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『利上げか、利上げでないか』論争が続く日銀のYCCの柔軟化措置

2022/12/21

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メディア、金融市場は「事実上の利上げ」と評価

日本銀行が12月20日に決定したイールドカーブ・コントロール(YCC)の長期国債利回りの変動幅拡大は、金融市場に大きな衝撃を与えた。YCCの柔軟化策自体は、金融政策の柔軟性を高め、金融緩和の副作用を軽減するものと評価したい。ただし、サプライズ戦略がとられた2016年1月のマイナス金利導入決定時と同様に、直前まで否定していた政策を突如実施したことで、市場に大きな混乱を生じさせたことは問題だ。

為替市場では、海外時間に移ってからも円高ドル安の流れが続き、円は一時1ドル130円台を付けた。今年8月以来の円高水準である。1日の変動幅は7円にも達したが、これは、10年国債利回りが0.2%台から0.4%台まで上昇したことだけの影響としては、やや大きかったとの印象である。YCCの長期金利変動幅拡大が、さらなる追加措置につながるもの、との認識が市場にあるためだろう。

翌21日の主要各紙には、「異次元緩和を転換」、「実質利上げ」、「事実上の利上げ」などの見出しが見られた。日本銀行は2%の物価目標の達成を目指した金融緩和の枠組みを堅持しており、黒田総裁は今回の措置が利上げでなく、また出口戦略の一環ではないことを強調したが、そうした考えは金融市場やメディアには受け入れられていないのである。

最初に「実質利上げ」と説明したのは日本銀行

YCCの長期国債利回りの変動幅拡大は、2016年9月にYCCが導入されて以降、段階的に実施されてきたことを踏まえれば、今回の措置も実質利上げではなく、YCCの一連の柔軟化策の一環と言える。

しかしながら、今回の措置が「実質利上げ」と評価されるのも、また理解できるところだ。YCCの変動幅拡大を通じた長期国債利回りの上昇を「実質利上げ」と説明し、景気を悪化させることから実施しないと説明してきたのは日本銀行自身であるからだ。それが、今回の措置について日本銀行は、「利上げではない」、「経済に悪い影響を与えない」と説明していることは、多くの人を大きな混乱に陥れている。

「実質利上げ」の名に値するかどうか

実際には、「実質利上げ」との表現が妥当となるかどうかは、10年国債利回りがどの程度の水準で落ち着くかによるだろう。新たな変動幅の上限である0.5%近辺に張り付くようであれば、実質0.25%ポイントの利上げと言えるかもしれない。

ただし、米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げ姿勢の変化を受けて、米国の長期国債利回りが低下基調にある中、その影響を受けて日本の10年国債利回りも0.3%台などに落ち着くかもしれない。その場合には、利回りの上昇幅は比較的小幅にとどまり、「実質利上げ」の名に値しないかもしれない。

他方、「実質利上げ」かどうかの基準を、景気抑制効果という観点で考えれば、10年国債利回りの上昇幅が最大0.25%ポイントとなっても、経済に与える悪影響は比較的小さく、「実質利上げ」の名に値しないかもしれない。

経済への影響は円高を通じたチャネルがより重要に

今回の措置が経済に与える影響を考える際には、10年国債利回りの上昇を通じた影響よりも、円高を通じた影響の方がより重要だろう。円高は、輸入物価の押し下げを通じて個人消費には追い風となる。他方で、急速な円高となれば、輸出企業の収益や競争力を悪化させ、設備投資や雇用に打撃を与える。さらに、円高進行は株価の下落をもたらし個人消費にも悪影響が及ぶ。

緩やかな円高であれば経済への悪影響は限られるが、急速な円高となれば、急速な円安と同様に経済には打撃となる。この点から、今回の措置が急速な円高につながるのであれば、それは「実質利上げ」の効果を生じさせると言えるのではないか。実際のところ、その可能性は小さくないだろう。

円の中長期のトレンドは実質値で円安、名目値で円高

貿易相手国との物価格差を調整し、日本企業の価格(国際)競争力を示す実質実効円指数は、90年代以降、下落傾向で推移している(図表)。これは、日本の国力低下、技術力の低下などを背景としていることが考えられる。

他方、日本のコアCPI(消費者物価)上昇率の過去20年の平均値は、米国よりも2.4%ポイント低い。購買力平価の考え方に照らせば、ドル円レートの名目値は、年間2.4%程度の円高のトレンドにあると考えることができる。

一方、同様に過去20年間の実質実効円指数の低下ペースは、年間1.8%程度である。この点から、円の中長期のトレンドは、実質値では1.8%程度の円安、名目値では0.6%程度(2.4%-1.8%)の緩やかな円高と考えられる。

図表 実質実効円指数の推移

過去10年の過度な円安は修正へ

ただし、過去10年の実質実効円指数は、10年移動平均値から大きく下方に乖離しており、均衡水準よりも円安水準が維持されてきたことが分かる(図表)。これは、2013年に導入された日本銀行の金融緩和の影響と、今年のFRBの急速な利上げの影響の2つが重なったものだ。そして、足元ではFRBの利上げ姿勢の変化が意識され始めたことに加えて、今回のYCCの柔軟化措置によって、先行きの日本銀行の金融政策の正常化も意識され始めたのである。この2つの要因がともに変化し始めたことから、過去10年にわたる過大な円安は修正される方向にあると考えられる。

実質実効円指数の10年移動平均値から推察されるドル円レートの均衡値は、1ドル110円程度である。FRB、日本銀行ともに政策修正が意識され、また実行される中では、この1ドル110円程度が向こう数年の円の戻りの目途となるのではないか。

金融政策の正常化観測定着で円高進行

来年4月に日本銀行が総裁交代で新体制に移行しても、マイナス金利解除などの正常化措置は、直ぐには実施されないことが見込まれる。景気情勢が悪化し、円高リスクが高まる中、日本銀行は短期金利の引き上げには慎重となるはずだ。特に、FRBの利下げが意識される中で日本銀行が短期金利を引き上げれば、逆方向となる金融政策が急速な円高ドル安を生じさせる可能性があり、それは金融政策の選択肢とはならないだろう。

日本銀行のマイナス金利解除は2024年半ば以降と現時点では見ておきたいが、「実質利上げ」と広く受け止められた今回のYCCの柔軟化措置によって、金融政策の正常化観測は今後金融市場に定着することになるだろう。それは円高進行のリスクを高め、来年年末に円は1ドル120円にまで達するとみておきたい。2024年には、さらなる円高が見込まれる。

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