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低金利下で長らく覆い隠されてきた欧州主要銀行の問題が金利急上昇で表面化:抜本的改革先送りのつけか(クレディ・スイス問題)

2022/10/05

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クレディ・スイスはリストラの好機を逃がしたか

金融市場の注目を集めているクレディ・スイスについては、10月27日に7-9月期業績と同時に発表する再建計画を巡る不透明感が、様々な思惑と共に足元での株価下落、CDSスプレッド上昇の主な背景となっている(コラム「クレディ・スイスが市場で厳しい評価に晒される」、2022年10月4日)。

同社が今年7月に公表した2022 年第 2 四半期の業績は、3四半期連続での最終赤字となった。業績の低迷は、特に投資銀行部門で際立っている。同社は業績発表と共に、投資銀行部門の抜本改革、コストベースの155 億スイス・フラン未満までの削減といった方針を示した。さらに、CEO(最高経営責任者)を交代して、経営の立て直しに向けた強い意志を示したのである。

このような経緯から、10月27日に示される予定の再建計画の大まかな概要については既に予想されているところだ。大規模なコスト削減、投資銀行部門の大幅なリストラ、資産運用部門の強化などである。

多額損失を計上した投資銀行部門については、3つに分割するリストラ策が検討されている、などの観測もある。そのなかで特に注目されているのは、「リストラの費用を資産売却でどの程度賄うことができるか」である。

投資銀行部門で売却の候補の一つとされるのが、証券化商品のトレーディングを手掛ける仕組み商品関連事業である。ブルームバーグ社によれば、BNPパリバなどがその購入に関心を示したともされるが、問題は足元での急激な金利上昇によって仕組み商品の価値が下がる中、事業全体の価値も揺らいでいることだ。

そのため、現在の環境で買い手が見つけられるか、あるいは売却できても十分な代金を得られるかどうかが不確実となっているの。金利が大幅に上昇する前の低金利下であれば、資産売却でリストラを進めることがより容易であったはずだ。同社は抜本的な改革の好機を逃してしまったのではないか。

自己資本の穴埋め手段、増資の有無に対する不確実性

クレディ・スイスの再生計画、リストラに必要な資金の規模については、40億スイスフラン、39億ドル(約5,600億円)程度が市場のコンセンサスとなっている。他方、リストラに必要な資金は60億スイスフラン程度に達する一方、資産売却で賄うことができるのはそのうち20億スイスフランほどであり、残り40億スイスフラン程度を捻出しなければ自己資本に穴が開くことになる、との分析もある。

ただし、新規の株式発行でそれを賄えば、希薄化によって既に急落している株価にさらに下落圧力がかかる。そうした市場環境の下では、そもそも増資は難しいと言える。他方で、仮に約束した大幅なリストラの実行を見送れば、同社に対する市場の評価は一段と低下し、信用不安がさらに広がるため、それは現実的な選択肢ではない。

再建計画を前倒しで発表し、リストラの費用、資産売却益、増資の有無、適切な自己資本比率の維持などについて明確に説明することができれば、同社に対する市場の厳しい見方も緩和されるだろう。それができないのであれば、混乱は長期化するのではないか。

自己資本の水準、流動性には問題がないように見えるが

それでも、同社が容易に深刻な資本不足に陥るようにも見えない。同社の自己資本は370億スイスフランあり、自己資本比率は普通株式等ティア1(CET1)で13.5%(6月末時点)と、国際的な規制で定められた最低要件8%で、スイス当局が要求する10%程度よりもかなり高い。また、UBS、HSBC、Deutsche Bank、BNP パリバなどと同程度でもあり、問題のない水準だ。

さらに、同社は弁済順位が低いAT1債を多く発行している。これは、銀行が危機に陥った際に最初に元本毀損リスクが生じる、株式に近い性格を持つものだ。それは自己資本に計上されるため、AT1債を含めた自己資本比率は20%弱にまで達する。同社の資本はかなり厚い状況と考えられる。

また、市場では同社の資本不足とともに流動性不足も懸念されている。市場での評価が厳しさを増す中で、同社の資金調達に支障が生じれば、債務の返済が難しくなるのではないかとの懸念である。

しかし同社の流動性カバレッジ比率(Liquidity Coverage Ratio(LCR):流動資産÷1カ月のストレス期間に必要となる流動性)は191%とバーゼルIIIで求められる100%以上という基準を大幅に上回っているのである。

このような数字を踏まえると、同社の資本や流動性に関する金融市場の懸念は行き過ぎているようにも思われる。

ただし、同社の株式の時価総額が足もとで100億ドル程度にまで低下し自己資本の370億スイスフラン、363億ドルを大幅に下回っている点には留意が必要だ。PBR(株価純資産倍率:株価÷一株当たり純資産)は0.2程度と、欧州の他の主要国と比べてかなりの低水準となっている。

金利上昇を受けて同社の資産価値が大きく毀損されており、これが自己資本の毀損につながる潜在的なリスクを市場が織り込んでいる可能性が考えられる。この点から、まだ表面化していない潜在的な損失が存在し、今後顕在化する可能性にも、引き続き注意を怠ることはできないだろう。

さらに、足元ではクレディ・スイスの株価下落やCDSスプレッドの上昇が特に目立っているが、その他の欧州の主要銀行についても、同様の傾向がみられることから、クレディ・スイスに対する市場の厳しい評価は、欧州銀行全体の評価を反映している面があると言えるだろう。

超低金利環境下で先送りされてきた欧州銀行の抜本的な改革

2008年のリーマンショック(グローバル金融危機)で大きな打撃を受けた欧州の銀行は、それから10数年が経過してもなお、本当の意味では立ち直ってはいないのではないか。しかし、リーマンショック後、世界的に進んだ超低金利環境のおかげで、抜本的な改革を先送りしながらも、欧州の銀行は延命できてきたように思われる。

超低金利の環境は利ザヤの縮小を通じて商業銀行業務には大きな逆風となったが、他方でそれは金融市場に活況をもたらし、投資銀行業務、資産運用業務には追い風となっただろう。ユニバーサル・バンキング制度の下、欧州の銀行はそうした超低金利の恩恵にも浴すことができたのではないか。

そうした追い風が、欧州の銀行の抜本的なリストラを先送りさせてきた面がある。そして、足元での金利の急上昇を受けて、今まで隠れていた問題が一気に表面化した、というのが、今回のクレディ・スイスの問題の本質なのではないか。

世界的な金利急上昇下で欧州地域が最も脆弱

次の焦点となるのは、クレディ・スイスに代表される欧州の金融機関の経営不振問題を受けて、欧米の中央銀行が利上げのペースを緩める可能性があるかどうかである。そうなれば、長期金利の上昇は止まり、また欧州経済の先行きも改善することで、銀行経営にも追い風となるだろう。

ただし、米連邦準備制度理事会(FRB)が利上げペースを変えなければ、欧州の中央銀行も利上げペースを調整するのは難しいだろう。物価高を助長する自国通貨安を回避するために、欧州の中央銀行はFRBの急速な利上げについていくしかないのが現状なのである。

そしてFRBが政策姿勢を変えるためには、欧州の金融システム不安がかなり深刻度を増すことが必要となる。現状は、そこまでにはなお距離があるといえる。そのため、欧州の銀行が、FRBの政策の修正、欧州の中央銀行の政策の修正によって救われることは、ごく近い将来では期待できないのではないか。

それでも、将来的にはそのようなシナリオも十分に考えられるところだ。各国による急速な利上げが続く中、その弊害が経済、金融両面に最も顕在化しやすい脆弱地域は欧州なのである。クレディ・スイスの経営不振問題も、今後は他の欧州主要銀行へも広がりを見せていくのではないか。

(参考資料)
"Credit Suisse: strife edge, Lex.", Financial Times, October 4, 2202
"Riddle over scale of Credit Suisse capital hole", Financial Times, October 5, 2202
"Credit Suisse's Options Worsen as Markets Mayhem Takes Toll(クレディSの選択肢、厳しさ増すか-CDSスプレッド上昇や株安)", Bloomberg, October 4, 2022

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