DX・IT戦略を実現に導くITファイナンス管理:課題と対応策編 (2)
企業がデジタル技術やデータの活用を通じて価値を生み出し続けるためには、限られたITリソースを最大限に有効活用しなくてはなりません。そのため、昨今、ITのファイナンス面での管理はますます重要になってきており、これまでIT部門任せであったITファイナンス管理の基本を改めて学びたいという事業部門や管理部門の方が増えています。
第2回目では、野村総合研究所(NRI)で企業のITファイナンス管理の高度化支援を担当する2名のコンサルタント(秋谷、宮田)により、ITファイナンス管理が果たす価値を最大化する際の障壁について、計画・予算管理、投資管理、コスト管理それぞれの観点で代表的なものをお伝えします。
執筆者プロフィール
システムコンサルタント:宮田悠也
2006年、国内ITサービス企業へ入社し、システム開発/エンハンスのプロジェクト経験を経て、2015年に野村総合研究所(NRI)へ入社。専門はデジタル・IT投資管理、サービスマネジメント、デジタル・ITガバナンス、セキュリティ、システム化構想・計画の策定及び実行支援。
システムコンサルタント:秋谷兼充
2009 年、野村総合研究所入社。多様な業態の企業に対して、ITマネジメント全般に渡る方針・戦略検討から実行支援に至るまで、幅広いコンサルティング業務に従事。専門はIT投資・コスト最適化、ベンダーマネジメント、デジタル・IT戦略、デジタル・IT人材変革。
計画・予算管理における課題とは?
秋谷
計画・予算管理に関わる様々なコンサルティングを実施してきましたが、共通の課題が見えてきました。予実差異の発生と予算管理業務の非効率・属人化です。
予実差異というと、予算不足をイメージしがちですが、予算を余らせるケースが多いようです。
ある大手エネルギー業では、過去数年間にわたり、10%程度の余剰予算が毎年発生していたため、今年度は、経営管理部門から大幅に予算削減を言い渡され、逆に予算不足にならないかと心配しているようです。
宮田
予算を余らせる理由は様々ですが、期中で追加の予算を申請することが難しいことに加え、経営環境の変化によっては予算削減を言い渡される場合があるため、予算策定段階で出来る限り多目に予算を積んでおこうとする傾向があることが原因として挙げられます。例えば、実施確度が低い案件であっても予算に計上したり、仕様が固まっていない案件には過剰にバッファを積んで予算に計上したりですね。
秋谷
その他に、期中の予実管理にも原因があります。予実差異を四半期毎でしか確認できていないため、タイムリーに予算の再配分を行えないことや、予算が余りそうでも案件担当が予算を解放したがらないといったことが挙げられます。
予算を一度解放してしまうと、万が一不足しそうになったときに、改めて予算を取りに行かなくてはならず、申請に非常に手間がかかるため、他案件が発生した際の予算流用を見込んで保持していることが多いです。しかし、実態としては、余った予算は使われずに年度末近くになって、解放されてそれが予実差異になってしまうといったことが起きています。
宮田
根深い問題ですね。様々な企業とこの手の問題について議論をしていますが、特効薬となるような打ち手はないですね。ありきたりですが、PDCAを回すことは一つの打ち手になるかと思います。予算策定をして、実行までは行うのですが、振り返りをしている企業は意外と少ないのが現状です。予実差異が発生した際に、例えば、どのチーム(どの案件担当)が予実差異の主要因になっているのかを見極め、是正策を打っていく必要があります。他には月次で予実管理を行うとともに、「やりたいことリスト」を作成して予算未計上の案件を整理し、予算の再配分先を見える化しておくような取組みも有用です。
秋谷
四半期単位の予実管理を月次で行うのは大変という声を聞きますが、月次で予実管理を行えていない原因は、多くの企業でいまだにExcelを用いて予算管理を行っていることが挙げられます。Excelでの管理が必ずしも悪いというわけではないのですが、作り込みの結果、業務が属人化しやすい傾向があります。また、各所からくる様々な予算帳票等の集約作業や予実の可視化・分析作業に時間がかかり、月次で対応できず、四半期毎になっているという話も聞きます。
宮田
業務の見直しとあわせて、最近ではツール活用により、業務効率化や、業務の属人化の解消を行おうとしている企業が増えていますね。例えばですが、Apptio、Anaplan、ServiceNow といったツールが予算管理には有用だと考えています。
ApptioはITファイナンス管理に特化しており、グローバルベストプラクティスであるTBM(Technology Business Management)に基づくITファイナンス管理の仕組みがツールに実装されています。Anaplanは様々な計画及び実行管理のPDCAに特化したクラウド型計画・実績管理プラットフォームであり、Excelに似た汎用的な操作性が特長です。また、ServiceNowは、組織横断的なクラウドプラットフォームとして、あらゆる業務を単一プラットフォームで管理することが可能で、ITファイナンス管理以外にも人材管理、ITサービス管理、IT資産管理なども実施できます。
投資管理における課題とは?
秋谷
投資管理の課題として真っ先にあげられるのはIT投資の事後評価が行われていないことでしょう。決裁を取るために、投資事前評価を行っている企業は多いのですが、投資事後評価については、仕組みや制度としては存在するものの形骸化している場合がほとんどです。
新規システム開発への投資を例に挙げてみます。事後評価を行わないとすると、利用部門の望んだ効果が得られているかどうかがわかりません。望んだ効果が得られていないのであれば、その原因を特定して、システム改修をしたり、利用部門へシステム活用を促したりといった対策を打てます。しかし事後評価を行わないとそのような対策を打つことが困難となり、使われないシステムが残ります。システムは開発したら終わりではなく、その後、何年にもわたり運用を行いますから、使われないシステムの運用費用を垂れ流すことになり、IT経費を押し上げる要因になります。
宮田
そもそもシステム開発の責任がどこにあるかというと、QCDを保って開発するのはIT部門の責任ですが、システムの要望を出し、活用して効果を出していくのは利用部門です。本来であれば、利用部門が主体的に投資事後評価に取り組むべきです。IT部門が利用部門に対してそのような意識付けをしていくことが何よりも大切だと考えます。
秋谷
事後評価を形骸化させないために、ある企業では、経営会議の別添資料としてIT投資評価結果一覧を付けています。案件担当者、事前に示した効果、事後評価の実施時期、事後で創出された効果等を一覧にしているのですが、事後評価の実施時期を過ぎても事後評価がなされていないと、そのことが経営の目に留まるわけです。
宮田
確かに誰が投資事後評価をしていないのかが一目瞭然になると、やらなければならないという意識が働きますね。IT投資管理における他の課題としては、投資対効果の効果として定性的な効果しか書かれず、案件同士での優先度がつけにくいという課題を聞いたことがあります。これは、ROI(投資資本利益率)などの定量的な指標を用いて、案件同士の優先度を付けていくことが大切です。逆に、定量的な効果一本で優先度を判断してしまうと、品質改善に対する投資など定量効果が出しにくい投資が後回しにされ、システムトラブルが頻発しているといった課題も聞きます。対策として品質改善に対する予算枠を設けて他の投資と分けて対応するという方法がありますが、利用部門との調整が必要になりますので、トップダウンでの判断が必要ですね。
秋谷
また、近年、DX投資(デジタル技術やデータを活用してビジネスモデル変革や付加価値創出につながる投資)も増えてきています。DX投資は、従来のIT投資(現行業務の効率化・省力化のための投資)よりスピーディに予算を組み替える必要があり、短期間で予実差を確認し予算を調整できるような柔軟性がより重要になります。また、DX投資は、不確実性の高いチャレンジとであり、失敗を恐れず、挑戦し続ける風土の醸成が必要です。そのため、「ステージゲート方式」※を導入している企業もあります。初期のステージではどんどんチャレンジして、最後に事業化するタイミングでしっかりと評価していきます。一度失敗したとしても、チャレンジしたこと自体を経験値として失敗の分析と改善行動につなげることで、投資管理の面からも、DX推進の風土醸成につながると考えています。
※ステージゲート方式とは、アイディア創出から事業化までのプロセスを複数の「ステージ」に分けて、次のステージに進むための一定要件(ゲート)を定め、実現性や収益性を評価をする方式。
コスト管理における課題とは?
秋谷
ITコスト管理については、コストの可視化は何かしら実施している企業が多いですが、コスト管理における課題にはどういったものがあるのでしょうか?
宮田
そうですね。コストの可視化といっても内容や集計の単位は様々なのですが、分析しようにも中々データが集まらず、コストの分析が不十分になってしまっているという声はよく聞きます。
例えば、勘定科目別でコストを可視化して、予実差は確認できるが、コスト最適化をしていこうとすると行き詰まる場合などです。
コスト最適化は、なんとなく可視化を行っても大きな効果を上げることは困難です。また、即座に必要なコスト可視化が実現できるわけでもなく、計画的に進める必要があります。
秋谷
コスト最適化をする上でコストの可視化をどのように実現していくかが重要ですね。
宮田
はい。コストの可視化は、グローバルのITファイナンス管理のプラクティスであるTBMで謳われている内容ですが、経理部門、IT部門、利用部門のそれぞれの視点でコスト可視化を行えることが望ましいです。具体的には、経理目線の勘定科目別、IT目線のIT要素別(サーバー等)、そしてユーザー目線のサービス・システム別といった軸で可視化します。
秋谷
同じコスト情報でも、可視化の軸を変えて見ることで新たな気付きが得られますね。コスト最適化にも有効な可視化手段ですね。
宮田
コスト最適化のためには、さらに、システムの利用価値を測る指標(KPI)を設定してコスト評価をしたいです。システムやサービスのコストパフォーマンスが可視化されることは、IT資産やコストの最適化活動に非常に有用です。
秋谷
同感です。また、コスト管理については、IT部門による利用部門へのコスト配賦に課題を感じている企業も多いと考えています。利用部門に対して納得性のある配賦ができていないようです。
宮田
コスト配賦は、コスト管理と密に関連しており、利用部門との関わりがある重要な活動です。利用部門に対して明快で理解しやすいコスト配賦ができると、利用部門との信頼関係が築けると共に、利用部門でもコスト最適化の意識が高まり、コスト削減につながります。
秋谷
IT部門と利用部門の信頼関係がある企業はコスト削減効果が高まったという統計情報もありますね。
宮田
はい。留意点として、コスト配賦の正確性を求めるほど、データ収集の負荷が高まりますので、利用部門との関係性の中で適切なバランスを見出していくことが必要となります。
秋谷
これまでの会話のように、経理部門、IT部門、利用部門のそれぞれの視点でのコスト可視化に加え、明快で理解しやすいコスト配賦のためのコスト管理と、これだけのことをやろうとすると、かなり管理工数も膨らみますね。Excelでの管理は大変そうです。
宮田
はい。コスト管理で論点になるのが、管理の煩雑さです。コスト情報は一度可視化して終わりではなく、継続的にデータの質を維持していく必要があります。そのためには、金額や属性情報の登録、マスター情報の維持管理、他システムの情報との紐づけなどにおいて、データ登録支援や自動化の機能が重要となります。
Excel管理でもある程度の管理レベルを構築することはできますが、より安定かつ高度な分析・コスト可視化をしていくのなら、一度ツール活用を検討する価値はあると思います。グローバルで利用されている代表的なツールとしては、計画・予算管理の領域と同様に、Apptio、Anaplan、ServiceNowなどが該当します。
秋谷
コスト管理においてはツールによる作業効率化が重要になりますね。最近になり、日本企業も、ITファイナンス関係のツールを導入している企業が増えてきた印象です。
宮田
そうですね。しかし、IT部門のコスト管理担当者からボトムアップで導入を進めても、経営層の承認が得られず行き詰まるケースもよく聞きます。局所的な作業効率化効果では十分な投資対効果を見込みづらいためです。
予算・計画管理、投資管理、コスト管理の最適化は、ITコストを管理しているIT部門が、経営層や利用部門との対話を通じて実現していくものです。ツール導入している企業では、そのような重要性を理解している経営層が、トップダウンでツール導入を含め業務変革していることが多く、経営者の役割が大きいと言えます。
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