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防衛費増額の負担は現役世代で広く分かち合うべき(防衛力強化の有識者会議報告書)

2022/11/24

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報告書と防衛3文書

政府の「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」は11月22日に、報告書を岸田首相に提出した。政府はこれに基づいて、国家安全保障戦略などの防衛3文書を年末に策定する。防衛3文書とは、国の安全保障政策に関する「国家安全保障戦略」、「防衛計画の大綱(防衛大綱)」、「中期防衛力整備計画(中期防)」の3文書を指す。外交・防衛政策を中心にした基本方針を規定する「国家安全保障戦略」は2013年に策定され、今回が初めての改定となる。

今回策定される防衛3文書には、防衛力の抜本的強化、「反撃能力」の保有、米国依存から脱する独自の自衛力強化、などが盛り込まれ、日本の防衛政策の大きな転換点を示すものとなるだろう。他方で、報告書では、防衛力強化の財源についての議論を展開している点が大きな特徴である。

防衛関連の予算の組み換えも視野か

報告書は、第1章「防衛力の抜本的強化について」、第2章「縦割りを打破した総合的な防衛体制の強化について」、第3章「経済財政の在り方について」の3部構成となっている。

第1部の「防衛力の抜本的強化について」では、注目される「反撃能力」について、「我が国の反撃能力の保有と増強が抑止力の維持・向上のために不可欠である」とし、「国産のスタンド・オフミサイルの改良等や外国製のミサイルの購入により、今後5年を念頭にできる限り早期に十分な数のミサイルを装備すべきである」と言い切っている。ただし、「反撃能力」の保有によって、本当に国民の安全が高まるのかについては、引き続き議論が必要なのではないか。

第2部の「縦割りを打破した総合的な防衛体制の強化について」では、総合的な防衛力体制の強化のために、関係府省が連携する新たな仕組みの構築を主張している。研究開発、公共インフラ、サイバー安全保障、国際的協力の4つの分野について、「総合的な防衛体制の強化に資する経費として計上・把握する」としている。4分野について、新たに「防衛関係費」として計上すること以外に、既に各省庁に横断的に計上されている予算を「防衛関係費」に組み入れていくことで、防衛強化のもとでも予算全体が大きく膨らむことを避ける狙いもあるのではないか。

NATO加盟国の防衛費の基準がGDP比2%であり、現在のGDP比1%程度の日本も、これを目途に防衛費を増加させていくべき、との意見が多く聞かれる。それを踏まえて、防衛費の定義を拡大させていくことで、NATOの防衛費の基準達成を容易にする狙いがあるだろう。

ただし、「NATO加盟国が用いる尺度を参考にしつつも、これを直接採用することはせず」としており、国際的な基準まで防衛費を増加させるべきとの意見をけん制している点も注目される。

財源として増税を念頭に置いた記述

第3部の「経済財政の在り方について」では、歴史や海外の事例を踏まえて、財政健全化の重要性を熱く説く、異例の記述となっている。「防衛力の抜本的強化のための財源は、今を生きる世代全体で分かち合っていくべきである」として、将来世代への付けとなる新規の国債発行によって賄う考えを強くけん制している。「財源確保の検討に際しては、まずは歳出改革により財源を捻出」、「なお足らざる部分については、国民全体で負担する」、「国債発行が前提となることがあってはならない」としている。まずは歳出削減で財源を賄い、賄いきれない部分については国債発行ではなく、増税で賄うとの考えを示しているものだ。

ただし、反対意見に配慮して、原案で「財源の一つ」と記した法人税の記述は削除し、具体的な税目の例示もされなかった。防衛関連の有識者会議の提言としては、異例なほどに財源の議論が強調され、さらに国債発行を強くけん制する内容である。財務省の影響を強く受けているとみられる。

岸田首相が政治的な手腕を発揮できるか

報告書の第1の部分については、自民党内では意見の相違が少ない部分である。他方、第2、第3については、防衛費の大幅拡大や財政環境の悪化を警戒する岸田政権の考え方を強く反映していると考えられる。

自民党内では保守派を中心に、防衛費増額に前向きな意見が強い一方、さらにそれを増税ではなく国債発行で賄うべきとの意見も同様に強いのである。財政健全化を重視する岸田政権は、今後の防衛3文書の策定、予算編成に向けた議論を自らが望む方向に進めるための助けとなるように、今回の報告書を位置付けたのだろう。また、防衛強化、増税による財源確保について、自民党内だけでなく、野党や国民の反応を探る狙いもこの報告書にはあるのだろう。

他方、岸田政権の支持率は大きく低下しており、政治的な影響力の低下が懸念されている中、自民党内保守派や野党からの強い反対で、防衛強化について岸田政権が目指す方向性が大きく軌道修正を迫られる、あるいは、議論が紛糾し漂流してしまう可能性もあるだろう。

年末に向けての防衛強化の議論は、岸田首相が政治的な手腕を発揮し、政権浮揚につなげることができる最後の機会であるかもしれない。

国民全体で負担する方向で議論すべき

防衛費増額を国債発行で賄うべきではない、とする報告書の主張は評価できる。安易に国債発行で賄えば、それは将来にわたる国民への負担増となり、世代間の負担の公平性の問題以外にも将来の成長期待の低下を通じて企業の設備投資の抑制などをもたらし、経済の潜在力を低下させてしまう。それは、将来に向けての防衛力の低下にもつながりかねない。

仮に年間5兆円規模の防衛費増額の財源を消費税率引き上げで確保する場合には、消費税率を2%ポイント引き上げる必要が生じる。ただし増税による財源確保で、現在主に検討されているのは法人税の増税である。法人税収は2021年度に13.6兆円に達した。その税率は国と地方の実効税率ベースで29.74%である。5兆円の防衛費増額分を法人税率引き上げで賄う場合には、実効税率を37.4%まで8%ポイント近く引き上げる必要がある計算となる。これはおよそ20年前の水準まで法人税率を戻すことを意味するものだ。

ただし、国際的な税制の環境が変わって法人税率が引き上げやすくなったから、法人税率引き上げで防衛費増額分を賄う、つまり、取りやすいところから取るという発想は必ずしも妥当ではないだろう。防衛力の強化で誰が利益を得るのか、という受益者を特定し、受益者に相応の負担を求めるとの考え方が重要なのではないか。

有事の際に国内の生産施設や内外の物流施設が被害にあえば、企業活動に甚大な支障が生じる。この観点から、企業が相応の負担をするのは適切だろう。他方で、防衛力の強化によって国民の安全性が高まるのであれば、国民もその受益者であり、相応の負担を求められるべきではないか。

東日本大震災後の復興特別税と同様に、法人税引き上げと個人所得税の引き上げの組み合わせなど、幅広く財源を確保することを検討すべきだろう(コラム「本格化する防衛力増強、防衛費増額と財源の議論」、2022年10月3日)。

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