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岸田政権が3重点分野の経済対策策定へ:所信表明演説の注目点

2022/09/30

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臨時国会提出の経済対策に3つの重点分野

岸田首相は30日(金)の閣議で、補正予算編成を伴う経済対策の策定を指示する。10月末に具体化し、11月中に臨時国会に提出する方向だ。

これに先立ち29日の記者会見で岸田首相は、経済対策は、1)物価高・円安への対応、2)構造的賃上げ、3)成長のための投資と改革の3つが重点分野になると説明している。

このうち柱となるのは、1)物価高・円安への対応、だろう。2)構造的賃上げについては、既に実施した賃上げ促進税制の拡充のように、単に賃上げを促す施策ではなく、賃金が上がるための環境整備となるのではないか。他方、3)成長投資については、骨太の方針で示された、「新しい資本主義」実現のための重点投資と重なるものだろう。その多くは、来年度予算に組み込まれていくと考えられるが、そのうち、「人への投資」、「GX投資」などが前倒しで補正予算に盛り込まれることも考えられる。

政府は9月9日に、予備費を活用して、ガソリン補助金制度の延長、住民税非課税世帯への5万円の給付、電力・ガス・食料品等価格高騰重点支援地方交付金の創設からなる物価高対策を決めた。29日の記者会見で岸田首相は、これに追加される物価高対策を実施する考えを示したのである。

電気料金上昇対策で1年間の財政負担1.9兆円、消費押し上げ効果4,700億円

岸田首相は、電気料金高騰への対応を今回の経済対策の柱とする考えを示唆し、価格上昇の激変緩和制度を創設する考えを示している。岸田首相は、海外で原油価格は下落してきているが、天然ガスの価格はなお上昇しており、今後の電気料金に上乗せされる可能性があること、来年春以降の価格改定で、電気料金は一気に2~3割値上げされる可能性があること、を指摘した。

7月の消費者物価統計によると、家計の電気代は前年同月比で+21.5%である。岸田首相が指摘したように来年春の改定で再び値上げされれば、同程度の上昇率がその後も維持される可能性があるだろう。

今年1年間で二人以上世帯が支払う電気料金は15.0万円になると予想される。そして来年も前年比で+21.5%の電気料金の上昇が続くと仮定すると、家計の追加の支払いは1年間で3万2,250円となる。この追加の支払い分を政府が肩代わりをする形での補助金制度が創設されると仮定しよう。これに総世帯数の57,854,887戸(令和3年1月1日)を掛けると、補助金の総額は1兆8,658億円となる。これが政府の財政負担となる。また、過去の定額給付金の際の試算値に従い、この補助金(一時金)のうち25%が個人消費を刺激するとすれば、同制度がない場合と比べて個人消費は4,665億円増加し、年間のGDPを0.10%押し上げる計算となる。

以上は、電気料金値上げへの対策が1年間続く場合であるが、それが半年間の施策となる場合には、財政負担、経済効果ともに上記の半分の額となる。

為替の安定を通じた中長期の物価上昇懸念の緩和が重要

しかし、こうした物価高対策の効果は一時的でしかなく、その意味で対処療法の域を出ていないと言える。より抜本的な物価高対策となるのは、岸田首相が掲げた2)構造的賃上げ、である。

政府には、成長戦略の強化を通じて労働生産性、潜在成長率を引き上げる取り組みを積極化することを望みたい。その結果、賃金が先行き増加するとの期待が個人の間に高まれば、物価高が個人消費に与える打撃は軽減されるだろう。それは、物価高に対する経済の耐性を、構造的に強めることになる(コラム「岸田政権1年の経済政策レビューと課題」、2022年9月29日)。

そして、物価高騰が長期化するとの懸念を高めないことも、経済の安定の観点からは重要だ。それは、政府よりも金融政策が担うべき領域である。日本銀行が現在の硬直的な金融政策をより柔軟な政策に修正し、例えば長期金利の上昇を一定程度認めれば、物価高を助長する悪い円安が長期化するとの個人の懸念は緩和され、個人消費にプラスの影響を与えるだろう。政府の物価高対策よりも、こうした日本銀行の対応の方がより有効な物価高対策になるのではないか。

足元で原油価格が明確に下落する中、個人が警戒し始めているのは円安傾向が長く続くことを通じて、賃金上昇を上回る物価高が長期化してしまうことだろう。政府による為替介入のみで円安を食い止めることは難しい。日本銀行が為替の安定にも配慮して政策の柔軟化を進めることが加わって初めて円安を食い止める効果が出てくる。これが、政府の物価高対策よりも有効な物価高対策となるのではないか。

所信表明演説の注目点

ところで、10月3日に召集される臨時国会で、岸田首相は所信表明演説を行う。その中では、上記の電気料金上昇への対策を含めた経済政策全般について説明されるだろう。それ以外の経済政策では、成長産業に就業するための学び直しなどの人材育成に5年間で1兆円を投入する考えが示される見通しだ。「人への投資」は経済の潜在力を向上させ、ひいては賃上げにもつながる重要な施策である。

さらに、円安のメリットを生かし、訪日外国人の旅行消費額年間5兆円超達成も目指す見込みである。これは2019年の実績4.8兆円を上回ることを当面の目標として示すものだが、さらに将来を見据えたポストコロナの新たな、そして意欲的なインバウンド戦略の全体像を示して欲しい。

発足から既に1年経つものの、岸田政権は具体的な経済政策を多く打ち出せていない。年末に向けては、経済政策の具体化に最大限注力して欲しい。特に重要なのは、賃上げにもつながる経済の潜在力向上を実現する成長戦略である。しかし他方で、そうした施策が政府債務の一段の増加につながれば、将来の需要見通しを悪化させ、成長戦略の効果を損ねてしまうのではないか。

岸田政権には今回の経済対策に加えて、GX投資、防衛費増額などでしっかりと財源を確保し、中長期の財政健全化の方針を堅持して欲しい(コラム「岸田政権1年の経済政策レビューと課題」、2022年9月29日)。

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