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なぜ中国はゼロコロナ政策を止めないのか

2022/07/26

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新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が始まって約2年半が経過した。多くの国や地域が、一定程度の感染は許容しつつ、ワクチン接種により重症者数の増加を抑制しながら医療体制のひっ迫を防ぐ、いわゆる「ウィズコロナ」政策に方針を変更している。
その中で、中国は依然として、コロナの感染拡大を徹底的に抑え込むいわゆる「ゼロコロナ」政策をとり続けている。厳しい入国制限(1週間程度の隔離含む)や感染者発見時の大規模な検査や厳しい行動制限などの「ゼロコロナ」政策は、国外との往来を著しく減少させると共に、市民生活や経済にも大きな影響を与えている。上海では2022年3月下旬以降、1か月半にも及ぶロックダウン(都市封鎖)を実施した。また、今年度前半の中国の経済成長率は大きく減速したと言われている。
この様に大きな痛みを伴う「ゼロコロナ」政策の持続可能性に関して、中国国外からは疑問の声が上がっており、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長も2022年5月に「中国のゼロコロナは持続可能ではない」としている。
なぜ中国はこれほどかたくなにゼロコロナ政策に固執するのであろうか。その問いに答えるヒントとなる論文が2022年5月10日、米国の医学系学術誌であるNature Medicine(電子版)に公開された。その米中共同チームによる研究論文” Modeling transmission of SARS-CoV-2 Omicron in China”(中国におけるオミクロン株の伝播モデル化)では、中国が「ゼロコロナ」政策を解除した場合の影響(感染者数、入院者数、死亡者数等)を分析している。
その結果は以下の様に驚くべきものであった。

  • 1)

    「ゼロコロナ」政策を解除した場合、6か月で有症状者数1億1220万人、入院者数(中等症)510万人、ICU入院者数(重症)270万人、死亡者数160万人となる。

  • 2)

    人口当たり死亡者数は、人口1000人当たり1.10人となり、米国のオミクロン株感染拡大期(2021年11月~4月。人口1000人当たり0.74人)を超える。

  • 3)

    感染ピーク時には、中国全体のICU病床数の15.6倍のICU病床が必要となり、病床数の不足は44日間続く。

  • 4)

    以上の事から、「ゼロコロナ」政策を解除した場合、感染爆発は必至であり医療体制及び社会自体の大きな混乱を引き起こす可能性が高い。

図表1 「ゼロコロナ」政策を解除した場合の影響の推計(解除後6か月間)


有症状者数 入院者数
(中等症)
ICU入院者数
(重症)
死亡者数
推計値(解除後6か月間) 1億1220万人 510万人 270万人 160万人
人口1000人当たり(同上) 79.58人 3.60人 1.89人 1.10人
(参考)日本の2020年1月から2022年6月までの人口1000人当たり累計 76.5人 0.25人

出所:Nature Medicine ” Modeling transmission of SARS-CoV-2 Omicron in China”
https://www.nature.com/articles/s41591-022-01855-7
及び厚生労働省データより野村総合研究所作成

日本では、最初に新型コロナ感染が報告された2020年1月から2021年6月末までの人口1000人当たり累計感染者数と累計死亡者数がそれぞれ76.5人と0.25人であることから、人口当たりで見れば日本の約2年半分と同程度の感染者と約4倍の死亡者が僅か6か月で生じることになる。
これだけの感染爆発を許容する事は日本においても難しいであろうし、感染爆発が続く間は中国経済に大きく依存している世界経済にも深刻な影響を及ぼしかねない。
「現時点で感染爆発を防ぐ最も望ましい戦略は、ゼロコロナ政策である」とこの論文は結論付けている。
それでは、「ゼロコロナ」政策を解除した場合、なぜこれだけの感染爆発が起きるのだろうか。その理由として、今回紹介した論文及び中国の現状を分析した複数の論文や論考から、以下のような背景があることが分かってきた。

①中国の高齢者のワクチン接種率が低い

中国ワクチン接種率は全人口ベースで、1回接種91%、2回接種90%、3回接種56%(2022年7月7日時点)となっている。一方、日本では1回接種82%、2回接種81%、3回接種62%(2022年7月11日時点)であり、少なくとも2回接種まででは日本を上回る高い接種率となっている(図表2)。
ところが、中国では高齢者の接種が進んでいない。60歳以上で見ると何れの接種回数でも日本の接種率を下回っている。特に問題なのは、新型コロナに感染した場合に重症化の危険性が高い80歳以上の年代でより低い接種率となっている事である。2022年3月17日時点での80歳以上の接種率は1回接種でも6割前後であり、中国では年齢が上がるにしたがって接種率が下がっている。日本では、年齢が上がるにしたがって接種率が上昇しているが、中国では逆の傾向となっている事が分かる。この事は、一旦感染が拡大した場合、高齢者を中心に重症者が多く出かねない事を意味している。Nature Medicineの論文では想定される死亡者の74.7%が60歳以上の未接種者としている。

図表2 中国と日本の新型コロナワクチン接種率
中国(2022年3月17日、2022年7月7日)日本(2022年7月11日)

出所:中国国家衛生健康委員会記者会見及び厚生労働省より野村総合研究所作成

中国政府も高齢者の接種が進まない事に危機感を抱いており、様々な施策を行っているようだが、中々成果が上がっていない。
高齢者の多くが地方に分散して居住しているため、接種会場までの移動に困難が伴う事と共に、近年中国では製造や検査の数値を改ざんし国の基準を満たさない複数の不正ワクチンが販売・接種されていたことが社会問題化していたこともあり、高齢者のワクチン忌避意識が高いと言われており、その克服を含めて課題は多い。

②中国で使用しているワクチンの有効性が相対的に低い

中国で接種されている新型コロナワクチンの大部分は、中国製のいわゆる不活化ワクチン2種類(シノバック社ワクチン、シノファーム社ワクチン)であるが、これらのワクチンは日本などの各国で多く使われているmRNAワクチン(ファイザー社ワクチン、モデルナ社ワクチン)に比べて、Nature Medicineの論文によれば有効性が相対的に低い。
そのため、ワクチン接種だけでは感染を抑制させる事は難しい。
中国では、mRNAワクチンなど、より効果の高いワクチンの開発を懸命に行っているが、その実用化には未だこぎつけていない。
ファイザー社やモデルナ社等のワクチン輸入に関しては、国産ワクチンの開発・製造に積極的であり国産ワクチンの海外への無償提供も行ってきた中国政府が消極的とも言われており、高い有効性のワクチンをどう普及させるかの糸口は依然として不明である。

③中国の医療体制が構造的に脆弱である

中国の医療体制を見ると、人口当たりの医師数や病床数は日本や米国などと同等の水準であるものの、人口当たりの看護師数は例えば日本の3割程度に過ぎない(図表3)。また人口当たりのICU病床数も同じように日本の3割程度であり、仮に新型コロナの感染拡大が起きた場合に、重症患者などの受入れ体制が脆弱である。
ICU病床数の少なさは、大きな課題でありNature誌の論文でも、感染拡大時にICU病床が長期にわたって飽和する事が死者数の増加にも影響を与えるとしている。

図表3 各国の医療体制比較


人口1000人当たり
医師人数
人口1000人当たり
看護師人数
人口1000人当たり
病床数
人口1000人当たり
ICU病床数
中国
(2018年)
2.9 3.3 6.5 0.04
OECD諸国平均
(2021年)
3.6 8.8 4.4 0.12
日本
(2020年)
2.5 11.8 12.8 0.14
米国
(2021年)
2.6 12.0 2.8 0.26
イギリス
(2021年)
3.0 8.2 2.5 0.11
ドイツ
(2021年)
4.4 13.9 7.9 0.34

出所:OECD、厚生労働省、中国国家衛生健康委員会より野村総合研究所作成

以上3つの理由は何れもその解決には時間を要するものであり、その点を踏まえると、中国が感染爆発による社会混乱を防ぐためには、今後も相当程度長期に渡り「ゼロコロナ」政策を維持し続ける必要があると考えられる。「ゼロコロナを止めない」のではなく「ゼロコロナを止められない」、それが中国の置かれた状況であると言える。
このような中国の「ゼロコロナ」政策が今後も続くことは、日本にとっても無視できない影響を与える。
一つには、日本へのインバウンド観光客誘致政策への影響である。新型コロナの感染拡大が起きる前の2019年時点の年間訪日客は3000万人を超えていたが、3割に当たる959万人が中国からの訪日客であった(図表4)。
中国が「ゼロコロナ」政策を続ける限り、中国からの観光客の来訪は実質的に不可能であると考えられることから、インバウンド観光客誘致政策そのものの見直しは必至である。

図表4 国別訪日客数の推移(2006年~2019年)

出所:観光庁より野村総合研究所作成

また、「ゼロコロナ政策が中国経済を痛めている」との意見があるが、Nature Medicineの論文の主張の様に、ゼロコロナ政策の解除が中国全体での感染爆発を引き起こせば中国経済の混乱はゼロコロナ政策継続以上になる可能性がある以上、ゼロコロナ政策は継続せざるを得ない。
しかしながら「ゼロコロナ」政策を続ける限り、2022年3月の上海で行われたような「都市封鎖」は今後も中国国内のどこかで発生する可能性があり、その間は経済活動が停止せざるを得ない事から中国から部品などを輸入している日本の製造業にも大きな影響を及ぼす。
日本経済新聞の記事(2022年7月10日)によれば、世界の鉱工業生産指数は2020年12月から22年4月にかけて3.7%上昇した一方で、日本は1.2%の上昇と半分以下にとどまり、特に5月は前月比7.2%のマイナスとなっている。記事ではその理由としてサプライチェーンを担う中国からの部品供給が滞ったこと等で、十分な生産が行えなかったことを挙げている。「中国の工場が止まると日本の工場も止まる」、これが日本の置かれている現状である。
日本と中国は密接な経済関係を持っている以上、日本としても中国の「ゼロコロナ」政策の行く末に関して、注意深く見守る必要があるだろう。

執筆者情報

  • 梅屋 真一郎

    未来創発センター

    制度戦略研究室長

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