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英国金融市場の混乱は他国にも飛び火か:米国利上げとドル高が底流に

2022/09/29

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金融システム不安浮上と英中銀が国債買い入れ

トラス英政権が、財源の手当てがないまま1972年以来となる450億ポンド(約7兆円)規模の大型減税策を公表したことで、英ポンドと国債市場の混乱が引き起こされた。国債市場の混乱はさらに深まり、金融危機のような状態に陥るリスクも浮上している。

年金負債対応投資(LDI:ライアビリティー・ドリブン・インベストメント)という手法を用いる年金ファンドは、デリバティブに絡む担保として差し入れていた英国債の価値の急落を受けて、追加の担保(保証金)の差し入れを迫るマージンコールに直面した。その資金を捻出するために、英国債を売却すれば、価格下落にさらに拍車がかかりかねず、そうした悪循環は年金基金の破綻にもつながるリスクがある。

こうした緊急の事態を受けて英国中銀は28日に、一時的な国債買い入れを開始することを決めた。従来、10月3日の週から国債を売却するとしてきたが、それを同月31日からに延期することも合わせて決めている。

英中銀は、物価の安定、為替の安定の観点から進めていた金融引き締め策を、金融市場、金融システムの安定の観点から一気に反転させ、一時的に金融緩和策の実施を強いられたのである。しかしそれは、政策が混乱しているとの印象を市場に与えてしまった。また、一時的に金融緩和に転じたことはインフレ懸念を高め、長期金利の上昇や通貨安を促すことにもなりかねない。

英国中銀の国債買い入れ策発表を受けて、28日の金融市場はひとまず落ち着きを取り戻したが、その持続性には大きな疑問が残る。実際、29日にはポンドは再び下落し、英国長期金利は上昇に転じている。

政府と中央銀行の足並みの乱れは日英で

今回の混乱は、英国政府と中央銀行とが目標の優先度を共有できず、足並みが揃っていないことに端を発している。中央銀行は物価の安定、為替の安定を優先して金融引き締めを進める一方、新政権は経済の安定を優先課題と考え、財源を決めずに大型減税策を発表した。その結果、財政の悪化懸念が長期金利の上昇とともに、通貨安も加速させたのである。そしてこうした市場の反応は、物価高や国内経済の悪化を助長するものだ。結局、政府、中央銀行ともに重視している目標の達成の障害となってしまっているのである。

政府と中央銀行においてお互いに整合的でない政策がとられているのは日本でも見られる現象だ。日本では英国と逆に、日本銀行にとっては為替の安定の優先順位は高くない一方、経済の安定をより重視しているため、金融緩和が維持され、円安が進んでいる。これに対して政府は、物価の安定の観点から為替の安定を重視する姿勢だ。為替の安定について、日本銀行と目標を共有できないことから、政府は円買いの為替介入の実施を決めたのである。

英国独自の問題か

英国では、新政権の経済政策運営に不確実性が高まっていた中で、政府が財政環境の悪化につながりかねない大型減税策を発表しことが、金融市場の混乱のきっかけになった。

欧州連合(EU)離脱による経済活動の打撃に、新型コロナウイルス問題、ウクライナ問題によって加速したエネルギー価格の上昇などが加わり、英国経済はかなり脆弱な状態に置かれている。さらにユーロを導入せずに単一通貨を維持したことで、ユーロに比べてポンドは、外的ショックに対してより脆弱な側面もあるだろう。

しかし、今回の英国金融市場の混乱を、こうした英国独自の要因で説明するのは誤りだろう。その底流にあるのは、米国の急速な利上げとドル高という世界的課題である。それが変わらない限り、他の国でも英国と同様の金融市場の混乱は起こりやすい。さらに、そうした市場の混乱は、英国同様に当局の市場への介入が引き金となる可能性があるだろう。

例えば、日本では、日本銀行が長期金利の上昇を力づくで抑え込む政策をしている。他方、政府は為替介入で1ドル145円を超えるドル高円安を回避する姿勢を示している。円も国債も売り込むことを封じられたグローバル投資家は、日本株売りを通じて日本売りを実現させ、利益を得ようとするだろう。

またドルベースで日本株に投資する海外投資家は、円安ドル高によってドルベースでの日本株の割高感が緩和されないことから、日本株を売却するかもしれない。こうして国債市場と為替市場とがともに当局の介入によって統制されている日本では、そのしわ寄せが株価の下落となって表れやすいのではないか。

今後他の主要国でも、為替介入による自国通貨安回避の動きが広がっていく可能性があるだろう。また英国のように、長期金利の上昇を抑えるために中央銀行が国債買い入れを強いられるかもしれない。しかしそうした市場介入が、新たな市場の混乱の引き金になりかねないのである。

国際協調でのドル高調整に向かうか

今後、各国では為替・物価の安定、経済の安定、金融市場・金融システムの安定を同時に満たす政策手段が見つからず、政策対応は行き詰まり感を強めていることが考えられる。その先には、市場の混乱の底流にある米国の利上げとドル高を見直すように、各国が結束して米国に働きかけるという動きが生じる可能性があるのではないか。

それは国際協調でのドル高修正、いわゆる「プラザ合意Ⅱ」に発展する可能性を秘めている(コラム「継続するポンド不安と各国政策の手詰まり感:国際協調に綻び」、2022年9月27日)。しかしそうした国際協調は、米国がドル高の弊害を自ら強く感じなければ成立しない。米国で物価上昇圧力が緩和される、景気の減速感が強まる、ドル高による輸出競争力の低下と対外収支悪化による潜在的なドル暴落のリスクが高まる、などが確認されて始めて、国際協調によるドル高是正の取り組みが始まるだろう。そうなれば、世界の金融市場は安定回復の手がかりを掴むことができるだろう。

しかしそこに至るまでにはなお時間を要することから、英国で見られたような金融市場の混乱は当面は他国にも波及していくことを覚悟しておかねばならないのではないか。

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