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軍事力不足を露呈させるウクライナでのロシア軍

2022/09/22

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ウクライナ失地回復に成功も戦闘はなお継続

ウクライナ北東部地域、あるいは南部の一部でも、ウクライナ軍の優勢が続いている。北東部のハリコフ州は2月下旬に、ロシア軍によって幅広く占領されていたが、ウクライナ軍が短期間で幅広い地域を奪還した。ウクライナのマリャル国防次官は9月13日に、北東部ハリコフ州でウクライナ軍がロシア軍から奪還した地域が約3,800平方キロに達し、300以上の集落と約15万人の住民を解放したと発表した。

またゼレンスキー大統領は同日、9月に入って東部と南部の合計で、ロシアから約8,000平方キロの地域を取り戻したと表明している。ロシアは、ウクライナ侵攻以降に奪った領土の10%以上をわずか数日のうちに失ったのである。ロシア軍はハリコフ州から急ぎ撤退したが、この撤退は、ロシア軍が開戦後間もなくウクライナの首都キーウの攻略に失敗して以来、最大の敗北の一つとなった。

ロシア軍にとって逆風となっているのは兵士の不足、兵士の士気の低さ、硬直的な軍の指令構造、保守作業のずさんな軍装備品などである。ウクライナ軍がハリコフ州近郊で進軍できたのは、ロシア軍の長く手薄な前線という弱点を突き、不意打ちを食らわせた奇襲作戦の成功によるところが大きい、との指摘が多い。そうであれば、これで一気にウクライナ軍が圧倒的な優位に立つ、という訳ではないだろう。ウクライナはロシアの前線部隊の一部を撃退するなどして主導権を握ったが、制圧された地域のロシア兵をすべて排除するにはまだ程遠い状況だ。戦争が早期に終結するような見通しはない。

ロシアが実効支配する地域をウクライナが今後さらに奪還していこうとすれば、ウクライナはこれまで以上に強い抵抗に遭うだろう。これから奪還に向かおうとしているのは、ハリコフ州よりもロシア軍が支配をしっかり固めている地域だからだ。また、2014年以降、親ロ派武装勢力が実効支配するウクライナ東部の一部地域は、ロシアとの結びつきが強く、ウクライナ軍は他の地域ほど住民の支援を得られないことも考えられる。さらに、ロシア軍が防衛する地域が狭まるのに伴い、領土当たりの兵士の数は増えるのである。

深刻な兵士不足で兵士の部分動員実施

それでも今回のロシアの撤退が、ロシアの軍事力の低下を裏付けたことは確かであろう。ロシア軍は階級を問わず兵士が不足している。英国国防省によると、ロシアの民間軍事会社「ワグネル」が、ロシア国内の服役囚を対象に、刑期の短縮や多くの金銭と引き換えにウクライナでの任務を募っているという。

しかし、そうした兵士が戦場で戦力になるまでにはかなりの訓練を必要とする。また、訓練を実施する人手も不足している。大量の兵を確保するには、国家総動員令を発動し、国民を強制的に徴兵することが必要になる。そのためには、ロシアの法律では、現在「特別作戦」としている活動を、正式に「戦争」だと宣言しなければならない可能性が高い。それは、ロシア政府がウクライナでの軍事作戦の失敗を認めることになり、また国民からの強い反発を招くことから、ロシア政府は、現時点では簡単には強制的な国民の強制徴兵には踏み切れないのである。

プーチン大統領は21日、予備役を招集する「部分動員」を発表した。予備役から最大で30万人を段階的に動員する予定だ。部分動員は兵役経験者が対象で、学生や未経験者は対象でない。「部分動員」は、ロシア軍が深刻な兵士不足に直面していることを露呈したものだ。その結果、将来的には国民の強い反発を覚悟で、ロシア政府が国民を強制的に徴兵する可能性も浮上してきたのではないか。

北朝鮮から弾薬確保に追い込まれているか

ロシア軍にとってさらに逆風となっているのが、兵器や弾薬の損失である。ウクライナ軍は、放置されたロシア軍の車両や豊富に補充された弾薬庫の様子などをソーシャルメディアに投稿している。それによると、回収されたロシア軍の装備には、敵の電子防衛を妨害できる戦闘機向けのポッドや最先端の電子戦システムを装備した車両などが含まれているという。西側諸国の制裁によって、ロシアは先端電子機器を入手できない状況にあるため、こうして失った軍装備の更新や補充は難しくなっている。

さらに、ロシア軍では砲弾などの備蓄の不足も深刻になっている。米国政府は、数百万発規模でロシアが北朝鮮から弾薬確保に向けた協議をしていると、明らかにしている。ただし、北朝鮮製の弾薬は不発となる比率が高いとの指摘もある。これが、ロシア兵の士気を一段と低下させる可能性もあるだろう。

西側諸国は「停戦合意」と戦後の体制を検討し始めるか

ウクライナでロシア軍の劣勢が一段と明確になれば、ロシアが生物兵器や核兵器の使用に踏み切りかねないことを西側諸国は警戒しているだろう。このため、ハリキウ州でウクライナ軍の失地回復は西側諸国には朗報ではあるものの、ロシア軍を一気に追い込むことには各国は慎重だろう。

こうした点も考慮に入れて、各国は今後のウクライナへの武器供与の在り方を慎重に検討していくことだろう。また、戦争が早期に終結するめどはまだ立ってはいないが、将来の「停戦合意」に向けたロシアとウクライナの着地点、停戦後の体制など、西側諸国は水面下でウクライナ戦争後に向けた戦略を練り始めているだろう。

(参考資料)
"In Russian Border City, Pro-Kremlin Ukrainians, Soldiers Regroup After Retreat From Ukraine(親ロ派ウクライナ人が国境越え ロシア軍撤退でロシアの国境都市ベルゴロドに集まるウクライナ人や撤退ロシア兵)", Wall Street Journal, September 15, 2022
"Russia's Battered Army Has No Quick Fix in Ukraine(ロシア軍の失地回復に高い壁、軍事産業にも打撃)", Wall Street Journal, September 17, 2022
「ロシア軍、兵器損失急拡大」、2022年9月18日、日本経済新聞

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