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新しい資本主義で本格化する人への投資・リスキリングと労働市場流動化策

2022/12/08

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リスキリングなど人への投資と労働市場の流動化策をセットで打ち出した点を評価

岸田政権が掲げる「新しい資本主義」の中で最も期待したいのが、リスキリングなど人への投資と労働市場の流動化策の効果だ。リスキリングなどを通じて労働者のスキルが高まれば、それが労働生産性の向上につながり、経済全体の成長力を高める。またそれは、(実質)賃金の上昇を通じて国民生活をより豊かにすることが期待されるところだ。

リカレント教育やリスキリングなどは、岸田政権以前の政権も掲げていたが、岸田政権はそれを労働市場の流動化と一体で打ち出したことで、政策効果が大きく高められる可能性が出てくる。

従来は、労働市場の流動化という政策目標が、失業増加を招くとの批判が高まることを恐れ、政府はそれを強く打ち出すことはできなかった。しかし、労働者がリスキリングなどを通じて新たな技能を身につけても、同じ企業にとどまっている限り、それを最大限生かすことはできず、経済全体の生産性向上効果も限られてしまう。

リスキリングなど人への投資は、労働の流動化と同時に進められることで初めて、日本経済の潜在力向上と(実質)賃金上昇につながるだろう(コラム「人への投資、リスキリングと労働市場の流動化」、2022年10月14日)。

失業回避から人の移動を促す政策に転換の時

新型コロナウイルス問題が生じて以降、政府は労働者の失業を回避する施策を最優先で推進してきた。雇用調整助成金制度の強化が、その柱であった。そうした施策は、労働者の所得と生活基盤を支え、経済の安定に貢献したと言える。

一方でそうした施策は、労働者を企業につなぎ止め、企業間・産業間の移動を止めてしまう政策でもあり、ポストコロナの新たな産業構造へ日本経済がシフトしていくことを妨げることにもなったのである。新型コロナウイルス問題が次第に収束に向かう中、政府の施策も失業を防ぐ政策から、前向きの労働移動を支援する政策が求められるようになってきている。

この点から、リスキリングなど人への投資と労働の流動化とを一体で推進することは、時宜を得たものとの評価もできる。

円滑な労働移動がもたらすプラスの経済効果

11月の新しい資本主義実現会議で内閣官房が示した資料には、労働移動の円滑度が高い場合の多くのメリットが、国際比較のデータで示されている。過去1年間に雇用されていた人のうち、過去11か月以内に現在の雇用者の下で働き始めた人の割合を「労働移動の円滑度」とした場合、英国、米国は10%であるのに対して、日本は5%(日本については、就業者に占める過去1年間の転職者の割合)と半分である。

そのうえで、労働移動の円滑度が高い国の方が、失業率が低い、労働生産性が高い、生涯賃金上昇度が高い、ことなどを示すデータが示されている。また、労働移動の円滑度が高い市場の方が、労働者のスキルや教育などが賃金に反映されやすく、賃金格差が発生しにくい、ことも示されている。

ここまでの明確な結論を導き出すためには、実際にはより精緻な分析が必要だと思われるが、少なくとも、労働市場の流動性が高いほど、労働生産性は高まり、(実質)賃金上昇率は高まるという傾向はあるのではないか。

一般的に、労働者は安定した職を得ること(高い雇用保障)と引き換えに、賃金の一部を諦めており、また企業は、雇用の維持を求められている分、それに関わるリスク分(労働生産性の低い労働者を解雇できないなど)に見合って、賃金全体を低く抑えている傾向があるのではないか。こうした点からも、労働市場の流動性の上昇は、賃金を高める効果が期待できるだろう。

ただし、国際比較で見た日本の労働市場の流動性の低さは、歴史、観光、法制度など多くの要因に根差すものであり、一朝一夕に変えることはできない。政府は労働市場の流動性を高める特別なスキームを考える必要があるだろう。

人への投資に「外部性」の問題

人への投資と労働市場の流動性を高めることを一体として行う施策が直面するもう一つの課題は、企業が社会研修などコストをかけて従業員に投資を行っても、新しい技能を身に着けた従業員がすぐに他社に転職してしまうのであれば、投資したお金が無駄になってしまうことだ。さらに、従業員が同業他社に転職すれば、競合企業を利することにもなってしまう。こうした「外部性」の問題がある限り、人への投資に慎重になる企業が出てくるだろう。

政府が企業の人への投資を補助金で支援することで、そうした問題は緩和される。さらに、政府が企業ではなく従業員を直接支援することで、そうした問題はさらに緩和されるはずだ。企業ではなく従業員が直接、政府支援を受けることで、リスキリングにより積極的に取り組むという従業員の意識も高まるのではないか。

従業員を直接支援する施策が有効

在職者が学び直す際の政府の支援策は、現在3つ存在する。第1が、企業を通じた支援である「人材開発支援助成金」、第2も、企業を通じた支援である「公共職業訓練、生産性向上人材育成支援センター」である。前者は企業が負担する従業員の職業訓練に対して、政府が一定比率の助成を行う制度、後者は、厚生労働省や都道府県の職業訓練を従業員が受講し、その費用は企業が負担する制度だ。

そして第3は、政府による個人への直接支援である「教育訓練給付制度」である。政府の予算額は、それぞれ第1が681億円、第2が90億円、第3が237億円となっている。

政府が従業員のリスキリングを直接支援する一方、再就職まで支援する制度を拡充していくことで、人への投資と労働市場の流動性を高めることを一体的に行う施策が日本経済の潜在力と(実質)賃金を押し上げる効果は、一層高まることになるのではないか。

こうした点を踏まえ、政府の「人への投資」の支援策が高い実効性を持つものになるかどうかについて、国民も強い関心を持って見守ることが重要だ。

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