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国内経済のリスクは物価高から世界経済悪化へ:為替・物価の安定に必要な金融政策の調整(日銀短観9月調査)

2022/10/03

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日銀短観(9月調査)で大企業製造業の景況感が予想外に低下

日本銀行は10月3日に短観(2022年9月調査)を発表した。物価高の逆風が続く中でも、全体として日本経済が比較的安定した状態にあることを示唆する内容となった。

ただし予想外だったのは、大企業製造業の業況判断DI(最近)が、予想に反して前回比ー1ポイントと小幅ながらも低下したことだ。低下は3四半期連続である。半導体不足の緩和で大幅な上昇が期待された自動車の業況判断DI(最近)は前回比+4ポイントと事前予想を下回った一方、業況判断DI(先行き)は+12ポイントと大幅な上昇が見込まれており、改善が後ずれした感がある。さらに、素材産業の業況判断DIが(最近)、(先行き)ともに下振れており、エネルギー価格上昇が製品価格に十分に転嫁できず、収益が圧迫されていることが景況感の悪化につながっているとみられる。

足元で鉱工業生産は回復傾向を見せているが、企業の生産活動よりも収益環境を反映する短観調査では、コスト増加の影響から収益見通しが厳しいことを今回の調査結果は反映しているのだろう。

全規模全産業の業況判断DI(最近)は改善

他方で、大企業非製造業の業況判断DI(最近)は予想に反して前回比+1ポイントと小幅ながらも改善した。2四半期連続での改善である。新型コロナウイルス問題の影響を受けやすい、対個人サービス、小売の業況判断DIが(最近)は低下する一方、宿泊・飲食サービスの業況判断DIが(最近)は上昇するなどまちまちとなった。また、エネルギー価格高騰分を価格転嫁できないことで、電気・ガスの業況判断DI(最近)は低下した。他方、通信、物品賃貸、運輸・郵便、建設、不動産の業況判断DI(最近)は上昇した。新型コロナウイルス「第7波」の影響は想定よりも小さかったと言えるだろう。

全規模全産業でみた業況判断DI(最近)は前回比+1ポイントと改善しており、全体としてみれば、日本経済は新型コロナウイルス問題を克服しつつあり、緩やかな改善傾向を辿っていると評価できる。設備投資計画でも全規模全産業の2022年度計画は、2.0%上方修正され前年度比+16.4%になるなど比較的堅調だ。

ただし全規模全産業の業況判断DI(先行き)は―2ポイントと下落しており、物価高や海外景気減速への警戒などから、企業の先行きの見通しは引き続き慎重だ。

企業の5年後物価見通しは物価目標の2%到達

業況判断DI以外で注目されたのは、販売価格・仕入れ価格判断DIである。前回調査では、上昇幅では販売価格判断DI(最近)が仕入れ価格判断DI(最近)を上回っており、価格転嫁が相応に進んでいることが示された。

今回の調査では、大企業製造業の仕入れ価格判断D(最近)Iは前回比0、価格販売DI(最近)は前回比+2と、ともに小幅な動きにとどまった。海外で原油価格が下落したことなどが影響し、コスト増加、製品価格引き上げの動きはやや弱まっている。

他方、今回の調査では、企業の物価見通しが大いに注目された。前回調査まで、全規模全産業の5年後の物価見通しは連続して引き上げられてきたが、今回の調査でさらに0.1%ポイント引き上げられ、日本銀行の物価目標である+2.0%に達したのである。ちなみに、1年後、3年後の物価見通しと共にすべて2%を上回ることになった。

これによって、「足元での消費者物価上昇率の上振れが一時的」との日本銀行の説明に対する疑問が高まり、物価高、円安が進む中で異例の金融緩和を維持する日本銀行の政策姿勢の正当性が改めて問われることとなるだろう。

コロナ問題を乗り越え国内経済は安定成長期に。大型経済対策は不要

今回の短観は、全体としては日本経済が比較的安定した状態にあることを裏付けたと評価できる。日経センターのESPフォーキャスト9月調査によると、7-9月期の実質GDPの予測平均値は、前期比年率+1.5%と、4四半期連続のプラス成長が予想されている。2020年初め以来、日本経済は新型コロナウイルス問題に振り回され、感染が拡大するたびに実質GDPは前期比マイナスへと繰り返し陥っていた。

しかし、新型コロナウイルス「第7波」のもとでも、足元ではプラス成長が維持されており、日本経済はようやく新型コロナウイルス問題を乗り越えつつある。当初予想されたような、感染収束後のリベンジ消費のような強い回復は見られないが、安定した成長ペースが続いているのである。

ところで10月3日に召集される臨時国会で、政府・自民党は補正予算の編成を通じた物価高対応の大型経済対策の実施を決めることが見込まれる。しかし、足元の経済状況が比較的安定している現状では、そのような大型経済対策は必要ない。また、実施されたとしてもその効果は一時的であり、物価高に対する根本的な対策とはならないだろう。

円安進行は中長期の物価高懸念を高め国内経済のリスクに

政府には、成長戦略の強化を通じて労働生産性、潜在成長率を引き上げる取り組みを積極化することが望まれる。その結果、賃金が先行き増加するとの期待が個人の間に高まれば、物価高が個人消費に与える打撃は軽減されるだろう。それは、物価高に対する経済の耐性を構造的に強めることになり、より持続的な物価高対策になる。

さらに、物価高騰が長期化するとの懸念を高めないことも、経済の安定維持の観点からは重要だ。それは、金融政策が担うべき領域である。

2%を超える現在の物価上昇率は、賃金上昇率を大きく上回っており、個人消費には逆風である。賃金上昇率を決める日本経済の潜在力、いわゆる日本経済の実力に照らして、現在の物価上昇率は高すぎる状況だ。この状態がさらに続けば、消費者の物価上昇率見通しはさらに上振れ、個人消費は一気に悪化する可能性がある。日本銀行の金融緩和姿勢の下、円安傾向が今後も続くことで物価高は長期化してしまう、と消費者は心配しているのではないか。原油価格が下落しているもとでは、個人は円安に根差した物価上昇のリスクにより注目している。

こうした状況の下では、金融政策を通じて、さらなる物価上昇を食い止め、個人の物価上昇率見通しが一段と高まることを防ぐ、というメッセージを中央銀行が送ることが求められる。米国で行われているような急速な金融引き締め策を日本で実施することは現実的でないが、物価の安定回復に向けた意思を日本銀行が改めて示すことが、経済の安定維持には必要だろう。

日本銀行が現在の硬直的な金融政策をより柔軟な政策に修正し、例えば長期金利の上昇を一定程度認めれば、物価高を助長する悪い円安が長期化するとの個人の懸念は緩和され、個人消費にプラスの影響を与えるだろう。しかし、実際のところは、来年4月まで続く黒田総裁のもとでは、日本銀行が政策を正常化することはもとより、柔軟化を意図した調整を行う可能性も低い。

為替介入と日本銀行の金融政策の調整のポリシーミックスが有効に

日本銀行が頑として金融緩和姿勢を修正しない中、物価高を助長する円安進行を食い止めるため、政府は24年ぶりとなる円買いの為替介入に踏み切った。しかし、単独での円買い介入の効果は限られるだろう(コラム「政府が円買いの為替介入を実施:効果は限られ時間稼ぎの政策に」、2022年9月22日)。

日本がこの先、為替介入と金融政策の組み合わせを通じて為替の安定を確保することを目指すのであれば、金融政策は、為替の安定により配慮した形へと修正する必要がある(コラム「為替安定のため他国は金融政策の自由度を制限、日本は為替介入」、2022年9月26日)。為替の安定を通じた経済の安定確保という観点からは、為替介入と為替の安定により配慮した柔軟な金融政策の組み合わせこそが、望ましいポリシーミックス(政策の組み合わせ)である。

しかし実際には、日本銀行が為替の安定に配慮した柔軟な政策姿勢に転じる可能性は当面のところは低い。この結果、円安進行が物価高、あるいは物価高の長期化懸念を通じて日本経済の逆風となる状況はなお続くだろう。

世界は利上げ競争、通貨競争の様相に

世界経済の減速見通しを受けて、原油など商品市況には下落傾向が見られ始めている。この点から、歴史的な物価高は今後緩やかに鎮静化していくことも見込まれるところだ。

しかしそれが、世界経済の安定化に直ぐに結びつくことはないだろう。米連邦準備制度理事会(FRB)は、物価高を定着させない強い覚悟で政策運営に臨んでいる。そのため、景気減速の兆候が広がり、また物価上昇圧力が多少和らぐ兆候が見られても、容易には金融緩和に転じないだろう。あるいは、金融緩和に転じてもそのペースは緩やかとなりやすい。そうした過程で、米国経済は一段と下振れることになるのではないか。

他方、物価高を助長してしまう自国通貨安に何とか歯止めをかけようと、各国は躍起になっている。日本を除く主要国は、米国の急速な利上げに懸命に付いていくことで、対ドルでの自国通貨安を食い止めようとしている。

しかし多くの国、特に欧州の国々は、米国よりも景気情勢が厳しい。そうした中で米国の急速な利上げに追随すれば、国内景気は犠牲となってしまう。一方で、金融引き締めを控えて通貨安を容認すれば、それがもたらす物価高によって、やはり国内経済に打撃が及ぶのである。各国の政策は、ディレンマに直面しているのだ(コラム「継続するポンド不安と各国政策の手詰まり感:国際協調に綻び」、2022年9月27日)。

世界経済に同時不況入りのリスク

そこで金融政策を為替の安定に充てる一方、財政政策を国内景気の支援に充てるという「金融引き締めと財政拡張のポリシーミックス」を各国が検討するのは自然なことだろう。しかし、それがまさに裏目に出てしまったのが英国である(コラム「円急落から英ポンド急落へ:にわかに不安定化する世界の金融市場」、2022年9月26日)。英国の失敗によって、他国でも財政出動による安易な景気刺激策が封じられた感もある。日本でも巨額な補正予算編成に一定程度の制約要因となるのではないか。こうして、政策の手詰まり感が世界規模で一気に強まっている。

このような状況のもとで、先行きの世界経済は悪化し、世界同時不況入りの可能性も高まっているように思われる。今回の短観調査でも示されたように、日本経済は現在のところは比較的安定している。しかし、海外経済が悪化すれば、日本経済だけが安定した状態を続けることはかなり難しい。

日本経済にとってのリスクは、当面のところは物価高であるが、来年にかけては世界経済の悪化による輸出の急減速へと次第に転じていくことになるだろう。

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