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金融市場が警戒する日本銀行の次の一手と物価動向

2022/12/23

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2%を超える物価上昇率は1年限りに

12月20日に実施されたイールドカーブ・コントロール(YCC)柔軟化後の日本銀行の次の一手を占う材料として、消費者物価統計に対する注目度が一段と高まっている。総務省が23日に発表した11月分消費者物価統計では、コアCPI(除く生鮮食品)は前年同月比+3.7%と、前月の同+3.6%から上昇し、概ね事前予想通りの結果となった。上昇率は1981年12月以来40年11か月ぶりの水準だ。日本銀行が物価目標としている+2%を8か月連続で上回った。ただし、この数字が、日本銀行の追加的な政策調整実施の引き金になることはないだろう。

ガソリン価格は前年同月比で下落したものの、電気代、ガス代、灯油などエネルギー関連の価格上昇が、物価全体を押し上げている構図が続いている。また11月は、牛乳、ヨーグルト、食用油、食パンなど食料品の値上げを映して、生鮮食品を除く食料が前月比+1.1%上昇し、消費者物価全体の前年比を0.2%程度押し上げている。12月のコアCPIは、前年同月比+4.0%と4%台に乗せることが予想される。

ただし、年明け後のコアCPIの前年同月比は低下傾向を辿り、来年7月には2%割れ、年末には0%程度まで急速に低下すると予想する。来年年初からは、先般の政府の経済対策で決まった、エネルギー価格上昇抑制策が始まる。また、原油市況の下落や円安修正の影響も顕在化してくる。

2022年度のコアCPIは前年度比+3.2%、2023年度は同+1.9%と予想する。2022年度のコアCPIは、エネルギー・物価価格高騰と歴史的な円安の影響で2%の物価目標を上回ったが、2023年度には1%台まで下落し、目標値を上回る物価の上昇は1年で終わる可能性が高い。

黒田総裁と執行部の間で「名」と「実」のトレードが成立したか

日本銀行が20日に実施したYCCのもとでの長期国債利回りの変動幅拡大という柔軟化措置は、硬直的な金融政策運営が円安を加速させたとして、日本銀行が政府、企業、家計から強い批判を受けたことへの対応であり、関係修復への試みという狙いがあるだろう。加えて、次期総裁の下でのより明確な柔軟化、正常化策を先取りし、新体制への移行を円滑にする試みという大きく2つの狙いがあったように思われる。

ただし、黒田総裁自身はこうした考えに積極的ではなく、日本銀行の執行部(事務方)からの強い説得によって、直前になってようやくしぶしぶ受け入れたのではないかとも推察される。

任期中は2%の物価安定を目指して緩和姿勢を一歩も後退させない、という信念を貫き通したい黒田総裁にとって、今回の措置でも金融緩和の枠組み、方針が維持されたことから、何とか対面は保たれ形だ。黒田総裁は「名」を取ったと言えるのではないか。

他方、次期総裁の新体制下でも引き続き政策運営に携わるため、悪化した政策運営の環境を改善したいと考える執行部は、金融政策の柔軟化を進め、政府、企業、家計との関係修復の足掛かりを掴んだ、という点で「実」を得たと言えるのではないか。両者の間で「名」と「実」トレードが成立し、今回の措置の実施に至ったのではないか。

金融市場が「実質利上げ」と受け止めるのは日本銀行の説明のせい

他方で金融市場では、今回の措置は「実質利上げ」との受け止めが多く、その結果、日本銀行が比較的早期に次の政策修正を行うとの観測が根強い。10年国債利回りの目標値は0%で変わらないことから、形式的には「利上げ」ではない。ただし、国債利回りの変動幅拡大を通じて長期国債利回りの上昇を容認することは、利上げに等しく、景気に悪影響を与えるため実施しないと説明してきたのは日本銀行自身である。

それにもかかわらず、変動幅拡大後には、この措置は「利上げ」ではなく景気に悪影響を与えない、と日本銀行が説明を大きく変えたため、多くの人は納得できない思いである。いずれにせよ、金融市場が今回の措置は「実質利上げ」と受け止めた責任は、日本銀行自身の説明にある(コラム「『利上げか、利上げでないか』論争が続く日銀のYCCの柔軟化措置」、2022年12月21日)。

そして、金融市場が今回の措置を「実質利上げ」と受け止め、追加的な政策修正への観測を強めていることが、10年国債利回りやドル円レートを中心に金融市場が不安定な動きを続けている背景にある。

国債買い入れの拡大は政策の柔軟化、金融緩和の修正とは逆方向?

YCCの柔軟化後、日本銀行は積極的な国債買い入れによって、長期国債利回りの上昇を抑える措置を講じている。日本銀行が国債買い入れを拡大させるのは、政策の柔軟化、金融緩和の修正とは逆方向ではあるが、当面は変動幅拡大後の長期国債利回りの上昇を抑え込むことが優先されていると考えられる。それが実現されれば、従来よりも国債買い入れ額を縮小させ、国債市場の流動性改善や財政ファイナンスリスクの軽減を狙うのではないか。

ただし、10年国債利回りが新たな変動幅の上限である0.5%近傍の水準に張り付き、日本銀行が大量の国債買い入れを続けることを強いられるようであれば、変動幅の再拡大、あるいは変動レンジの撤廃などの追加措置の実施に日本銀行が追い込まれる可能性が、黒田総裁の任期中にもあり得るだろう。

しかし、米国で経済の減速がより明確になり、米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げ姿勢が弱まっていく中、米国の長期国債利回りはこの先低下方向を辿ることが見込まれる。その結果、日本の長期国債利回りにも低下圧力がかかるため、黒田総裁の任期中には、日本銀行が追加措置の実施に追い込まれない可能性の方が高いのではないか。

正常化策に至る2つの可能性

他方、誰が次期総裁に就任しても、日本銀行の執行部が主導する形で金融政策姿勢は転換され、柔軟化策、正常化策が進められるようになるとみておきたい。日本銀行が政策を転換する際には、第1に、2%の物価目標達成が視野に入ったことを受けて実施する可能性、第2に、2%の物価目標達成は視野に入らないが、2%の物価目標の位置づけを長期目標などに修正し、金融政策運営と物価目標を切り離した後に実施する可能性、の大きく2つが考えられる。実際には、第1の可能性は極めて小さく、第2の形で正常化策が開始されるだろう。

賃金と物価の好循環は生じない

今年、物価上昇率が大幅に上昇したことの影響から、来年の賃上げ率は上振れ傾向が目立つだろう。それでも、来春のベアは最大で1%強の水準ではないか。日本銀行が2%の物価目標達成と整合的な賃金上昇率の水準としているベア3%には程遠いのである。さらに、来年には輸出環境が悪化し、また円高が進む中、輸出企業の収益環境が一気に悪化する可能性が考えられる。そして景気全体も悪化する中、企業の賃上げ姿勢は慎重化していき、2024年のベアは再び0%台に下がるだろう。

今年の2%を超える物価上昇も、来年の賃金上昇率の上振れも、ともに1年限りで終わるだろう。両者が相乗的に上昇率を高めていき、安定的に2%の物価上昇率が達成できる状況へと至る見込みはない。

「ソフト」の政策修正と「ハード」の政策修正

従って、新体制の下で日本銀行がマイナス金利解除などの正常化策を進めるには、2%の物価目標の位置づけを長期目標などのより現実的な目標へと修正し、金融政策運営と物価目標を切り離す必要がある。マイナス金利解除などの具体的な政策変更が「ハード」の政策修正であるとすれば、それを可能にする2%の物価目標の位置づけの修正は、「ソフト」の政策修正と言えるのではないか。

2%の物価目標の位置づけの修正は、政府と日銀の共同声明の修正を通じて行われる可能性と、日本銀行が単独で行う可能性の両方が考えられる。前者の場合には、総裁交代直後にも行われる可能性が出てくるが、日本銀行としてはそれを避けたいと考えるだろう(コラム「日銀金融政策の展望③:政府日銀共同声明の改定・物価目標の見直しはあるか」、2022年12月19日)。

こうした「ソフト」の政策修正は、新体制の下で来年にも実施される可能性があるが、世界的な景気悪化、物価上昇率の大幅低下、円高進行、FRBの金融緩和観測の浮上などが来年春にも生じることが見込まれ、その場合、マイナス金利解除などの正常化策の実施は2024年半ば以降に先送りされるとみておきたい。

そして、変動幅の大幅拡大措置でかなり形骸化したYCCとは、将来、マイナス金利解除の際に、長期国債利回りが大幅に上昇するリスクに備えた枠組み、といった新たな役割を託され、マイナス金利解除後に撤廃されるものと予想する(コラム「変動幅拡大は事実上の利上げというよりも事実上のYCC終了か」、2022年12月20日)。

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