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カーボンプライシングをGX経済移行債の償還財源に:負担先送りと脱炭素の実効性に課題

2022/12/01

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カーボンニュートラルの達成にはカーボンプライシング導入が不可欠

11月29日に開かれたGX(グリーントランスフォーメーション)実行会議では、政府による脱炭素推進のための投資を賄う「GX経済移行債(仮称)」の発行、「GX経済移行債(仮称)」の償還財源を調達する「カーボンプライシング」制度の概要が経済産業省によって示され、了承された。

政府は2050年に国内のCO2排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」の達成を目指している。それに向けて、今後10年間、政府が20兆円、民間と合わせて150兆円以上の脱炭素投資が必要とみている。民間投資の呼び水とすることを目指す政府の投資分20兆円を賄うために発行を検討しているのが、通常の国債よりも償還終了までの期間が短い「つなぎ国債」のGX経済移行債である。来年度の発行が予定されている。

そして、カーボンニュートラルの達成のために企業の脱炭素を促すことと、GX経済移行債の償還財源を確保することの双方を狙って導入が検討されているのが、カーボンプライシングである。実際のところ、カーボンニュートラルの達成にはカーボンプライシングの導入が不可欠と考えられる。

海外と比べて後れをとっていたカーボンプライシング導入の議論がようやく本格的に始まったことは歓迎したい。

賦課金と排出量取引の「ハイブリッド型」。対象企業はかなり限定的

カーボンプライシングは、CO2排出量に価格付けを行い、企業に負荷を与えることで脱炭素の取り組みを促す仕組みである。世界では炭素税と排出量取引の2つがカーボンプライシングの主流となっている。今のところ日本では、双方ともにかなり限定的な形でしか存在していない。今回経済産業省が示したのは、炭素税(賦課金)と排出量取引の双方を組み合わせた「ハイブリッド型」である。

今回は、石炭・石油・天然ガスなどの化石燃料にCO2の含有量に応じて税金をかける炭素税ではなく、それに似た賦課金の仕組みの導入が検討されている。炭素税の場合には、導入だけでなく税率の変更にも法改正が必要となり、柔軟性を欠く面がある。他方、賦課金の形式であれば、省庁の裁量で負担率を調整することが可能となるだろう。

ところで、賦課金の対象がかなり限られる点は問題だろう。通常、幅広い事業者を対象に、CO2排出量に応じた課税を行うのが炭素税であるが、今回の賦課金の対象となるのは、電力会社やガス会社、石油元売り会社、商社など化石燃料を輸入する事業者に限られる。幅広い事業者について、排出量の実績を測定することが難しいなど、実務上の問題がその理由とされる。

ただし、この制度では、日本企業全体にCO2排出量の削減を強く促すという目的は達成できないのではないか。

もう一つの柱が欧州のように「排出枠」を企業が国から買う仕組みを段階的に導入する。企業はその排出枠の範囲に排出量を抑えることが求められる。

ただし、当初対象となるのは火力発電所を多く抱える電力会社となる見込みであり、やはりかなり限定的な形でのスタートとなる。しかもその開始は、2030年代に入ってからとみられる。

経済、企業活動に配慮した枠組みの弱点

カーボンニュートラルの達成に向けた施策を巡り、政府内では環境省と経済産業省との間で長らく対立が続いてきた。環境省は、企業のCO2排出量削減に実効性が高い炭素税の導入を主張する一方、経済産業省は、企業の経済活動に配慮して、企業の負担を高める炭素税の導入に慎重な姿勢であった。最終的に今回GX実行会議で了承されたのは、企業活動、経済に配慮した経済産業省の意見がより反映されたものだ。

カーボンプライシングの賦課金、排出量取引ともに、本格稼働するのは2030年代に入ってからと考えられる。これは、企業や家計への負担に配慮したものだ。企業や家計は、石油石炭税と、再生可能エネルギー普及の原資となる再生エネ賦課金を現在支払っている。負担が過度に高まらないよう、石油石炭税の負担が2020年代に減り始め、またより金額の大きい再生エネ賦課金は2032年度ごろに減少に転じるまで、カーボンプライシングの本格稼働を遅らせる考えである。

その結果、「GX経済移行債」の発行で賄う政府の脱炭素投資と「GX経済移行債」の償還財源となるカーボンプライシングを通じた政府の収入との間にも時差が生じることになる。カーボンプライシングの本格稼働は2030年に入ってからなのに対して、「GX経済移行債」の発行を通じた資金調達は来年度から開始する予定だ。これも、カーボンプライシングを通じた企業、家計の負担が増加するよりも前にGX経済移行債の発行を通じて政府の脱炭素投資を先行させることで、当面の経済活動に好影響を生じさせる狙いがあるのだろう。

脱炭素実現に向けた実効性に疑問も

このような経済産業省が主導する脱炭素戦略のもとでは、経済や企業活動への打撃が軽減される一方、2050年カーボンニュートラルの達成を可能とするような企業への強い動機付けが生じないことが懸念されるところだ。

20年間でGX経済移行債20兆円を償還する場合、年間1兆円程度の歳入が必要となる。これをカーボンプライシングで調達する場合、炭素税換算で試算すればCO2排出1トンあたり1,000円ほどになるという(日本経済新聞による)。1トンあたりの価格は、フィンランドでは7,900円~8,400円、スウェーデンでは1万5,600円、フランスでは6,100円、英国では2,900円である。また国際通貨基金(IMF)は2050年のカーボンニュートラル達成のため、価格を1トンあたり150ドル(約2万円)以上に引き上げる必要があると試算している。

これらと比べて1トンあたり1,000円は著しく低い水準だ。そのもとで、2050年カーボンニュートラルが達成できるのかどうか、懸念が残るところだ。

さらに、GX経済移行債の発行と償還の間の時間差が大きくなると、途中で政府の方針が変わり、GX経済移行債の償還が停止されて通常の国債で借り換えられるようになる可能性もあるのではないか。そうなれば、大きな規模で政府債務が残ることになってしまう。

現在の経済産業省案の下では、以上のような懸念がなお払しょくできない。「脱炭素と成長」の両立を目指すのであれば、さらに議論を重ねて、より緻密で実効性が高い枠組みを作り上げていくことを期待したい。

(参考資料)
「CO2排出削減へ企業に課金 政府、GX債の償還財源に」、2022年11月30日、日本経済新聞電子版
「CO2排出に課金、2ルートで 賦課金&排出量取引、政府が具体案」、2022年11月30日、朝日新聞
「GX債償還「2050年までに」 経産省方針、負担先送りへ」、2022年11月29日、日本経済新聞電子版

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