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本格化する防衛力増強、防衛費増額と財源の議論

2022/10/03

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防衛力の抜本的な強化に向けた有識者会議がスタート

日本の防衛力の抜本的な強化を目指す政府が、その検討を本格化させている。「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」が9月30日に初会合を開いた。年末までに数回の会合を行い、2月上旬をメドに提言をまとめる。その議論は、年内に改定する「国家安全保障戦略(NSS)」、「防衛計画の大綱(防衛大綱)」「中期防衛力整備計画(中期防)」の3文書に反映される。さらに、「中期防衛力整備計画(中期防)」は来年度予算に反映される。

2013年に改定された「国家安全保障戦略(NSS)」、2018年に改定された「防衛計画の大綱(防衛大綱)」は概ね10年程度で改定されることが想定されている。また、「中期防衛力整備計画(中期防)」は5年間の計画だ。この3つを同時に改定することは、日本の防衛政策の大きな転機となることは間違いないだろう。有識者会議はその見直しのプロセスに国民目線を反映させる役割を担っている。

脆弱な継戦能力の向上と「敵基地攻撃能力(反撃能力)」の保有が焦点に

同会議の初会合に内閣官房国家安全局が提出した資料では、「国際秩序は深刻な挑戦を受けている」、「2025年には中国の軍事的影響範囲は西太平洋全体に及び、米中の戦力バランスも中国側に傾く」との見方を示し、国防上の危機感を強調している。

防衛力の抜本的な強化では、継戦能力の向上と敵のミサイル拠点をたたく「敵基地攻撃能力(反撃能力)」の保有が、2つの大きな焦点となる。弾薬は最大2か月ほどしかもたないといった試算があるうえ、精密誘導弾についても数日しかもたないとの指摘もあり、脆弱な継戦能力の向上が焦点となる。

また、「敵基地攻撃能力(反撃能力)」の保有は北朝鮮を念頭に置いたものだ。北朝鮮の弾道ミサイルを迎撃するには技術的に限界があることから、抑止力として浮上しているのが、この「敵基地攻撃能力(反撃能力)」の保有だ。8月末に公表した来年度予算案の概算要求で防衛省は、敵基地攻撃能力にも使える射程が長い「スタンド・オフ・ミサイル」の量産などを既に盛り込んでいる。

しかし攻撃するには、まず相手の着手を認定する必要があり、その前に攻撃すれば国際法違反の先制攻撃となってしまう、あるいは相手が先制攻撃と受け止めてさらに攻撃の度を増すリスクがあるなどの課題があり、実際の運用には大きな課題を抱えている。その中で、保有するだけで十分な抑止力を発揮できるのかが焦点となるだろう。

防衛費増額は数字ありきではなく省庁横断、官民協力が重要

岸田首相は防衛費の抜本的強化を打ち出す一方、「必要な防衛力の内容の検討、予算規模の把握、財源の確保を一体的かつ強力に進めていく」との3点セットを示してきた。単純に防衛費の積み増しを求める声も自民党内には強まる中、こうした方針は重要であり評価できる。

自民党内では、北大西洋条約機構(NATO)諸国が国防費予算をGDPの 2%以上とすることを目指していることを念頭に、日本でも防衛費を5年以内にGDP比2%以上とすることを求める声が強まっている。2022年度当初予算で防衛費はGDP比1%の5.4兆円だった。これを5年間でGDP比2%まで引き上げるには、単純計算で毎年約1兆円程度ずつ増額していくことが必要となる。

しかし数字ありきではなく、いかに効率的に防衛力を強化することができるかを検討すべきだ。岸田首相は「政府全体の資源と能力を総合的かつ効率的に活用した防衛体制の強化を検討する」と強調している。単純に防衛庁の予算を増額するのではなく、省庁横断で防衛力強化に取り組むために、各府省庁の関連費用を「国防関係予算」として創設することが検討されている。例えば防衛費の規模に関して、政府は海保経費や科学技術費、インフラ整備費などを含めた考え方を検討している。NATOの基準に従って、日本の海保に当たる沿岸警備隊にかかる費用も防衛費に含めることも検討しているのである。

「官民の研究開発や公共インフラの有事の活用」も検討されている。従来は行われてこなかった軍民両用(デュアルユース)である。有事に自衛隊が使いやすい空港、港湾などが想定されている。

与党内では、他省庁に計上されていた予算を防衛費予算に付け替えることで、防衛費を形だけ膨らませることになってしまうことを警戒する向きもある。しかし、省庁横断で、そして官民協力で防衛力強化に取り組むことにより、いたずらに予算が増加することを抑制しつつ、効率的な防衛力の向上を図ることは重要なことだ。

国債発行で賄えば経済の潜在力を低下させ将来の防衛力低下も

さて、防衛力強化、防衛費増額で大きな課題となるのはその財源の問題である。政府内では、法人税率引き上げによる財源確保、あるいはそうした財源の確保ができるまでの「つなぎ国債」の発行、あるいは通常の国債発行、などが検討されている。厳しい国際情勢を踏まえれば、防衛費の増額は一時的な措置となる可能性は低いことから、恒久財源を確保することが望まれる。

安易に国債発行で賄えば、それは将来にわたる国民への負担増となり、世代間の負担の公平性の問題以外に、将来の成長期待の低下を通じて、企業の設備投資の抑制などをもたらし、経済の潜在力を低下させる。それは、将来に向けての防衛力の強化という方針に逆行してしまうだろう。

また、財源の確保ができるまでの「つなぎ国債」で決着しても、結局は財源の確保ができずに、なし崩し的に通常の国債発行で借り換えられてしまう可能性もあるだろう。従って、当面は「つなぎ国債」で資金を賄うとしても、財源はしっかりと確定させておく必要がある。

法人税引き上げと個人所得税の引き上げの組み合わせも選択肢か

仮に年間5兆円規模の恒久財源を消費税率引き上げで確保する場合には、消費税率を2%ポイント引き上げる必要が生じる。

ただし増税による財源確保で、現在主に検討されているのは法人税の増税である。バイデン米政権が主導する形で、世界の法人税率引き下げ競争に歯止めが掛かってきたことが、その検討の背景にある。法人税収は2021年度に13.6兆円に達した。その税率は国と地方の実効税率ベースで29.74%である。5兆円の防衛費増額分を法人税率引き上げで賄う場合には、実効税率を37.4%まで8%ポイント近く引き上げることは必要な計算となる。これはおよそ20年前の水準まで法人税率を戻すことを意味するものだ。

ただし、国際的な税制の環境が変わって法人税率が引き上げやすくなったから、法人税率引き上げで防衛費増額分を賄う、つまり、取りやすいところから取るという発想は必ずしも妥当ではない。防衛力の強化で誰が利益を得るのか、という受益者を特定し、受益者に相応の負担を求めるとの考え方が重要なのではないか。有事の際に国内の生産施設や内外の物流施設が被害にあえば、企業活動に甚大な支障が生じる。この観点から、企業が相応の負担をするのは適切だろう。

他方で、防衛力の強化によって国民の生命が守られるのでれば、国民もその受益者であり、相応の負担を求められるべきではないか。東日本大震災後の復興特別税と同様に、法人税引き上げと個人所得税の引き上げの組み合わせで財源を確保することも、検討すべきではないか。

(参考資料)
「防衛力有識者会議、12月上旬メド提言 安保戦略に反映へ」、2022年10月1日、日本経済新聞電子版
「省庁横断「国防費」提言へ 首相「政府全体の能力活用」-政府内、財源に法人税案」、2022年10月1日、日本経済新聞電子版
「防衛費増、財源論が本格化 法人増税案、復興債が先例」、2022年10月1日、日本経済新聞
「安保戦略、有識者が初会合」、2022年10月1日、朝日新聞 
「防衛費、枠組み議題に 海保経費など一括算入で懸念」、2022年10月1日、産経新聞

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