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人への投資、リスキリングと労働市場の流動化

2022/10/14

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人への投資は「新しい資本主義」の柱

政府は10月末に総合経済対策を策定し、11月中に臨時国会で関連する補正予算を成立させる考えだ。総合経済対策は、(1)物価高・円安への対応、(2)構造的な賃上げ、(3)成長のための投資と改革、の3分野が柱となる。

4日に開かれた「新しい資本主義実現会議」では、総合経済対策などに反映する重点事項が提示された。その中でも「人への投資」に重点が置かれている印象である。岸田首相は、「人への投資は『新しい資本主義』の柱」と説明している。現在、政府は3年間で4,000億円規模の人への投資強化策を実施しているが、これを5年間で1兆円の施策パッケージに拡充すること、デジタル人材の育成目標を、現在の100万人から2026年度までに330万人に拡充することなどが打ち出された。

さらに岸田首相は、12日に開かれた日本経済新聞社・日経BP主催のシンポジウムで、人への投資、リスキリング(学び直し)について、新たに方針を示している。そこで示されたのは以下の3本柱である。
①企業間・産業間の労働移動円滑化に重点を置いて非正規雇用を正規雇用に転換する企業や、転職・副業を受け入れる企業への支援を新設・拡充する
②在職者のキャリアアップのための転職支援に向け、民間専門家に相談してリスキリング・転職までを一気通貫で支援する制度を新設する
③労働者の訓練などを支援する企業への支援金の補助率引き上げなど、企業による在職者のリスキリング支援を強化する

リスキリングと労働移動の円滑化を両輪で進める必要

ここで注目されるのは、③の人への投資に対する企業支援の強化よりも、①、②で転職など労働移動の円滑化を支援することに、より重点が置かれていることだ。6月にまとめられた骨太の方針では、労働移動の円滑化、労働市場の流動化に関する記述は控えめであったが、それ以降、政策の方針に変化があったのだろう。

岸田首相はシンポジウムで、「賃上げが高いスキルの人材を引き付け、企業の生産性向上につながり、さらなる賃上げを生むという好循環を機能させていく。そのためにはリスキリングと労働移動の円滑化を両輪で進めていかなければならない」と発言している。

新たな技能は、第1に教育の場で習得されていくことが期待される。しかし、社会が必要とする新たな技能を身に着けた学生を教育現場が輩出するまでには時間がかかり、社会と教育との間のミスマッチが長期化しやすい。現状でも、必要とするIT人材を企業が十分に確保することは難しく、深刻なIT人材不足が生じている。こうした点を踏まえると、企業が自ら人への投資を強化して、従業員に新たな技能を習得させることがどうしても必要となる。

企業が従業員の学び直しを支援することは、労働者の質を高め、その企業の収益拡大、成長を後押しすることにつながる。しかしその場合には、従業員が新たに学んだことを十分に生かしきれず、日本経済全体の産業構造の転換や生産性向上に大きく貢献しないだろう。そこで、岸田首相が指摘するように、リスキリングと労働移動の円滑化を両輪で進める必要がある。

ただし、企業が支援してリスクリングを実施した従業員が他社に転職してしまうと、企業が投資した資金は回収できなくなってしまう。そうしたリスク(外部性)を踏まえると、企業は人への投資に慎重になり、いわゆる社会全体にとって適正な水準に対して、人への投資が過少となってしまう。そのため、財政資金で企業の人への投資を補助することは必要である。

長年の課題である労働市場の流動化は日本で進むか

産業構造の高度化を進める際に、日本の低い労働市場の流動性がその障害になっている面がある。他方、労働市場の流動化を促す政策については、「失業増加につながる」と、慎重な意見が労働界を中心に根強く、今までの政権は労働市場の流動化を中核とする本格的な労働市場改革を実現できていない。

岸田政権が労働市場改革に果敢に取り組むのであれば、それは是非支持したい。金銭補償を伴う解雇規制の緩和なども、今後検討されていく可能性があるだろう。

他方、失業という痛みを伴わない形での従業員の円滑な転職の仕組みも検討されるべきだ。例えば、新型コロナウイルス問題によって事業が一時的に縮小した航空業界は、全く別の業種に従業員を一時的に出向させた。例えば、客室業務員がその技能を生かして、マナーや英語の講師になるようなケースである。

政府が企業の連携を促し、従業員の技能、適性を見ながら、出向にとどまらず本人の意向を踏まえて企業間で転籍を進めていくことも、円滑な労働市場の流動化を促す策となろう。それが、産業構造の高度化、生産性向上をもたらし、さらに賃金上昇につながっていくことが期待される。

リスキリングと労働移動の円滑化を両輪として進めていく政策について、今後どのような具体策が打ち出されるのか大いに注目しておきたい。

(参考資料)
「転職・副業で受け入れ先支援 首相表明、学び直し拡充 成長産業に移動促す」、2022年10月13日、日本経済新聞
「岸田首相の「日経リスキリングサミット」での発言要旨」、2022年10月12日、日本経済新聞電子版

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