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為替安定のため他国は金融政策の自由度を制限、日本は為替介入

2022/09/26

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円買い単独介入の効果は限定的

9月22日、政府は円買いの為替介入を実施した(コラム「政府が円買いの為替介入を実施:効果は限られ時間稼ぎの政策に」、2022年9月22日)。為替介入は2011年11月以来、円買い介入は1998年6月以来24年ぶりのこととなる。これは単独介入であり、欧米の中央銀行は為替介入を実施していないことが、その後確認された。

1ドル146円に接近していたドル円レートは、介入直後に一時140円台まで一気に円高が進んだ。しかし、海外の中央銀行が介入を実施していないこと、つまり協調介入ではなく日本の単独介入であることが明らかになっていく中、その効果への期待が薄らいで円安方向への巻き戻しが生じ、同日の海外市場は143円台で終えた。

政府は1ドル145円程度を防衛ラインとして想定している可能性が考えられる。ドル円レートが145円の水準に再び接近する、あるいはそれを越えれば、再び円買い介入が実施されよう。当面、為替介入は断続的に行われることになるのではないか。

しかし、介入の効果は初回が最大であり、その後は次第に低下していくのが通例だ。それでも、介入を見送れば円安が進んでしまうため、市場に催促される形で介入は長期化しやすい。協調ではない単独介入、そして外貨準備の残高に制約される円買い介入の効果は限られるだろう(コラム「円安阻止の単独為替介入の効果は限定的」、2022年9月14日)。

円安の流れが変わるためには、米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げ姿勢に変化が生じる必要がある。大幅利上げを続ける中、景気減速の兆候から早ければ年内にもFRBは利上げペースを明確に縮小させる可能性がある。そうなれば、米国の長期金利の上昇は止まり、円安傾向は一巡することが予想される。政府の為替介入は、そこまでのいわば時間稼ぎとなるだろう。

スイス中銀の利上げで日本は主要国中唯一のマイナス金利の国に

為替介入が行われた22日に、スイス中央銀行は、政策金利を-0.25%から+0.5%に引き上げ、8年近くにおよぶマイナス金利政策の終了を決めた。今年6月の会合ではおよそ15年ぶりに利上げを決定し、その時点で追加利上げの実施を示唆していた。

スイス中銀は2014年12月にマイナス金利政策の導入を決めた。2014年6月に欧州中央銀行(ECB)がマイナス金利を導入したが、その結果、ユーロ圏からスイスに資金が流入し、安全資産とされるスイスフランの上昇圧力が高まった。それがスイスのデフレ圧力を高めることを回避する狙いで、スイス中銀はマイナス金利を導入したのである。

スイスでは、8月の消費者物価指数が前年同月比で+3.5%と、中銀が物価安定の目標とする2%未満を7か月連続で上回っている。ただし、スイス中銀の利上げは、国内経済・物価情勢以上に、為替動向を睨んだものである。この点は、日本銀行と異なっている。先般の理事会でECBは0.75%の大きな幅での利上げ(政策金利引き上げ)に踏み切ったことで、スイス中銀もそれに足並みを揃えた。利上げ幅がECBよりも小さいと、スイスフラン安が進み、それが物価上昇圧力を高めてしまうことを恐れたのである。

ECBは今年7月、デンマーク中銀は9月に、それぞれマイナス金利政策から脱している。今回、それにスイス中銀が追随し、マイナス金利政策から卒業したのである。これで、主要国でマイナス金利政策を維持するのは日本銀行だけとなった。対ドルだけでなく、他通貨に対してもより円安が進みやすい環境になったと言えるだろう。

国際金融のトリレンマで多くの国は金融政策の自由度を犠牲に

ところで、国際金融のトリレンマというよく知られた理論がある。「自由な資本移動」、「固定相場制(為替安定)」、「独立した金融政策」の3つを同時に実現することはできない、というものだ。現在は、各国ともに物価高に苦しんでおり、物価高を助長する自国通貨安を回避する為替の安定を望んでいる。その際には、「自由な資本移動」か「独立した金融政策(自由度)」のどちらかを諦めなくてはならないのである。

FRBの0.75%という大幅な利上げに競り負けて通貨安が進まないよう、ECBも0.75%の大幅利上げを決めた。さらに、ユーロに対してスイスフラン安が進まないように、スイス中銀も0.75%の利上げを決めたのである。これは、国際金融のトリレンマで言えば、金融政策の自由度を犠牲にして、為替の安定確保を選択する行動になる。

各国で経済情勢は異なり、米国よりも欧州経済の方が弱いが、大幅な利上げによって国内経済を犠牲にしても、FRBの大幅利上げに追随することで、為替の安定確保を優先しているのである。

このようにして各国が、国内経済への悪影響を覚悟で、大幅利上げを競う状況になっていることは、いずれ世界経済に大きな打撃となるだろう。

日本は介入で為替の安定確保を狙う

こうした流れに一人加わっていないのが日本だ。日本は異例の金融緩和を維持し、主要国中で唯一、マイナス金利政策を維持している。日本銀行は、この政策が、国内経済、物価情勢に沿ったものだと説明している。そうであれば、日本では金融政策の自由度は失われていないことになる。そうした中、日本が為替の安定を確保しようとすれば、国際金融のトリレンマのうち、「自由な資本移動」を捨てるしかなくなる。

ただし、実際のところ、先進国である日本が、自由な資本移動を制限し、厳しい資本規制を導入することは考えられない。資本規制ではないが、為替介入は市場の自由な取引に当局が影響を与えるものであり、自由な資本移動を一定程度制限する措置に近いと言えるだろう。

それでも為替介入は資本規制ほど強い政策でないことから、為替安定化効果も限られる。効果を高めるためには、為替介入の実施と同時に為替安定に一定程度配慮した金融政策を行うことが必要なのではないか。

世界の利上げ競争は日本経済にも打撃

このように、利上げを主導する米国を除けば、主要国では日本が唯一、金融政策の自由度を維持しており、国内経済にやさしい政策を行っている、と言えるのかもしれない。

ただし、その結果として急速に進んできた円安は、物価高を通じて日本経済に大きな打撃となっており、実際には経済にやさしい政策とはなっていない。また政府の為替介入によって円安の流れを食い止めることも難しいだろう。結局日本は、為替の安定という目的は十分に達成できず、他国よりも通貨安が進みやすい状況は変わらないのではないか。

他方で、日本が仮に国内経済に配慮した金融政策を進めていても、世界が利上げ競争の様相を強めており、それが海外経済を大きく悪化させれば、日本もそれに巻き込まれることは避けられない。

国際金融のトリレンマの中で、他国とは異なる独自の政策を採用する日本であるが、それが他国と比べて良い経済的な帰結をもたらすとは思えない。

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