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異例尽くめの為替介入の背景には何があるのか

2022/10/26

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今回は異例な為替介入

過去の例に照らすと、今回の政府の為替介入は異例である。第1に、過去には一度為替介入を実施すると、連日のように為替介入を繰り返すことがしばしば見られた。しかし今回は、9月22日に初回の為替介入を実施した後、少なくとも大規模な為替介入の実施は10月21日までほぼ1か月間見送られたことだ。その間、円安は大きく進行していたにも関わらず、である。

第2に、9月22日以降は、為替介入実施の事実を当局が明らかにしていないことだ。当局が実施の事実を明らかにしないタイプの為替介入は「覆面介入」と呼ばれる。その狙いは、当局の姿を明らかにしないことで、市場を「疑心暗鬼」に陥れ、恐怖心を煽ることで為替の動きを封じることだ。

例えば、短期間で大幅に円高に振れた場合、それが為替介入の影響であることが明らかな場合には、市場関係者にとってはむしろ安心である。先行きドル高円安を見込む市場関係者にとっては、当局の為替介入でドル安円高となれば、それはドル買いの絶好の「買い場」となる。そのため、多くのドル買い円売りが集中して、むしろ為替介入前よりもドル高円安が進んでしまうこともある。

ところが、政府が為替介入の事実を明らかにしないと、その円高の動きが為替介入によるものか、あるいは確認できていない別の要因によるものかが分からない。そこで、市場関係者は怖くてドル買い円売りを進めることができなくなり、結果的に円安の流れに歯止めが掛かることもある。これが、「覆面介入」のメリットである。

ただし、今回は、10月21日の為替介入のように、その規模が大きく、為替介入の実施が明らかであるため、「覆面介入」のメリットは生じない。それにも関わらず、当局がその事実を認めないのは、過去の「覆面介入」とは明らかに性格が異なる。

その理由は定かではないが、今回の介入が日本政府による単独介入であり、他国、特に米国からは快く思われていないことが背景にあるのではないかと推察される。

イエレン米財務長官が知らされていなかった為替介入

10月24日のブルームバーグの報道によると、イエレン米財務長官は「日本が行った為替介入について知らされていない」、「かつては、為替の過度の変動を懸念した為替介入の実施については、知らされていた」と述べている。

9月22日の為替介入については、米財務省は事前に知らされていたと考えられるが、今回は、米国市場での為替介入であったにもかかわらず、日本政府は米財務省に知らせていなかったことになる。この点を踏まえると、21日の為替介入は、米当局に委託した為替介入ではなかったことになる。

通常、海外市場での為替介入は海外当局に委託する「委託介入」であるが、今回は日本の当局が直接海外市場で為替介入を行ったことになる。それは異例であるばかりでなく、実務上も困難を伴ったのではないか。

自国市場に他国の当局が直接介入し、それを事前に米財務省が知らされていなかったとしたら、米財務省はかなり不満に感じていることだろう。

先進国は為替介入を良しとしない

日本が9月22日に為替介入を実施した際に、米財務省は「日本の行動は理解する」とだけコメントした。批判はしなかったが、為替介入を快くは思っていない、とのニュアンスも感じられた。

日本の9月22日の為替介入は事前に米国に伝えていたであろうが、米国が完全にそれを了承する前の段階での、日本側の見切り発車だったのではないか。今月ワシントンで開かれたG7財務相・中央銀行総裁会議の前に鈴木財務大臣は、「米国には日本の為替介入について理解してもらっている」と曖昧な表現をしたことからも、その点はうかがえる。

その後、為替介入を巡って日米は微妙な緊張感を続けたが、事前通知のない米国市場での為替介入によって、日米当局の関係は悪化してしまったことも考えられるところだ。

先進国は基本的には為替介入を良しとしない。為替は市場が決めるものであり、そこに人為的に介入するのは市場メカニズムを歪め、弊害が大きいと考えるからだ。また、新興国では為替介入を経常的に実施している国もあるが、先進国は新興国の手本となるためにも、為替介入は極力控える、というのが先進国の姿勢だ。

日本はG7での合意の精神を遵守する姿勢

また今月のG7での声明文には、「2017 年 5 月に詳述された我々の為替相場のコミットメントを再確認する」との文言が盛り込まれた。2017年5月のコミットメントとは、以下のG7声明文の文言である。

「我々は、為替レートは市場において決定されること、そして為替市場における行動に関して緊密に協議することという我々の既存の為替相場のコミットメントを再確認する」、「我々は、すべての国が通貨の競争的な切下げを回避することの重要性を強調する。我々は、為替レートの過度の変動や無秩序な動きは、経済及び金融の安定に対して悪影響を与え得ることを再確認する」

為替介入は原則として認められないが、「為替レートの過度の変動や無秩序な動き」を抑えるためであれば、例外的に認められる、という認識だろう。

制約の多さが招く異例の為替介入

日本の当局は、米国などの十分な理解を得れないまま為替介入を実施しているが、さらなる批判や関係悪化を避けるために、このG7の合意を順守していることを強くアピールしているのだろう。本音のところでは、物価高を助長する円安の流れを止めたいと考えていても、その考えを明らかにすることは控えて、あくまでも「為替レートの過度の変動や無秩序な動き」を抑えるための為替介入、という姿勢を堅持しているのである。その結果、緩やかに円安が進行する局面では為替介入が実施できず、短期間で大きく円安に振れるタイミングでしか、為替介入が実施できないのではないか。

また、海外当局の協力を得られないことから、為替が大きく変動しても、海外市場での為替介入実施のハードルが高い。そして、為替介入に否定的な米国に配慮して、為替介入の事実を直ぐには明らかにすることを控え、その結果、「覆面介入」となっているのではないか。

このように、米国あるいは他の先進国から快く思われてない為替介入を日本の当局が実施しているために、今回の為替介入には様々な制約が生じ、それが異例尽くめの為替介入となっているのではないか。そして、そうした制約があることで、基本的には為替介入の効果が従来よりも発揮されにくくなっているだろう。

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