

米国は近年、中国との対抗を意識して、5G分野においても企業を支援する姿勢を強めており、民間企業の活動に政府ができるだけ関与しないという、伝統的な市場重視の姿勢を修正している。経済面で中国との対立を強める中、米国など先進国はいずれも、政府の産業政策が強化され、中国の国家資本主義に近づいてきているとも言える。この先、その弊害が出てこないかどうか、懸念も残るところだ。

各国で政府が半導体投資を積極支援

半導体生産拡大に向けて、米国に先駆けて各国で補助金制度の導入、拡充が進められている。中国は半導体メーカーに補助金を出し、融資や税制面で優遇している。2014~30年の政府支出に基づくSIAの推計によると、その規模は1,500億ドルを超える見通しだという。韓国政府は今後5年間で約2,600億ドルの半導体投資を促したい考えだ。欧州連合(EU)は官民合わせて400億ドルを超える半導体投資を目指している。台湾は過去10年間に半導体生産で約150の政府支援プロジェクトを進めてきた。今年、聯華電子(UMC)は50億ドルを投じ、シンガポールに半導体工場を新設することを決定した。

日本政府も、経済安全保障上重要性が増している半導体について、国内で安定して生産できる体制をつくるため、6,000億円余りの基金を設けて、先端的な機能をもつ工場の建設にかかる費用を補助する。

政府は既に台湾のTSMCが熊本県に建設する半導体の新工場に、最大で4,760億円を補助することを決めている。さらに、第2弾として、国内半導体メーカー大手のキオクシアなどが三重県四日市市に整備する生産施設に対して、最大で929億円を補助することを決めている。

国際情勢の変化のもと強力な政府支援が半導体供給過剰のリスクを高めるか

足元の半導体不足は、新型コロナウイルス問題が需要と供給の双方に影響を与え、需給がひっ迫したことで生じている。新型コロナウイルス問題は感染リスクを警戒する消費者のサービス消費、特に外食、旅行などの支出を減らす一方で、巣籠り消費を促し、家電製品、自動車などの需要を高めた。またリモートワークの広がりで、オンライン学習、ネットショッピングが急速に普及し、パソコン、スマートフォン、ゲームなどへの需要が一気に高まった。それらの製品には、半導体が欠かせない。他方で、感染の拡大がアジア地域の工場の操業停止を生じさせ、半導体の供給に大きな障害が生じたのである。

深刻な半導体不足を受けて、生産能力増強の投資が増えている。さらに、既にみたように各国で政府が半導体投資を強力に支援することで、投資は一層促される。新型コロナウイルス問題、ウクライナ問題によって促される先進国と中国、ロシアを中心とする新興国との間の対立激化は、半導体の新規投資を従来の好況期以上に加速させることになるだろう。しかしそれは、供給過剰から半導体価格の下落を招きやすいのではないか。

2023年~24年はシリコンサイクル下向きで世界経済にも逆風か

半導体には4年程度で生産、出荷、価格が上下を繰り返すシリコンサイクルが存在する。国際環境の変化によって、そのサイクルが従来よりも増幅されている可能性が考えられる。そして、シリコンサイクルはビジネスサイクル(景気循環)との連動性を近年強めていることから、シリコンサイクルが下向きに転じれば、景気全体にも下向きの圧力がかかりやすい。

半導体コンサルティング会社インターナショナル・ビジネス・ストラテジーズ(IBS)は、2025~26年には半導体不足が再燃することを予想しているが、23年、24年は半導体の供給過剰を予想している。半導体の投資が生産増加につながるまでには、通常、1年半から2年程度の時間を要する。半導体不足が深刻になったのは、2020年年末頃であったことを踏まえると、そろそろ供給増加が本格的に表面化する時期ではないか。

さらにそれに追い打ちをかけるのが、中国と先進国との対立を背景とした半導体の囲い込みである。市場の分断が進む両地域間で半導体投資が政府主導で進むことで、半導体の供給過剰は従来のシリコンサイクルよりも激しくなるのではないか。それは世界経済にも大きな打撃となるだろう。政府が深く関与することは、市場メカニズムを低下させ、生産過剰を生みやすい。また、両陣営が半導体需給、価格の安定のために協調することも考えにくいのである。

(参考資料)
"The U.S. Is Investing Big in Chips. So Is the Rest of the World(半導体補助金 手厚さで先行する諸外国)", Wall Street Journal, August 3, 2022
「米、半導体補助金法が成立 生産支援7兆円―中国に対抗」、2022年8月10日、時事通信
「米国、半導体補助金7兆円へ前進 対中投資には制限」、2022年7月28日、日本経済新聞

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