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「お得な日本」

~インバウンド消費拡大の可能性を観光産業の高付加価値化にどうつなげるか~

2022/11/17

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日本政府は新型コロナウイルス対応の水際対策を緩和し、10月11日から入国者数の上限を撤廃した。既に日本各地に海外からの観光客が訪れ始めている。
8月24日のコラム「中国のゼロコロナ政策が続くと日本の観光産業にどの様な影響があるか」では、2019年時点でインバウンド客の1/3を占めていた中国からの訪問客の長期に亘る不在は地域によっては大きな影響を与える可能性を指摘した。
とは言え、インバウンド客をターゲットとする観光産業にとっては、予想外のフォローの風も吹いている。それは、「大幅な円安」と「大幅なインフレ(日本を除く)」である。この二つの要因が重なることで日本での観光や消費が海外から見れば相対的に割安となり、従来以上のインバウンド消費がうまれる可能性がある。
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大およびロシアによるウクライナ侵略をきっかけにした資源価格等の高騰により、大幅な円安と並行して世界的なインフレが発生している。ただし、インフレに関しては、日本は他の主要国との比較で見ると相対的に上昇率が低い。これはエネルギーや食糧などの輸入価格が高騰しながらも国内経済の低迷が長く続いたことから国内価格への価格転嫁が進んでいないためである(図表1、2)。

図表1 為替レートの推移(月次、円ドルレート。2018年1月から2022年9月)

出所:日本銀行

図表2 主要国の消費者物価指数(月次、前年同月比。2018年1月から2022年9月)

出所:総務省「消費者物価指数」(月報参考表)

勿論円安の進行は、日本国内にとっては輸入物価の上昇による生計費の上昇などで家計に少なくない打撃を与える事になる。その一方でこのように、大幅な円安が進むと同時に国内外でのインフレ格差が拡大し、日本におけるさまざまなもの・サービスなどの値段が海外から見て相対的に割安となる事態となっている。
それでは、例えば米国からの訪問客の視点で、新型コロナウイルスの感染拡大前の2018年9月末から2022年9月末時点までの3年間でどの程度割安となっているか見てみよう。
為替レートは2018年9月末の107.45円/ドルから2022年9月末の143.1円/ドルへと33.2%もの円安となった。また、消費者物価は米国では2018年9月から2022年9月までに15.4%上昇したのに対して、日本では3.0%の上昇にとどまり、物価上昇の相対的な日米差は12.4%となった。
以上のことから日本と米国を比較すると、2018年1月時点に比べて2022年7月時点では1/((1+33.2/100)*(1+15.4/100))=0.497、つまり相対的には約5割の物価水準となっていると言える。例えば、2018年時点で1,000円だった商品やサービスが、現時点の米国から見れば500円程度の価格で購入できる感覚となっていると言える。
この様な比較を米国、イギリス、カナダ、オーストラリア、シンガポール、タイ、韓国、台湾、香港の9地域に関して行ってみる。(図表3)

図表3 各地域と日本との為替差、物価差、為替差×物価差の比較(2019年9月から2022年9月までの3年間)

出所:IMF、日本銀行より野村総合研究所作成

図表3からは、為替と物価上昇率の差の影響で、為替差×物価差が10数パーセントから50%近くとなっている。この為替差×物価差は相対的な物価水準の差を表していると考えられることから、各地域から見た相対的な日本の物価水準が相当程度割安になっている事が分かる。
実際に日本は他の国に比べてさまざまなモノやサービスが割安となっている。
高級ホテルとして有名なパークハイアットホテルの宿泊料金を東京とニューヨーク、パリで比較してみよう。2022年11月1日からのツインベッドルーム一泊価格(10月28日時点のホテル公式価格)は図表4の様になっており、1.5倍から1.8倍もの差がある。

図表4 パークハイアットホテルの宿泊価格(東京、ニューヨーク、パリ)

出所:ハイアット公式サイトより野村総合研究所作成
為替レートは10月27日の1ドル145.7円
1ユーロ147円

食事に関しても同様である。分かりやすい例としていわゆる「ビッグマック指数」を見てみる。これは、各国のマクドナルドで販売されているビッグマック1個の価格を比較したものであるが日米でほぼ2倍の価格差となっている(図表5)。

図表5 ビッグマック指数(2022年7月時点。1ドル135.79円で換算)

出所:The Economist https://www.economist.com/big-mac-index

ビッグマック指数は必ずしもその国の物価水準を表す訳ではないが、海外からの訪問客なら直感的に日本の食事の価格水準を実感できると考えられる。
実際に、今夏に欧米を訪問した人に聞くと、異口同音にホテルや食事などの滞在コストが非常に高くなっているとのことであり、翻って日本の滞在コストが欧米などからの訪問客にとって非常に割安となっていることが分かる。
以上のように、全体の1/3を占めていた中国からの訪問客が、仮に長期に途絶して訪問客数が従来の2/3になったとしても、割安となった日本での一人当たりの消費額が従来の1.5倍程度になれば、インバウンド消費額全体は従来と同程度の水準となる可能性もある。また、日本での滞在が割安であることは、さらなる訪問客の増加も期待できる。結果として、中国からの訪問客不在の穴を埋めることは十分に可能と考えられる。
その際に重要なのは、観光品質を維持し、そして高付加価値化につなげることを踏まえた日本全体および各地域の観光政策の見直しをあらかじめ行うことである。
既に述べた様に、日本の観光はある意味大バーゲンセール状態であり、現在行われている入国規制を撤廃すれば、訪問客数は大幅に増加することが予想される。ともすれば、日本各地で、観光地としての質を維持できないほどの多くの訪問客であふれかねない事態も発生しうる。

新型コロナウイルスの感染拡大前には、特定の観光地に海外からの訪問客が殺到することで、地域との軋轢などを生むと共にその地域にあるさまざまな観光資源の魅力をもそぐ、いわゆる「オーバーツーリズム」の弊害も指摘されてきた。海外からの来訪が再開するに際して、その対策を十分に取らなければまた同じ混乱が生じかねない。また日本の観光地としての魅力が単に「割安である」のみにとどまり、観光地としての付加価値向上を怠れば、今後為替が円高に進んだ際に一気に観光需要が冷え込むリスクがある。
そこで、訪問客を徐々に増やしながら、観光地のハード・ソフト両面のコンテンツの充実や受け入れ態勢の整備などを行うことで、日本観光自体の付加価値を高めることを行ってはどうだろうか。単に「箱もの」を整備するだけでなく、日本でしか体験できない質の高い「コト消費」の開発などを行うことで、長期滞在を促し、そしてより多くの消費を行ってもらえるように誘導してはどうだろうか。
新型コロナウイルス前の状況から見て、観光立地としての日本の魅力は十分にあることが分かっており、その魅力は失われていない。そこで、その魅力をさらに増すことで「単なる割安な観光地」ではない日本でのインバウンド消費を増やすべきではないだろうか。
政府の発表によれば、観光目的の入国に関しては新型コロナの感染状況を見ながら徐々に緩和する方針であり、観光目的の訪問客の本格的な増加には少しずつステップを踏んでいくことと思われる。その際に、合わせて各地域の付加価値を高める取り組みを官民挙げて行うことが肝要である。

執筆者情報

  • 梅屋 真一郎

    未来創発センター

    制度戦略研究室長

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