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岸田政権1年の経済政策レビューと課題

2022/09/29

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1.岸田政権1年の経済政策レビュー

分配から成長に軸足を移したのは正しい選択


岸田政権は10月4日で発足から1年を迎える。足元で岸田内閣に対する国民の支持率は低下しているが、経済政策については実行された具体的施策がまだ多くなく、その評価は定まっていないのが現状だろう。

岸田政権は発足当初、「成長と分配の好循環」を経済政策の柱として強く掲げていた。実際には成長よりも分配に比重が掛かり、賃上げが経済政策上の最大の目標となっていた。具体的には賃上げ促進税制の拡充や企業に対する賃上げ要請を行ったのである。

しかし、今年の春闘の結果を見ると、そうした取り組みは期待したほどには賃上げに寄与しなかった。理論的には(実質)賃金の上昇は労働生産性の上昇によって決まるが、その労働生産性が足元で高まっている証拠がない中で、企業は大幅な賃上げ、特に将来の固定費となる基本給の賃上げに慎重なのは当然のことだろう。

また、将来の成長期待が高まれば企業は賃上げにより積極的になるだろうが、潜在成長率が上昇している証拠は見られていない。潜在成長率は長期的な低下トレンドを続けているのである。賃金上昇率が高まらないのは成長率及び成長率の見通しが高まらないからであり、分配の問題ではない。

期待したように賃金上昇率が高まらなかったことも影響したのかもしれないが、6月に閣議決定した骨太の方針を機に、岸田政権の経済政策は「新しい資本主義」という看板をそのままにしたうえで、所得再分配から成長戦略へとその重点を移したように見える。こうした軌道修正については批判も聞かれるが、筆者は正しいと考える。経済の潜在力、成長力が高まらなければ、賃金上昇率が持続的に高まることもないからだ。



人への投資の強化を労働市場の流動化と共に進めることで経済の潜在力を高める


骨太の方針の中で示された、「新しい資本主義」を実現するための重点投資には、人への投資の強化、スタートアップ支援、グリーン・トランスフォーメーション(GX)投資の強化などが盛り込まれており、岸田政権はこれらの施策を今後本格化させていくだろう。

リカレント教育、リスキリングなどの人への投資を強化することは、働く人の技能の向上を通じて、経済全体の効率化、そして賃金の上昇につながるものだ。ただし、新たな技能を身に着けた働き手が、他企業、他業種に移っていくことで、その効果はより高められるはずである。新たな技術を社会全体に広めるイノベーションにまで高め、産業構造の高度化を促すためには、労働市場の流動化を併せて進めることが重要だ。

労働市場の流動化については、失業の増加を招くとの労働界からの批判があるため、政府は慎重な姿勢を崩していない。しかしそれがなければ、人への投資の強化が経済の潜在力を高める効果も削がれてしまうだろう。この点は、岸田政権の今後の課題の一つである。失業増加を回避しつつ、労働市場の流動化を高める枠組みについても検討してみる価値があるのではないか。



スタートアップ支援、GX投資の強化も成長戦略の柱に


また、日本でイノベーションを生み出し、経済の潜在力を再び高める観点から、スタートアップの支援は重要だ。しかし、小手先の施策だけにとどまっていては、優れたスタートアップが多く生まれることを期待するのは難しいのではないか。優秀な学生の多くが大企業に就職し、イノベーションが大企業から生まれる傾向が強いという日本の特性に十分配慮して、スタートアップと大企業の連携を強化するという視点が重要だろう(コラム「イノベーションはどこから生まれるのか?:新しい資本主義のスタートアップ支援策」、2022年8月10日)。

大企業の従業員から起業を志す人を多く輩出するためには、年功序列制度、終身雇用制度など既存の制度を大きく変える試みも必要だ。また、研究開発投資を通じて企業内で生まれる新たな技術を、日本経済全体の生産性向上、国際競争力向上につなげるように、外部化を図っていくことも日本では重要なことであり、そこに政府の重要な役割があるはずだ。

GX戦略については、政府は10年間で20兆円規模の投資を計画している。これが呼び水となって民間企業の投資が促され、温暖化対策が進められるように、政府は投資の内容を十分に精査し、効率性を追求して欲しいところだ。



「株式市場を味方につける政権」に方針転換


岸田政権は当初、金融所得課税の見直し、企業の自社株買いのルール設定など、株式市場にとっては逆風となる施策を検討する考えを示していた。そのため、岸田政権は株式市場に厳しいとの評価が固まっていた。それが突如、「株式市場を味方につける政権」へと方針転換したのである。

日本の個人金融資産約2,000兆円のうち、現預金の割合は約54%と5割を超えている。他方で、株式、投資信託の割合は約19%と、米国の約55%、英国の約42%と比べてかなり低い状況だ(数値は2021年末)。そこで岸田政権は、個人の金融資産を「貯蓄から投資へ」とシフトさせることを通じて、投資から得られる所得、いわゆる資産所得を大幅に増加させる「資産所得倍増計画」を掲げた。年末にその具体策が策定される予定である。

政府が目指すのは、個人の投資資金を活用して企業が成長して、その恩恵を個人が投資収益として獲得する、さらにそれが消費拡大を通じて企業の成長を後押しする、といった好循環の実現だ。



資産所得倍増計画は成長戦略と一体で進めよ


金融庁は、「資産所得倍増計画」の実現に向けて、NISA(少額投資非課税制度)の抜本的拡充、金融教育の普及、顧客本位の業務運営強化の3本柱を打ち出している。

ただしそれだけで、「貯蓄から投資へ」、「資産所得倍増計画」を簡単に実現できる訳ではないだろう。この低金利環境下でもなお個人が金融資産の過半を極めて低い利息の銀行預金に置き続けていることは、金融リテラシーの欠如を反映している、と簡単に結論づけるべきではない。これは、むしろ個人が合理的に判断した結果とも言えるのではないか。

日本経済の低迷が長く続き、企業の成長力が低い中、株式投資から得られる収益への期待も決して高くないはずだ。その下で、相対的にリスクが高い株式投資に個人が慎重になるのも、自然なことと言えるだろう。個人が株式投資を拡大させるには、日本経済と企業の成長力が高まり、株式投資の期待収益率が高まることが必要となる。

この点から、「貯蓄から投資へ」、「資産所得倍増計画」は、金融庁が主導する3つの柱に加えて、人への投資、デジタルトランスフォーメーション(DX)戦略、気候変動リスク対応のGXなど、岸田政権が掲げる幅広い成長戦略と一体で推進していくことが強く求められる。

そうした政策の下、企業と個人の成長期待がともに高まれば、投資と投資収益が相乗的に増加していく好循環が、企業と個人の間で始まることになるだろう。

2.岸田政権の経済政策の課題

人を増やす、活かす、動かす


今後の課題を考えた場合、岸田政権の成長戦略では、人に関わる施策がまだ十分ではないとの印象がある。労働者の質を高める「人への投資」とは別に、「人を増やす、人を活かす、人を動かす」施策に今後は期待したいところだ。

日本の合計特殊出生率は2021年に1.30まで6年連続で低下し、過去最低を記録した2005年の1.26に近づいている。それでも政府、国民の間で危機意識はあまり高まっていないように見える。先行き人口が急速に低下していくとの見方が強まれば、それは中長期の成長期待の低下につながり、企業の設備投資、雇用、賃上げに悪影響を及ぼす。この観点から、出生率の引き上げに向けた取り組みは喫緊の課題であり、政府の重要な成長戦略の一環と位置付けるべきだ。

また、多くの問題を抱える外国人技能実習制度の大幅見直し、縮小と同時に、特定技能制度での外国人労働者の受け入れ枠拡大を検討して欲しい。働き手の増加は、経済の潜在力を高める。これらが人を増やす戦略だ。

政府の水際対策が大幅に緩和され、今後外国人観光客も多く戻ってくるなか、ポストコロナのインバウンド戦略の再構築も重要な施策だ。特定の国に偏らず、多くの国、地域から広く外国人旅行者を招きいれ、先行き、持続的にインバウンド需要が増加していくとの期待が高まれば、企業が宿泊、運輸関連などでの設備投資を拡大させ、経済の潜在力向上につながる。これは人を活かす戦略だ。

また、東京など大都市に集中する人口を地方に誘導し、地方で有効活用されていない社会インフラが利用されるようになれば、経済の効率を高めることができる。それは賃金の上昇にもつながり、地方経済の活性化にも資するものとなろう。また、地方への人口移動は、生活環境の改善を通じて出生率の向上にも貢献するだろう。これは、人を動かす戦略だ。



政府債務の増加は成長戦略の効果を損ねる


このように、2年目に入る岸田政権の経済政策には、成長戦略の一層の推進を強く期待したい。ただしその際に十分留意すべきなのは、それらの政策が財政環境のさらなる悪化につながらないように留意することだ。国債発行の増加など政府債務の累積は、将来の民間需要を奪うことになり、企業の中長期成長期待を低下させる。それは、設備投資、雇用、賃上げの抑制につながり、経済の潜在力を低下させてしまう。政府債務の増加は、成長戦略の効果を損ねてしまうのである。

10月3日に開かれる臨時国会で、与党内では巨額の補正予算編成を通じた物価高対応の大型経済対策の実施を決める声が高まっている。しかし、7-9月期まで4四半期連続での前期比プラスの成長が見込まれるなど、足元の日本経済の状況が比較的安定している。そのもとでは、大型経済対策は必要ないだろう。仮に実施されたとしてもその効果は一時的であり、物価高に対する根本的な対策とはならない(コラム「国内経済のリスクは物価高から世界経済の悪化へ:為替安定には金融政策調整が必要に(日銀短観見通し)」、2022年9月28日)。

政府には、成長戦略の強化を通じて労働生産性、潜在成長率を引き上げる取り組みを積極化することを望みたい。その結果、賃金が先行き増加するとの期待が個人の間に高まれば、物価高が個人消費に与える打撃は軽減されるだろう。それは、物価高に対する経済の耐性を構造的に強めることになる。

さらに、物価高騰が長期化するとの懸念を高めないことも、経済の安定維持の観点からは重要だ。それは、金融政策が担うべき領域である。

今後年末にかけて、物価高対策、GX投資、防衛費増加の3つの施策に、財政支出の拡大と一段の政府債務の増加をもたらすリスクがある。GX投資、防衛費増加については、財源が確保できるまでつなぎ国債の発行で当面賄うことも検討されている。しかし、結局財源が確保できずに、つなぎ国債が通常の国債に借り換えられていくリスクもある。

岸田政権には安易な財政拡張議論を抑えることに最大限注力して欲しい。財政の健全化を短期間で達成することはもはや無理であることから、中長期の健全性の方針を堅持することがまずは重要だ。

日銀総裁人事の議論も本格化。金融政策は本来の柔軟さを取り戻すか


日本銀行が現在の硬直的な金融政策をより柔軟な政策に修正し、例えば長期金利の上昇を一定程度認めれば、物価高を助長する悪い円安が長期化するとの個人の懸念は緩和され、個人消費にプラスの影響を与えるだろう。政府の物価高対策よりも、こうした日本銀行の対応の方がより有効な物価高対策になるのではないか。しかし、実際には、来年4月まで続く黒田総裁のもとでは、日本銀行が政策を修正するあるいは正常化する可能性は低い。

来年4月の日本銀行の総裁人事が、年末に向けた岸田政権内で本格化することが見込まれる。経済、金融環境次第ではあるものの、新総裁のもとでは10年続く異例の金融緩和策の正常化が慎重に進められることが予想される。ただし、可能性は低いだろうが、内閣が指名する新総裁次第では、現状の政策が維持される可能性も残されている。

日本銀行が頑として政策姿勢を変えない中、政府は為替介入を実施することで、物価高を助長する悪い円安に歯止めをかけようとしている。その過程で、政府と日本銀行の間にはぎくしゃくした関係が強まった可能性も考えられるところだ。

岸田政権は、日本銀行の政策に直接介入しない姿勢をとっている。日本銀行の独立性を尊重するこうした姿勢は評価できるところである。ただし、時の政権は総裁の人事を通じて日本銀行の政策に一定程度影響力を与えることができることも確かだ。

岸田政権の経済政策の中では、金融政策の重要性は相対的に低く、追加の金融緩和策を通じて景気浮揚を図るといった考えはないだろう。従って、金融緩和に非常に前向きな人物を次期総裁に指名する可能性は低いとみられる。

むしろ、様々な副作用を生む異例の金融緩和を、金融市場の混乱を避けつつ、円滑に正常化していくことを次期新総裁に強く期待しているのではないか。そのため岸田政権は、新総裁に、柔軟で中立的な人を指名することが予想される。その場合、日本銀行の金融政策は、経済・物価、金融環境の変化に臨機応変に対応できる、本来の柔軟な枠組みを取り戻すことができるのではないか。それこそが、金融政策の正常化に他ならない。

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