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英国の金融混乱はグローバル金融不安の前触れか

2022/10/18

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イングランド銀行が国債買い入れを再び強いられる可能性も

イングランド銀行(中央銀行)は10月14日に、国債買い入れ策を予定通りに打ち切った。英トラス政権の大規模減税策発表をきっかけに9月下旬に国債利回りが急上昇したことを受け、イングランド銀行は金融市場の安定回復に向けた緊急措置として国債買い入れを時限措置として再開していた(コラム「英国金融市場の混乱は他国にも飛び火か:米国利上げとドル高が底流に」、2022年9月29日)。

金融市場の不安定な動きが続く中でもイングランド銀行が予定通りに国債買い入れの打ち切りを決めたのは、物価安定に対する強い意志を示すためだ。そもそもイングランド銀行が金融引き締めを続け、国債の売却を決める中、国債買い入れ策を実施することは矛盾した政策だったと言える。イングランド銀行は、「物価の安定」と「金融システム」の安定という2つの目標を同時に達成することを目指すが、それは極めて難度が高い政策である。

イングランド銀行が国債買い入れの打ち切りを決めたことを評価して、ポンドは持ち直している。しかし、金融市場の混乱によって、イングランド銀行が国債買い入れを再び強いられる可能性は残っているだろう。

混乱の震源地となったLDIとは何か

英国金融市場の混乱の震源地となったのは、年金基金が採用している年金負債対応投資(LDI:Liability Driven Investment)である。大手ではバンク・オブ・ニューヨーク・メロン(BNYメロン)傘下のインサイト・インベストメント、ブラックロックなどがそれを担っているとされる。

これは、将来の年金支払額(負債)の見込みに運用収入(資産)が見合うように、債券を中心に運用する仕組みである。年金基金はその一環でデリバティブを活用して、変動金利を支払う一方、英国債利回りに連動する固定金利を受け取る金利スワップを行う。LDIの2021年の運用規模(想定元本ベース)は1.6兆ポンド(約260兆円)と、10年間で約4倍にまで増えていた。

さらに多くの基金はリターンを増幅させるために2~4倍のレバレッジ(英国債を担保にした借り入れ)を使い、ポジションを最大で7倍まで増やしたとされる。この戦略の下では、長期国債利回りが上昇しなければ利益を得られ、低下した場合はさらに大きな利益を得られる。

ところが、国債利回りが大きく上昇したことで年金基金のLDIのデリバティブの評価損が一気に膨らんでしまった。米JPモルガンは、英年金基金のLDIのデリバティブの評価損が8月上旬以降で最大1,500億ポンド(25兆円)に達したと推計する。

さらに、年金基金は取引相手方の金融機関からマージンコール(追加担保の差し入れ要求)を迫られた。そのため、保有する国債などを換金売りせざるを得なくなり、それが国債利回りの上昇を加速させ、追加のマージンコールを迫られる、という悪循環に陥ってしまったのである。

想定外の利回り上昇で引き起こされた混乱

イングランド銀行は、かつてこのLDIという投資戦略にお墨付きを与えてしまった可能性がある。イングランド銀行が2018年11月に発表した金融安定報告書では、年金基金やヘッジファンド、保険会社といった「ノンバンク」のレバレッジに関する分析が示された。イングランド銀行は、マージンコールがノンバンクの換金売りを通じて、金融市場で大きな価格変動を引き起こすことを警戒していたのである。

ただしこの分析では、「金利が1日あるいは1週間で1%ポイント上昇した場合でも、換金売りの額は市場全体に占める割合は小さい」と結論づけられた。また、「ポンドの10年物スワップレートがそのような上昇を見せたことは、1990年以降で1度もなく、1か月単位で見ても、1,000回に1回の確率でしか起きないだろう」とされた。

こうした分析によっても背中を押され、LDIのポジション(想定元本ベース)は急増したのである。またそれが間接的に国債利回りに下押し圧力をもたらし、投資家の低金利予想が自己実現するのを後押しした、とも言えるだろう。

ところが国債利回りが1週間で1%ポイントの上昇どころか、英政府が減税を発表した9月23日の前後の数日間は、英国債利回りが1日に最大1.27%ポイントも変動したため、今回、予想外の市場の混乱が引き起こされたのである。

イングランド銀行は金融安定報告書で示した結論を、今では後悔しているだろう。イングランド銀行は現在、年金基金にLDIを解消することを強く求めているが、年金基金は巨額損失が確定することを恐れて、解消をためらっているようだ。そうした中、国債利回りの上昇が再びマージンコールと換金売りを引き起こし、金融市場が混乱するリスクが残されているのである。

LDIの換金売りの影響は海外にも

LDIの換金売りの影響は、英国内にとどまらない。換金売りの対象は米国の国債、CLO(ローン担保証券)、ハイイールド債(投機的格付け債)などにも及んでいる模様であり、既に世界の金融市場を揺るがす事態となっている。かつて「CLOの鯨」として知られた農林中央金庫は、英債券相場の下落に伴い英国の年金基金がマージンコール(追加の担保・保証金請求)への対応や資産の処分売りを迫られる不安定な状況を受け、米国と欧州で新発CLOの買い入れを当面停止した、とブルームバーグ社が17日に報じている。

1998年の秋頃に発生した、アメリカの大手ヘッジファンドLTCMの破綻による金融危機は、LTCMあるいは他の金融機関が揃って、米国債の利回り上昇に賭けたポジションを築く中、実際にはアジア通貨危機、ロシア危機などをきっかけに、市場でリスク回避の傾向が強まり、米国債の利回りが低下したことがきっかけとなった。今回は逆に、国債利回りの低下に賭けたポジションが裏目に出て、英国年金基金に大きな損失をもたらし、金融市場を混乱させたのである。

英国年金基金に限らず、世界の金融機関の中には国債利回り低下が続くとの見通しに基づいてポジションを形成してきたところが多くあるはずであり、そのため、足元の国債利回りの急上昇でポジションが相当傷ついた金融機関は、世界に多くあるのではないか。今後それらが表面化してくる可能性があるだろう。

さらにこの先は、国債利回りの急上昇に加えて世界経済の急減速による信用リスクの上昇が、世界の金融市場、金融機関に第2波の大きな打撃を与える可能性があるだろう。安定した経済の下、信用リスクが上昇しないことにかけて、CLO、ハイイールド債など高リスクの商品を買い進めてきたノンバンクが米国を中心に多いとみられるためだ。

LDIを震源とする今回の英国金融市場の混乱が、グローバル金融危機の引き金になると考えるのは現時点ではまだ悲観的過ぎるだろうが、今後次々と表面化していく世界の金融不安の前触れになった可能性は十分に考えられるところだ。

(参考資料)
"As Bond Investors’ Bets Blow Up, They Might Usher In Era of Higher Rates(債券投資家は戦略破綻、高金利時代の到来か)", Wall Street Journal, October 14, 2022
「くすぶる英国発の金融不安、世界が警戒」、2022年10月15日、日本経済新聞電子版
「LDI(債務連動型運用) 英国年金で採用拡大(きょうのことば)」、2022年10月15日、日本経済新聞

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